February 04, 2014

CR-Zちょっと乗った感想

まだ3日ほどしか乗ってないんだけど、
それだけでも感じることはあったので、折角なので記しておきます。

もう4、5年前に出た車種なのでレビューも出尽くしてる感はありますが
ここはあくまで私の感覚でこう感じたってことで。

まず、エンジン。というか、走行性能。

これはまだ慣らし運転の段階なのであまり回したくないということもあり
今は3000回転以下くらいに抑えつつという条件付きなんですが、
低速からの立ち上がりはかなり良いです。

あと、平坦な道、若しくは下り気味の道なら調子よく走るんですが
上り坂になると、わりと踏み込まないとすぐ減速する感じがした。

まぁそこは踏み込めば良いって話ですが、インテのときは
それほど踏み方を変えなくても速度が落ちたりといったことは
そんなになかった気がしたので。

ここは多分ギア比がインテのときとは違うってのもあるのかな。

インテは5速MTだったけど、CR-Zは6速MT。
そのトップギアでの話なので、CR-Zでは5か4あたりに落とせば
インテと同じように走ってくれるのかもしれない(?)

次に電動アシスト。IMA。イマでしょ!(違

これは立ち上がりと、加速時に強く働く感じ。
逆に減速時は回生が効いてバッテリーがチャージされる。

このアシストは、特に立ち上がりで体感できますね。
加速時は普通にエンジンが頑張ってるように感じるんだけど、
逆にいえば、電動でブーストされてるとは感じられないくらい
エンジンに密接なアシストをしているともいえるのかな。

そう、ターボボタンみたいなやつとかいってたのは
「PLUS SPORTボタン」とかいう名前だった。

これを押すと、その時点のモードがノーマル、エコだったとしても
それを無視して、アクセルを踏み込んでいる間
エンジン、アシスト共に全開で回るというもの。
これはアクセルを緩めたら解除されて、設定モードの走りに戻る。

これ、何かゲームみたいよね。ちょっと楽しい。

楽しいけど、これやってる間のバッテリー消耗は激しいので
やるとしても、前を走る長ーいトラックを追い抜きたいときとか、
ピンポイントで使う感じかなと。

次にステアリング。これはすごい曲がる。クイッと曲がる。
インテはわりとモサーッと曲がる感じだったけど、
このへんはスポーツ仕様のステアリングなんでしょうね。
これ、すごい運転しやすい。

ちなみに、スポーツモードにすると
それ以外のモードよりパワステが抑えられてちょっと重めになる。
重めといっても、重ステってほどじゃないですけどね。

あと、MTだと坂道発進でどうしてもちょっと下がってしまうんだけど
そこも地味にサポートされてたのはちょっと感動。
上り坂でブレーキを離してもしばらくはホールドしてくれる。

他にもナビとかゲームみたいな表示とかいろいろあるけど、
そのへんはまだ把握しきってないので、もうちょっと使ってみてから。

それより乗ってみて分かった大きな問題が1つ。

この車、後方視界が最悪です。

試乗の段階でもちょっと違和感はあったんだけど、
そのときは横にディーラーのお兄ちゃんが同乗していて、
いろいろ機能を宣伝するので、それに気を取られて
視界が悪いということにそれほど注意が向いてなかった。

まんまとやられましたわー

真後ろはメインのリアウインドウと
その下の垂直に立ったサブウィンドウとがあるんだけど、
リアウインドウは空に対してほぼ並行な角度になってるので
そこから後ろはほとんど見えない。もはやサンルーフ。

なのでサブウィンドウから見えるものがほぼ全てなんだけど
サブなのでぶっちゃけ狭い。覗き窓な感じ。

これずっと思ってることだけど、
HVのリアって、何であんなに直角に切れてるんですかね。
バッテリーを後ろに積んでる都合かしら。

おかげで、後ろの視界がかなり犠牲になってる。

CR-Zの場合、加えて斜め後ろの視界がかなり悪い。
悪いというか、斜め後ろはほとんど何も見えません!

BとCピラーの間の窓があってないようなもので
Cピラーから後ろが完全に死角になっちゃってる。

右はまだ横から覗けるけど、左後方は厳しい。
なので、車線変更するのにかなり気を使うのよね。

例えば、右から追い越しをして左車線に入るときは
まずドアミラーで見て、その同じ車が後ろの窓に入ったところで
間に車がいないと確認して車線変更できる、みたいな。

なので、斜め前をCR-Zが走ってるのを見かけたら
他の車はちょっと注意した方が良いかもしんない。
その運転手から、斜め後方にいるあなたの車は見えてません!

突然車線変更してくるかもしれないので
通常より車間を開けてCR-Zのリアから見える位置に下がるか、
もしくはなるべく早く真横に付けるかで身の安全を確保すべし。

それにしても、これはどうしようもないのかなぁ。
警察車両みたいにドラミラーにサブミラーでも付けるか?

