May 09, 2008

上京物語

正午を過ぎる頃、
それまで静かだったオフィス内は
昼食へ出かける人たちで慌しくなる。

外へ出ると、夏を思わせる快晴。

今日はひとりで
オフィスから少し遠い食堂へ出かけてみる。

天気の良い日は、歩くことがあまり苦にならない。
むしろ、それまで座り通しで仕事をしているので、
ちょっと歩きたいのである。

ガード下に並んでいる食堂の一軒に入り、
鉄火丼を注文。
水はセルフサービスなので、
水を汲んでから席に着く。

すると、その店のBGMに
何やら聞き覚えのある、
懐かしい曲のイントロが流れてきた。

シャ乱Qの『上京物語』だった。

レトロだな。USENだろうか。


私がこの曲をリアルタイムで聴いていたのは、
ちょうど大学受験のときだった。

まさに東京へ出ようとしていた頃。

当時はmp3はおろか、MDすらまだない時代で、
CDをカセットテープに録音して聴いていた。

東京へ受験に向かう私を、
駅まで車で送ってくれた母親が
わざわざホームまできて見送ってくれるのだが、
あのときの別れ際の物悲しい感覚が
今でも結構はっきりと思い出されるのである。

初めての一人立ち。

17年間家族の中で育った私が、
ついにその元を離れることになる。

当時の私にとって東京というのは、
友達も知り合いも誰もいない、
頼れる者もいない全くの異世界、
そんなイメージだった。

そんな漠然とした不安を何とか紛らわすために、
プレイヤーのボリュームを大きめに上げて、
汽車の中でその『上京物語』を聴いていた。

そのときの客車に漂っていたディーゼルの匂いと共に、
当時の不安と期待が入り混じったあの複雑な感覚が、
その曲を聴いていると想起されるのである。


鉄火丼を食べ終える頃には
店内には既に別の曲が流れていたのだが、
私の頭の中ではずっと『上京物語』が流れていた。

店を出て、再びオフィスへ向かう。

ゴウッと都会の雑踏に投げ込まれ、
過去の世界から一気に現実へ引き戻される。

考えてみれば、もうあれから15年になるのか。

あのときは、まさか私がこんな東京のど真ん中で
しかもフリーランスで仕事をしているなどとは思わなかった。
そんな度量も自分にはないと思っていた。

そして今の私も、
15年後の私のことなど、さっぱり予想できない。


ただ、予想ができないからこそ
人は夢が見られる。


※私の地元(鳥取)は列車が電化されておらず、いまだにそれを「汽車」と呼んでいる。

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October 31, 2006

Happy Helloween!!

これいいっすね。

 Happy Halloween

学生の頃のバイト先の店(カラオケ屋とか)でやったイベントで、
店員全員が、ホラーお面かぶったり、ピエロ帽子かぶったり、
顔をペイントしたり、みたいな仮装するということをやったことがあって、
あの日店に来た客のあきれた顔が今でも思い出される。。。

私は顔を緑に塗ってました。

それで、カウンターに立ってバイト店員同士で雑談してて、
どういう流れか忘れたけど何だかシリアスな色恋の話になって、
何かマジメな台詞を私が口走ったところで、

 「そんな顔でいわれても説得力ねぇよ」

とバイトの先輩に言われて、
ああ、そういえば顔、緑だったと気づいた自分がおかしくて、
ていうか、店員はみんな変な格好してたわけで、
そんなマヌケどもが我を忘れてマジメな話していたという、
その状況がいかにも滑稽でみんなで笑ってしまった…。

そんなこともあったなぁ、とか思い出しました。


てか、あれはもう10年くらい前の話なのか。。。( ;;´ー`)

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September 16, 2006

不安は人の安定

 うまくやろうとするならば、
 その秘訣は適度な不安を選ぶことだ。
 極楽トンボとノイローゼの間のどこかに、
 私たちがとるべき精神状態があるはずだ。


これは、カール・セーガンの言葉だけど、
実際その通りだと常々思っている。

ほら、不幸の法則も、その一端だと思うわけで。

何かを不安に感じる、感じていることって、
イコール生きていること、ではないか。

何にも心配事がなくなるって、それこそ極楽トンボであって、
それって人のあるべき姿としてはナシなんじゃないかなって。
多分、悩み事がなくなるっていうのは、
気が狂うのと大差ない状態じゃないかな。

かといって、あまり過剰に不安に苛まれるのは、
精神衛生上もよろしくない。
だから、適度な不安というセーガンの言葉は言い得てて、
常にそういう状態であって然るべきじゃないか。