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February 01, 2014

車買い替えました

たまにはここも更新しますよと。

かれこれ15年ほど乗ってきた私のインテグラですが、
先日その車検見積もりをしてもらったところ、ざっと11万円強でした。

INTEGRA

ただ、この見積りは条件付きで、
ホントに車検を通すためだけの整備をするのにこの額ということで、
ちゃんと整備しようとしたら、ギアボックス開けて中をみたり
ブレーキキャリパー開けたりといった点検と修理も必要なんだけど
それを締めているネジが錆ついていて開けられない状態でしたと。

交換部品ももうない可能性が高く、そこをいったんバラすと
元に戻すのが困難ということで、そのへんはそっとしておいて
緩み締めや目に見える劣化部品の交換だけにとどめて11万ですと。

逆にいうと、最低限の整備でも11万かかるってことね。

それであと2年持たせるということも考えてはみたけど、
部品も枯渇してるという話であれば、ここはそろそろ潮時かなと。
あと、4月には消費税も上がるし、買い換えるなら今かなと。

思えば15年。社会に出てからは乗ることも少なくなったんだけど、
それでも引っ越しの荷物運びや何度かの帰省の際は
かなりこの車のお世話になりましたよ。

長い付き合いでしたが、ホントお疲れ様でした。ですね。
一応中古車屋に二束三文で下取りしてもらったので、
また誰かの手に渡って走ることもあるかもしれません。


ということで、買い替えに踏み切りましたよと。

で、買った車はこちら。

CR-Z

私は自分の車を持つならMTと決めてるので、
まずはそのMT設定がある車種が条件。

あと、燃費とかエコとか、そのへんの流行りには乗っとこうと
今回はHV車にしてみようと。

そうなった場合の選択肢は、FIT RSか、CR-Zの2択。

でも、FITは大人気で、今から注文した場合
その納車は4月以降は確実なんだとか。消費税上がっちゃいますよ?
というか、FITは私個人的にもあまり魅力を感じないんすよね。

最近はみんなコンパクトカーかミニバンという流れになってるので
私はあえてそこに反抗したかった!

まぁ、MT選ぶ時点で既に異端の部類ではあるんですが……

ということで、今回はCR-Zに決定。
この車は、かつてのCR-Xを発展させたクーペってことらしい。

排気量は1500ccで、これに電動アシストがつく形(IMAってやつ)

CR-Zの場合、これはエコ目的のアシストでもあるけど
1500のエンジンを2000並のパワーにブーストする役割もあるとか。
エコとパワーの両立というと聞こえは良いけど、
ぶっちゃけ中途半端などっちつかずな車って感じではある。

だが、それがいい!
どっちつかずの中途半端とか、私にピッタリじゃない?

まぁ、実際乗った感じ、確かに停止からのスタートはスムーズです。
エンジンは低速(低回転)が苦手なので、そこをモーターで補助する
というのは、かなり理に適った設計思想ですよ。

ちなみに、CR-Zにはモード切り替えボタンなんてものがついていて、
ノーマル、エコ、スポーツの3モードがボタンでポチっと切り替わる。

ノーマルは、まぁ普通。字のごとく。

エコにすると、わりと踏み込まないと回転数が上がらないようになる。
なんか、エンジンの反応が鈍くなる感じ。

スポーツにすると、電動アシストが強力になって
ちょっと踏んだだけでグィーンっと前に押し出される感じになる。

他にも何かいろんなボタンやスイッチがゴテゴテついていて
どれが何の機能なのか、ちょっとまだ把握しきれてない感じ。
ターボボタンみたいなのもあった。あれ押すとどうなるんだろう……

あと、なんか、ダッシュボードがピカピカしててゲームみたい。
そう、この車、運転してて何かゲーマ心をくすぐられる感がある。
これ、初めてタミヤのRCカー買ったときみたいな期待感に似てる。

まぁ、追々また乗った感想でも書こうかと思います。

ちなみに、試乗ではCVTに乗ったんだけど、
ギアシフトやアクセルコントロールを全部電子制御されてる感じで
楽チンだけど、やっぱつまらないですな。

車はただの移動手段ではあるけど、
この公共交通が普及した都市圏であえて自分の車に乗るという以上は
乗ってて楽しいものであった方が絶対良いでしょ。

実際、車検の見積もりの段階で、もしそれが高額だったら
特に普段車に乗る必要性も必然性もないし、いっそ車手放すかな?
とも考えたんですけど……

よく考えたら、私が車持ってないことがあり得ないと気付いた!

実用で乗るとか乗らないとか、そういう次元の話じゃなかった。
やっぱり私は車運転するのが好きなんだと、改めて思った次第。

別に、頭文字Dみたいな運転できるとか、
坂を攻めたいとかドリフトしたいとか、そういうのじゃないですけどね。

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January 02, 2014

謹賀新年 2014

明けましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。


…って、一応書いとかないとね。
あーこんなメタ発言書いたら台無しなんですが。

そういえば、ブログ書くのも久方ぶりですな。

とりあえず、年が変わりましたよと。
去年はどんな年だったか、振り返ってみて…特に何もなかったなー。
駄目ですね。駄目人生です。

周囲では飛躍する人が多い年ではあったんですが、
私はといえば…まぁ、生きてるだけまだ良かったのかもしれません。

実のところ、今年の正月は、あんまり正月らしく過ごせてません。
というのも、年始からいろいろ問題発生中でして
今も結構落ち着かない感じだったりします。

ここまで書いて、何が起こってるの?
というのを書かないのも何かアレなんですが、ちょっと寝かせる。
いろいろナイーヴな問題なので、落ち着いたらってことで。

で、これだけは書いておきますか。

一応、例年の正月と同様、今私は実家に帰って来ております。
が、実家には私ひとりという状態です。家族がおりません。

まぁ、その原因が上の問題ってことなんですけどね。

不意にこういう状況に置かれると、
ひとりということもあって、いろいろ将来のことを考えてしまいます。

いつもは両親と妹がいるわけだけど、
いつまでもこの編成でいられるわけではないですからね。

いつかは私もここに帰ってきて落ち着く必要があるのか。
それとも逆に両親を私の方に呼ぶべきなのか。
もっと他に何か選択肢があるのか。

今までそんなことは遠い未来の話だと思っていたんだけど、
両親の年齢も考えるといよいよ現実味を帯びてきた感じがしていて
さすがにそろそろ何か考え始める時期なのかなと。

と、年始からシンミリしてしてもしょうがないので、
とりあえず、暇つぶしに持って帰った大量のゲームでも消化しながら
ぼちぼち…ま、そのうち考えることにしますかのう(コレだから…)

さて、今年はどうするかな。目標とか。そんなの必要?

ま、とりあえず、今年は春先にPS4が出るから、
それからどうするか考えようか(コレだから…)

あ、あと、今さらなんですが、今年からハンドル変えます。
月影 → Nadja(ナジャ)で、今後はよろしくです。
詳しくは こちら

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May 06, 2013

ロボットと雇用問題

これは誰もが思ってはいたけど、あえて指摘してこなかったというか。

そんな、ロボットが人間の仕事を奪うまで発達するなんて、
鉄腕アトムの世界みたいな話がよもや実現する日がこようとは…みたいな
非現実的なことが現実になりそうになって顕在化した問題じゃないか。

製造業のロボット化により、景気回復しても雇用が回復しない
(スラッシュドット・ジャパン)

知ってた。

ええ、知ってましたとも。
産業用ロボットは同じ繰り返しの単純作業を得意としています。

同じ作業を人間がやるのとロボットがやるのとで比較すれば、
そりゃロボットの方が誤差も少なくて正確だし、
初期導入費とメンテのコストはかかるけど人件費に比べれば安いし、
故障はしても修理すればなおるし、病欠とか無断欠勤もない。

経営者なら普通に考えてロボットを使いますよね。

製造業に限らず、今は様々なインフラがITによって自動化されていて、
ライン生産での流れ作業、単純作業に人間の作業員は不要だし、
自動販売機やセルフ会計機があればレジ打ち店員も不要だし、
コールセンターの自動応答が高機能化して電話受付嬢も不要だし、
駅前やデパート、地下街などの案内板だけで案内係も不要だし、
自動改札で駅員も不要、無人運転システムで運転手も不要だし……

わざわざ人間の手を煩わせず様々なサービスが提供できるようになって
とても便利で夢のような世の中になりつつありますよ。

もう人間様は働く必要はない。あとは遊んで寝てれば良い。

しかし、困ったことに、人間には労働の義務なんてものが課せられていて、
というか、働かないと収入を得られず餓え死にしてしまう。

何この矛盾。もうここで何かが破綻しているわけですよ。

現状、人間に残された生きる道は、3つ。
(1)まだロボットにはできない、人間にしかできない仕事に手を付けるか、
(2)ロボットにもできるけど、まだ人間がやる方が効率が良い仕事をするか、
(3)そのロボット自体を開発、製造する仕事をするか。

(1)の候補となり得るのは、まだロボットができない、あるいは不可能とされる
何か新しい発想や創造が必要な仕事。

例えば、医療や工学諸々、自然科学分野での学術研究とか開発とか。
鉱物資源の探索、採掘とか、農林水産業みたいな第一次産業とか。
あと、会社経営とか、新商品開発、そのマーケティング、市場分析、
芸能の仕事、エンターテインメント分野での新規開発あたりも
まだ今のロボットでは自発的にはできない仕事といえるかもしれないですね。

ただ。
これらの仕事も、いずれロボットが取って変わる日が来ないともいい切れない。
まさかそんな……と思うかもしれないけど、3、40年前とか万博くらいの年には
その「まさか」と思われていた夢の世界が実現する事態に今なっているわけで。

農産物とか今は室内栽培でつくれるようになってきてるし、
魚もウナギとかマグロとか養殖ムリと思われてたものも最近できるっぽいし。
そうなっちゃえば全部機械で管理できなくもない。

芸能分野の仕事でさえ、今わりとロボットにお株を奪われつつありますし。
オリコンランキング上位にVOCALOIDがつける日が来るとか誰が予想したよ?

問題解決を考える上では、いずれ全ての仕事がロボットにも可能になる
という前提の下で議論していかなくてはなるまい、ということです。

あれです。原発問題。あれは、導入当初に既に様々なリスクが予想されていた。
原子炉が制御不能になったりメルトダウンしたりする可能性、
使用済み燃料の後始末の問題、廃炉後の施設維持、管理の問題……

それらは建前上は織り込み済みだったはずだけど、
実際は時代に任せていたというか、その問題が顕在化するような未来には
何か優れた解決手段を誰か賢い人が見つけてくれているはずだろうよ
…という打算が少なからずあったと思うのよね。

ロボットの問題もまさにそれじゃないか。

その意味では(2)も同様。
てか、これは(1)よりも早い段階でロボットが人間の領域に侵食してくるはず。

ロボットの発達、成長速度をなめたらいかんです。
今は人手でやった方が良い仕事も、それをより簡単に、より便利にやる機械は
あっという間に登場して実用化されるはず。

まぁ、それをやってるのは人間なんですがね。

ということで(3)ですね。

そう、そのようなロボットをつくっているのは人間なのであって、
それこそ人間にしかできない仕事ではないか。

今この社会を人間の手間を減らしてより便利なものにしようと
様々な機械やコンピュータ、そのデバイスを開発している産業というのは
これからIT化社会、ロボット化社会において最も成長産業となる分野で
これからはここに人間が入っていけば良いんじゃないか?