人であれば、自分のことも心配事がたくさんあるだろうけど、
自分以外の誰かのことを心配する、ということもある。

例えば、身近な人とか、親とか子供とか友人とか、
恋人とか配偶者とか、いろいろな仲間のこととか…。

そうして心配しなければならない他人がいることって、
逆に幸せなこと、でもあると思う。

これ、直感で理解できるはず。

人同士が完璧に分かり合うということは、多分ない。
どこかに必ず誤解があるし、思い違いがある。
お互い違う人間なんだから、それは当たり前。

でも、違う人間のことを心配することはできる。
そして、その人について不安を感じることになる。

むしろ、違う人間だからこそ、
また、その人のことを理解すべきと思う人であれば、
心配して不安になるのだろうと。

つくづく、難儀な生き物だね。。。

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August 24, 2006

ビバ鳥取

毎年こういう時期に思うのだけど、
やっぱり認知度が低いところなんだろうなぁ、と。

週初めの知り合いのDさんとの会話。

Dさん 「いやー、暑いですねー。」

私 「そうですねぇ。」

「先週は、お盆休み?帰省されてたんですか。」

「ええ。」

「遠いんでしたか。田舎はどちらでしたっけ?」

「鳥取です。」

「鳥取って、島根でしたよね?」

「……ええと…。」

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June 21, 2006

アハ!体験?

いつぞやに日テレの何かの番組で、
茂木さんが紹介したからかどうなのか分かりませんが、
世間では軽くブームになっているようで。。。

ていうか、ゲームになってるしっ!

PSPのあのゲームのCM最近初めて見たんですが、
茂木さん知ってる人なら、まず笑ったんじゃないですかね?

ま、ま、それはさておき「アハ!体験」。

"Aha!"Experience です。

何事かというと、
要は、今まで気づかなかったことに気づいて、
「あっ!」といったときの体験のことですな。

# 実際日本人は「アハ!」なんていわない。。。

この話を聞いて私が思ったこと。

子供が気づくことに大人は気づかない、という、
何というか、となりのトトロ現象というか、
ずっと目の前にあって見えているはずなのに、
いわれるまで気づかない、というような、
ああいうモノゴトに通じるものがあるのかな、と。

毎日目にしているものは次第に脳のフィルタにかかって、
認識はされているのだけど処理に上がらないというか、
でも処理にかけるトリガを与えれば、「おっと?」となる、
あの感覚に似ているような気がするんですよね。


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June 13, 2006

お得な人生

世の中、遺伝子ブームである。科学番組や世紀末特集など、決まって遺伝子のことが取り上げられ、その驚異と感動に人々は釘付けだ。今世紀は、いわば「電気」と「石油」の文明で花が咲いたが、来る世紀は、この「遺伝子」、つまり生命科学の時代となるのだろう。

私たち有機生命を形作るその情報は、全てその遺伝子DNAに秘められている。ところで、遺伝子も、人生を決定する要素となり得ているのだろうか?遺伝子は、いわゆる自己、アイデンティティを構築する上での設計図であることは否めないが、全てをそれによって決定されているかは、まだ未知数だ。

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June 07, 2006

職場からブログ書き込み、処分

職場からブログ書き込み、処分
(slashdot.jp より)

    ガクガク(((( ;゜Д゜)))ブルブル

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February 19, 2006

成立する矛盾

矛盾、というと、
それは存在し得ないものだ、と思い勝ちだけど、
実際、矛盾するものというのは
世の中にいっぱい存在しています。

…というか、世の中、矛盾だらけでそ?

要するに、物理的な矛盾は、
例えば、「熱いと同時に冷たい」なんちうものは
当然存在し得ないわけだけど、
概念的な矛盾というのは、
いくらでも存在できるわけです。
ウソこけばいいんです。よかないけど。

というか、「矛盾」という故事成語のエピソード自体
しっかり存在してますから。

 どんな盾も突き通すことが出来る矛
 どんな矛もはじくことが出来る盾 …だから矛盾

(存在、てのは「事実として」でなく「寓話として」ね)


でもね。

物理的にも存在する矛盾ってのもあるんですよ。

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February 05, 2006

メタ欲求

何かが起こるということについて、
その起こりやすさ、起こりにくさを表す値として、
確率というものが用いられます。

何がしが起こる確率は何パーセント、とか。

要するに、
それが起こる以外の全ての事象をまず想定して、
その中から、該当の事象がいくつあり得るか、
という話。

しかし、その値が大きいからといって、
いつもその高確率の事が起こるわけではなく、
確率の低い方が実現することも多々あると。


ちょっと思ったことがあって。
…というか、これまたいつも思ってることでして。

自分が希望すること、ということの確率が高いか低いか、
ということは、
実は確率という概念では表現できないんじゃないかな。

なんてね。

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February 03, 2006

出て来い!責任者


  責任者は、責任を取るためにいるのだ。


せめて、貰ってる給料分くらいの仕事はして欲しいもんです。

  少なくとも、うちらの倍以上貰ってるでしょう。

  ボーナスに至っては…


たのんます、ホント…。

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