そういう仕事は今後ますます増えるはず。
人の仕事を減らす為の産業で……仕事が増える…はず?……あれ?
何か、本末転倒な気がしないでもないが……

そもそも、そういうITや工学分野に入る人材のマスって
現存の労働者全体に対してそんなに大きなものではないんじゃないか。

というより、人材には適不適というものがあって、
例えば今、製造業でロボットに仕事を奪われているような人材が
技術職に転じて果たしてやっていけるかというと、甚だ疑問ですよ。

そう考えると、溢れている人材を成長産業へシフトすることで
現状の雇用問題が解決できるとう提言は、どうも幻想な気がしてくる。

そもそも、現状ロボットをつくっているのは人間かもしれないけど、
それすらもいずれロボットができるようになるとも限らない。
ドクターゲロが20号だったとか、リルルが鉄人兵団を呼び寄せるとか。

そうだよ。そのうちロボットが人間より上位の存在になるかもしれない。
ロボットがロボット3原則なんかクソ食らえとか言い出したらどうしますか。
アシモフもびっくりだよ。

さて困った。

もうこれは人間の出る幕が徐々に無くなってくるという予兆なのかも。
そんなSFシナリオは手垢がついてしまってるけど、ここにきて
わりと現実味を帯びてきてるんじゃないかって話です。

だって、現に雇用問題が八方塞がりになりつつあるもんね。
で、その大きな原因の1つが、ロボットやITを始めとした
工学の技術革新によるものであることが指摘されているわけですから。

冷静に考えて、今路頭に迷っている労働者たちって、
ガチでライン作業員とかその監督とか、いわゆるブルーカラーな人ですよね。
それってモロにロボットに置換されてるところ(若しくはその候補)ですよね。

あと、書類にハンコついて右から左に流す的な事務処理的な仕事も
IT化のお陰でWeb上でフロー流せたり、バックも電子処理で済んだりして
今までみたいに管理職がわざわざやる必要なくなってますよね。
そういう人たちは、窓際の席からそろそろ窓の外へ、ですよね。

何か、まさに星新一のショートショートとかで皮肉られそうな状況に
今なってるんじゃないの?

そして、そういうことを大真面目に指摘している経済学者って、
今日本にいませんよね。てか、いたら何か知らんけど干されそうだし。
米国や欧州とかでは、ちゃんと議論されているのかな。これ。

ま、専門の学者さんとか、きっと私なんかより賢いでしょうから
よくよく考えてそんな可能性はないと判断してるのかもしれませんね。
或いは逆に、知ってるけど何らかの理由であえて公表してないのか。

…とか、そんなことを考えてみた、GW最終日。
ああもう鬱ピークですよ。仕事したくねぇ! (……アルェ?)

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February 15, 2013

正しいこと?

「正しい」という言葉には2つの意味があって、
ひとつは真実であるということ、本当のことという意味で、
もうひとつは善悪でいう善の方であるという意味。

後者に関しては人それぞれ考え方や価値観によって違うものだけど、
前者は誰にとっても同じ基準で理解できるものであるという概念。

ただ、その“真実”、“本当のこと”とは何かというと
これも突き詰めればそれを見る人によって異なるものであったりする。
あくまでそれを認識するのは主観的でしかないから。

それでもどうにか万人にとって全く同じ判断材料はないだろうか
といったときに重宝されるのは“数学”ということになる。

単に数学といった場合、幾何、代数、微分積分と
いろんな分野を含んでいるのだけど、それらに共通しているのは
数値や数式で物事を表現できるという点。

数というのは極めて抽象的な概念で、
数を数える対象がミカンだろうとリンゴだろうとメロンだろうと、
その個数、数は1、2、3…という数字に統一されてる。

数は誰がどうみても変わらない概念であり、絶大な信頼感がある。

その数、或いは文字で表される数式は常に同じ規則で
答えを導くことができるのであり、
その数式が自然現象を表現するものだと一度証明されれば、
その数式の再現性は絶対なので、それを利用して
次の真理を求める定理や公理として使われ、
あるいはそれを実用に転嫁して生活を便利にすることもできる。

ところで、そうして数式化された“正しい”ことというのは
人の善悪でいう“正しい”ことに必ずしもイコールではない。

前者はあくまで判断や技術の材料としての正しさであり、
後者は人の利害について判断される正しさである。

例えば、核技術は工学的には、即ち限定された範囲の数学的には
実用可能な完成されていている真理ではあるのだけど、
それはときに人にとって不利益をもたらす可能性も秘めている。

ただ、核技術を使うことによる恩恵は大きく、
わずかな材料で膨大なエネルギーを生み出すことができる。
反面、それを使うことによるリスクもそれだけ大きい。

ここでいいたいのは、核技術そのものは、そのような事実としてある
というだけのものに過ぎないということ。

それが恩恵になるか悪害になるかは、
それを実用する段になってどう使うのかにかかっているところでもあり
どこまでリスクを許容し、どこから拒絶するかに拠っている。

核廃棄物が大量に出たり、事故による放射能のリスクがあったとしても
それによって得られるエネルギーが必要不可欠ということになるのなら、
それは人にとって利益であり、善悪でいえば正しい方へ傾くだろうが
そもそも、正しいとか誤りとかいう判断をそこに入れるべきではない。

そのような技術がある、それに利用価値があるかないかというだけ。

これは数学からなる科学技術で支えられる全ての事項にいえることで
自動車は交通事故のリスクを常に負っているが必要なら乗るし、
コンピュータはあらゆる情報流出を助長しているが必要なら使うし、
化学製剤による薬品は自然や生体バランスを崩すが必要なら処方する。

正しいかどうかではなく、使う価値があるかどうかというだけ。

道具に罪はなく、使い方に罪があるという見方をさらに転じて
使うこと自体にも(リスクがあったとしても)罪があるわけではなく
そのような価値があったから使われたという事実があるだけということ。

人が何かに不安を覚えたり、怒りを感じたりするのもわかるけど、
では、その対象が消え失せることでその感情も解決されるのかどうか。

自動車が走らなくなれば交通事故は世の中から消えてなくなるけど
その犠牲になる利便性というのもあるだろうということで。

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February 14, 2013

ルールを守りましょう?

毎朝通う通勤路で、ちょっと気付いたことがある。

今のオフィスは、駅から徒歩10~15分ほどの場所にあるのだけど
その駅からオフィスまで信号が3つある。

最初の信号は道幅の狭いマイナーな道路とメイン通りの交差点で、
私はメイン通りを抜けるのでその狭い道を渡ることになる。

信号は設置されているが、車さえ来てなければ
無視して渡ってしまっても差し支えないと思えるレベルの交差点。

2つ目の交差点はほぼ同規模の道路の交差点。
こちらはよほどせっかちでなければ信号に従うべきと思えるもの。

3つ目は2車線道路と4車線道路との交差点。
4車線の広い方の道路は車の往来も多く、そこに信号は必須。

で、気付いたことというのは
この最初の小さな交差点で赤信号にかかってそれを待つと、
2つ目と3つ目の交差点でもかなり高確率で赤信号になるということ。

おそらくは、歩行者よりも車を流すことを優先させていて
車がスムーズに流れやすいように信号も調整されているんだろうと。

そうすると、歩行者はその煽りを食らって
それらの信号機の連携は歩行者にとって最悪のものになるのね。

まぁ、何かをある者に恩恵があるようにもっていくと
その裏でとばっちりを食う者が(ほぼ必ず)出るということなんでしょう。

そして、実はその最初の小さな交差点で赤信号になった場合、
それを無視すると、なんと2つ目と3つ目の交差点では高確率で青。

バカ正直にルールを守ったって、その先もエエことなしだと。
ちょっとルールを破って動いた方が物事は好転するみたいな。

何ていうか、ルールは破るためにあるとかいう言葉もありますが、
そのルールが破っても問題ないルールなのか駄目なルールなのか
そこを自分で判断するってことが大事なのかなとも思えてくる。

何でもカンでも定められたルールに従っていれば良いのか。
もしかしたらそのルールは実は不合理で理不尽なものではないのか。

とはいえ、交差点の信号は守るべきものではあるんですが、
明らかに車が来てなくて赤信号の横断歩道と、
青信号だけど暴走車が突っ込んでくるのが見えてる横断歩道では
どちらが渡っても安全かといえば、そんなのは明白なわけです。

いえ、ルール破りを正当化するつもりはないですよ。

ただ、常に人が決めたルールに従っていれば良いという考えは、
何か被害に遭ったときに自分以外への責任転嫁の理由にはできるけど
最初から何か被害に遭わないようにするには、都度自分で判断して
行動するってことが肝要なのではないですかって話です。

ルールというか、決まり事とか他人同士の一般的な合意というのは
とりあえずそうするものだとお互いに理解しあえる理由になって
お互いの摩擦を少なくする潤滑油の役割を果たすものでしょう。

その意味で、多くの他人と触れ合って生きていく上で
何らかの常識的なルールというのは必須のものではありましょう。

でも、それも、常に正しいものはないのだ、という前提の上で
自分の行動には自分で考えて責任を持つようにしなきゃいけなくて
そうでない人が多いから、人任せばかりで文句ばっかりいってる
そんな人が多いんじゃないかなぁ、と思ったりもするわけで。


ん、まぁ、そうはいっても、とりあえず信号は守りましょう。

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January 04, 2013

謹賀新年 2013

あけおめ!

全く信じられないことに、また1つ年が進んでしまいました。

今年が何年なのか、少し考えないと思い出せないというね。
西暦はまだしも、平成でいうと何年?となると
Webで西暦対応表を調べてしまう始末ですよ。

今年は平成25年です。

ヤバイです。平成元年生まれはもう25歳です。

ということは、今テレビとかに出てる20前後のタレントさんは
みんな平成生まれです。まさかですね。とんでもないですね。

とかいってるのは、もう自分もジジイだってことですね。


さて、今年の目標は……ってのは、もうやめます。

いや、前向きにやっていきたいというのはあるんですが、
正月に何の見込みもなく希望的観測だけ書くのは
むしろその時点でそれをやるってことにして安心してるというか
自分の精神を騙してるだけってことに気付いたので。

何て言うか、「今年中に本気出す」といいながら
結局何もせず年末を迎えて「来年こそは」って毎年思ってるという
その繰り返しになってるだけというのが現実というか。

まず、何か目標を立てるのが目標なのかもしれない。

ただ、実現可能性の低い高望みとか、いつでもできる低い目標とか
そういうのでは意味が無い。

とりあえず何をやりたいのか?からかな。

次に、ではそれがなぜできないのか?を考える。

そして、その障害を解消してできる方法を模索する。

口で言うのは簡単だけど、これが毎回失敗するので
失敗しないようにする手立てを何とかすることを考えないといかん。

自分を俯瞰して見るというか、メタ的に見る観点が
いつもそれをやるまさにその時点ではなくなっているので
行き詰まった時にちょっと退いて冷静になるということからですね。

プログラム組むときはそういう思考がすぐできるのだけど、
自分自身のロジックを組むときはなかなかそうもいかんのですね。


ま、結局いつも通り何となくやっていきますってことで(結論なし)
今年もよろしくおねがいします。

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December 31, 2012

年末かぁ…

今年終了まであと24時間もなくなってしまいました。
全くもって恐ろしい話です。

こういうときによく思い出す話があるんですが
いわゆる「待ち遠しさのパラドックス」という人間感情について。
いわゆる…というほど一般化してる話かどうかわかりませんが。

人は未来の何かを期待して時が過ぎ去るのを望むことがあります。
例えば、夏休みや冬休みが早くこないかと望む学生諸君とか、
意中の人とデートに行く日があれば、早くその日にならないか、とか。
(まぁ、後者は爆発しろ)

こういう感情を「待ち遠しい」といいますが、
実は、時間が流れるということは、その時間が過ぎ去るということ。
即ち、それだけ自らも歳を取る、ということです。

夏休みが終わったら、早く次の冬休みにならないかなーとか
それは間の秋から冬にかけての期間消えてなくなれってことです。

特に望まなくても、実際にその日、その時は必ず来るわけですが
まだその時より前においては「待ち遠しい」という感情が沸く。
それは、究極的には老化して死が近づくということなのにね。

待ち遠しいということは、つまり、待つしかない、ということ。

それって大抵受動的なことだと思うのだけど、
自分から何かアクションし続けていれば、待つという行為をしなくていい。
むしろ、時間が過ぎるのが惜しいと思うようになると思うんですよ。

何となくだけど、終わってみて「あー、何かあっという間だったなー」
という感想を持つ年って、その“待ち”が多い年だったんじゃないかと。
待ってばかりで、自分で特別何かをしてこなかったんじゃないかと。

何もしなかったから、得られた経験も薄くて
後から体感時間を振り返ってみると、すごく短いものだったと感じる。

確かに、何か楽しみなことが先にあると待ち遠しいのだけど、
それが自分の努力によるイベントなのか他力によるものなのかで
その間の充実っぷりというのが随分と違ってくるんじゃないか。

してみると、私なぞ、ずっと待ってばっかりなんですな。

待つというか、待ちたい何かがあるわけでもないんだけど、
ただもうアテのない何か良いことが棚ボタで来るのを期待してるというか。

結局どうしたいんだオレ?という状況。

別にダラダラとその日暮らしでやっていくのも楽しいんだけど、
何か達成感みたいなものはないのは確かで、
そういう欲求を満たすためにゲーマーの道に走ってるのかもしれない。

そうしながら、リアルでも何か確変イベント起こらないかと期待する。

漫画アニメの世界だと、そういうウダツの上がらない主人公に
なぜか可愛娘ちゃんが好意を寄せたり、超絶能力が備わってたりして
地球を救うスーパーヒーローになったりするもんなんだけど……

もういい歳なんでそんな厨二展開を期待してるわけでもないんだけど
漫画やゲームでそういうのが実現されてるのを仮想体験すると、
リアルは二の次でいっか、なんて思ったりもするわけで。

そういえば今年の初めに何か目標立てた気もするけど、
もうコロリと忘れちゃってるもんなぁ。

せめて、後悔しないようにという努力はしてるつもりなんだけど
後悔先に立たずですから、それも挫かれることは少なくなくて
ずっと「あー、あんとき*****だったら!」と思うこと多々なのは
わりと避けられないと悟りつつもあり。

ならどうするんだとなれば、思い至った結論は
もうそのときにおいて、自分がコレが一番良いと思った選択をする
ということ。

ま、なかなかできませんがね。

一番良い選択は、大抵何らかの小さくない努力が強いられるので
いつもあまり良くないと知りつつ楽な方を選択してますから。
某アニメのセリフじゃないですが、逃げちゃダメだってことで。

というのが一番なんだけど、ダメな方に流れるという
ここからまたそういうメタ的なスパイラルになったりしちゃったり。

待ちガイル戦法も時には有効だけど、
積極的に撃っていかないと、自他共に認める勝利にはならない。

わかってるんですよ。ゲーム脳なんでそんなこと重々承知。

でも、別に他に認められる必要はなくて、自分が満足できるなら、
それでもいっかなーなんてのも解の1つではないかと思うのです。
身も蓋もないですが。

嫌なら無理に苦労することないだろってこと。
本当にやりたいことなら、努力も惜しまないでしょうしね。

とりあえず、まずは何をしたいか、から見つけないといかんのです。

このままSEやっていたいのか、何か打って出て一儲けしたいのか、
今のスキル活かしてガジェットアプリでも当ててみるか、
漫画家は今さらアレなので物書きやって印税生活でも目指すか、
予てからの夢である喫茶店でも始めて隠居生活するか……

明らかなのは、現状維持以外は、待ちでは実現できないってこと。

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October 13, 2012

入院しました

んで、退院しました。

いえ、別に何か大病とか大ケガとかしたわけじゃないです。

おとといの夜、急に頭痛やら吐き気やらがひどくなった上に
体中に蕁麻疹が出て、これは病院行くべきと思ったけど
その時点で深夜でどこに駆け込んで良いものやらわからず
奥の手救急車呼んでしまったのですな。

あ、「てめぇ、タクシーがわりに救急車呼びやがって…」とかいわないで。

もうそのときはホント必死だったんで。

吐き気はするもののその日一日食欲がなく何も食べてなくて
吐くものがなく吐くに吐けず(食事中の方はホントスミマセン)
体力だけがどんどん消耗していくという状態だったんで、
タクシー呼んで病院指示するなんて気力すらなかったのです。

こういうときは、ちゃんと市税払っててよかったと思います。

ちなみに、実はこれが、人生初の救急車でした。

119かけて大体5、6分くらいで来ましたね。

うちが消防署から近く、かつ深夜だからというのもあると思うけど
さすがに救命救急はしっかりしてますね。(政治と違って…)

で、病院着いて、血液とX線写真と心電図の検査をされて
ひと通りみたところ特に問題なしということだったんだけど、
あまりの吐き気と体力消耗もあり、そのまま入院になったと。

結果的に、いろいろ疲れててた上に、季節の変わり目で
体調が崩れたんだろうという感じですかね。

特に何か名のある病気というわけじゃなさそうでした。

ただ、蕁麻疹だけはしばらくひかない状態が続いて、
その病院の皮膚科からいろいろ薬が処方されたんですが
ことごとく効かないという感じ。

先生の話だと、蕁麻疹の原因っていろいろありすぎて
これといった原因特定が難しいらしい。

一番疑われるのは食品のアレルギーだけど
私の場合はどうも当てはまらない。
今回は何か食べてそうなったというわけではないので。

実は気づいてないだけで何かアレルギーがあるんだろうか。
その日は何も食べてないので、あるとしたら前日。
直近は、うどん…うどんなんてしょっちゅう食べてるしなぁ…

で、しばらくいろんな薬を試してみるよ?
というような当て推量的な治療を続けることになりました。
わりといい加減な感じもあるけど、そんなもんらしい。

ちなみに、アレルギー抑制系の薬剤というのは
いくら飲んでもそんなに体に害があるものではないらしい。
てことで今、5種類くらい薬出されてます。

それにしてもやっぱり、入院生活は健康的ですな。

たった2泊3日だったけど、それだけ入院してただけでも
かなり人に戻れた気分です。

夜10時には強制的に就寝、朝6時に強制的に起床。
食事もバランスが考えられたものが出てくるし、
仕事もゲーム(!)もしない(できない)ので寝てるしかなくて
体力だけはどんどん回復していく。

病院でなくても、本来は普段からこういう生活すべきなんだろう
とは思うんだけど、なかなかそうもいかんという現実。

社会が腐る原因は、実はこういう基本部分にあるんじゃないか
とさえ思えてきます。

まぁ、いかに健康的な生活を送るかというのは
現代社会における最大の難問かもしれないけどね。

ちなみに、私の隣にはかなり高齢の爺さんが寝てたんだけど
その爺さんに先月分の入院費の請求がきてたんですよ。

いっちゃって(書いちゃって)いいのかわからないけど、
まぁいったところで誰だかわからないだろうからいっちゃうと
「6万ン千円ですー」っていわれてたのが聞こえたんです。

「え?」って思ってしまった。1ヶ月6万円強って、安いよね。

その爺さんが何か特別ってわけでもなさそうだったし、
この社会、年寄りってかなり優遇されてるのね。

ちなみに、私は2泊3日で3万円くらいでした。
「ぉィ!」って感じですよ。

まぁ、私の場合は生保に入っていて、
入院するだけで6万円降ってくるんですけどネ!
(さらに1日ごとに5000円加算される)

なので、今回の入院で3、4万円儲けたことに!
(実際は生保に毎月1万円以上払ってるので
 元すら取れてないですが、入院しなければゼロなので…)


ああ、久々に自分の近況をダラダラと書いた。
てか、久々に書く近況がコレってのも寂しい話だなや。

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September 28, 2012

2ちゃんが叩かれる理由

というわけで、書こう。
まず、このTogetterを参照。

警察権力による2ちゃんねる思惑捜査をめぐる
小倉秀夫弁護士とかわんご氏のねこぱんち

(togetter.com)

以前にもここに書きましたが、私は2ちゃんねるウォッチャーです。

時事ニュース系の話題は少なくともマスコミ報道より中立的なので
(肯定的な意見も否定的な意見も両方同程度書き込まれる)
新聞とかテレビなんかより余程参考になる。

あと技術系やガジェットや科学哲学な趣味の世界の話は
主にいわゆるまとめブログで見てます(まとめにも賛否ありますが)。

2ちゃんは誰でも遠慮なしに無礼講で情報や意見を出せるという
インターネットの利点(であり問題点)を最大限に利用されていて、
ゴミ情報は多いけど、上手く使えば非常に有用なツールです。

この2ちゃんに関して否定的、批判的な意見の人が多いのは、
その自由さ故に人を中傷したり犯罪的な情報が書き込めたりといった
いわゆる反社会的な特徴があるからなんだろうとは思います。

でも、そんなのは2ちゃんに限りませんよね。

人が多く集まる場においては、そのうち何割かは素行が悪い。
2ちゃんの場合は利用者(母数)が非常に多いので、
その中の“悪い人”も比例して多くなるわけです。

ちなみに、その“悪い人”とされる人は
常識的に考えて普通と違う、社会規範に沿っていないというだけで
良い悪いという区別をはずせば、それも個性のうちです。
(ルールを守らないのを個性というのに語弊があることは承知)

つまり、人がいっぱいいる中の何人かがやらかすというのは
わりと統計学的な意味で見ても当然の成り行きではあると。
それをゼロにすることなんて到底ムリですから。

そこで指摘されるのが、その“悪い人”を取り締まる仕組み。

2ちゃんねるは、いかにも無法地帯のスラムのようにいわれるけど
そこにもある程度の規則と検閲は入っています。
まぁ、今流行のSNSみたいなコミュニティに比べれば
その規則なり統制は非常にゆるいというのは否定しませんが。

例えば、最初に2ちゃんウォッチャーと書いたけど
私の場合、2ちゃんは見てるだけで書き込みはしてません。

というのも、書き込めないから。

私の自宅はマンションLANなんですが、そのプロバイダは
とある大手のネットカフェでも利用されているプロバイダのようで
そのネカフェからの書き込みが2ちゃん側で制限されてるらしい。

おそらくプロバイダが2ちゃんのACLにかかってると思われ、
要は少なくともこういう制御を2ちゃんでは実際にやっていると。

それでも反モラル的な何かが書き込まれたとき、
2ちゃん管理、運営側にどこまで責任が求められるかというと
彼らのキャパシティから考えてそう多くは望めないはず。

少なくとも管理者が積極的に掲示板全体を巡回して
不正な書き込みがないかなんてチェックできない。
見つけるのも困難だし、不正かそうでないかの判断も難しいし。

なので、おそらく削除要請があった場合のみ対応する
というスタンスをとっているのだろうと。

そして、その削除要請もおそらくかなりの量に上ると予想される。
あれだけの掲示板で、しかも自由度が高いわけだから
そこに書かれることが万人にとって快いものであるはずがない。

当然その流れからして、削除要請自体にも受けるか拒否るか
という判断をしていかなければならない。

2ちゃんの中の人の給料がどれほどなのかはわからないけど
全部まともにやってたら毎日深夜残業は必定でしょう。
私なら、それこそ命に関わるようなもの以外はほぼスルーだと思う。

…とまぁ、もっともらしく書いたけど、これは私の憶測です。

いや、2ちゃんには2ちゃんの事情があるんだろうという話で、
悪い奴が湧いてくるその温床になっているんだという偏見から
相手側の事情を殆ど考えずに否定する人ってどうなんだ?
といいたいんです。要はね。

少なくとも、2ちゃんはダメで、他のコミュニティは良いのだ
といった場合、その論理的な根拠は全くないと思う。

TwitterにだってFacebookにだって似たような人はいます。

ただ、2ちゃんはもう10年以上ネット上に存在するものなので
当然そこに出入りする人も相応にいるわけですよ。

だからその中に褒められないヤツも頻繁に湧いてただろうし
その数は最近ブームになりはじめた他より格段に多いのは当然。

あと、私の個人的な意見として書かせてもらうと、
2ちゃんとか、Twitterや他のコミュニティでも同様のことですが
その管理者にはそれほど多くを求める必要なないと思います。

当然守られるべき最低限のルールは敷いておいて、
あとはユーザの良識に任せれば良い。

実際、社会のどんな場所においてもそうするしかないと思う。
そこで悪事が働かれた場合、強制力を持って手入れができるのは
警察とか国家権力とかになる。

例えば、電車ではしきりにマナーを守ってくださいと促されるけど
それでも列に割り込んだり携帯で話をしたりする人はいるわけで、
それをみて鉄道会社の運営が悪いということにはならないでしょう。

それとも、駅員や車掌がそういう人を取り締まるべきでしょうか。

実際、客同士が殴り合いレベルにまで発展しないと
駅員や車掌は登場してこないし、それはそれで妥当だと思う。

というか、取締りをきつくしたらしたで、また文句いう人が出るはず。
いずれにしろ管理、運営側というのは中立を保つのが上策で
どちらかに肩入れしてしまうと運営バランスが崩れるし、
コストもかかってビジネスとしての質も低下してくると思う。

結局、何事もバランスなんですよね。

実際、2ちゃんが今まで続いているということ自体
そうした場所が社会から求められ続けているということの証左で
そのスタイルは目くじら立てて否定されるものでもないと思う。


仮に、2ちゃんがネット上からなくなったら犯罪が減るでしょうかね?
私はそうは思えないですが。

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