July 14, 2012

校内いじめの話

いつの間にか7月。

とりあえず月1以上で何か書きたいなということで、
今取り沙汰されてる校内いじめの話でも。

といっても、そんな問題をどうすべきとか原因は何かとか
こんな「ブログを書かないとなー」みたいな動機による考察で
何か解決策とかさらりと出てくるはずもないわけで。

いや、何で“いじめ”なんてやるのかな?
という至って純粋な疑問があるって話なんですけどね。

人が何か行動する動機というのは

 ・それをやりたい(自らの欲求)
 ・それをやるべき(環境による推奨)
 ・それをやらなければならない(強制)
 ・それをやるしかない(選択の余地なし)

などの状況によるものであると。

いじめたいのか。

いじめたい、と思い至るには、その原因があるはずでしょう。
何か気に入らないものがあるのか。
それが解決すれば、いじめたいと思わなくなるのか。

いじめるべきなのか。

その人をいじめることで何かが改善するのか。
それは、いじめによって人が凹むより優先されることなのか。
その何かより、いじめないことを優先できないのか。

いじめなければならないのか。

誰かコワイ人(たち)にいじめろと命令されているのか。
いじめないと、今度は自分がいじめの対象となってしまうのか。
そのコワイ人(たち)は、本当にそんなにコワイのか。

いじめるしかないのか。

他に選択肢は何一つ残されていないのか。
いじめないと、例えば自分も死に至るほど深刻な事態なのか。
死を選ばなければならないほど深刻な人は他にいるのではないか。


よく、人の気持になって考えろなんていうけど、
人の気持になって考えることは、実はみんな本能的にできます。
それこそ3歳児でもできるらしいですから。

要は、自分と他人という区別ができるようになる頃には
他人が自分と同じような思考回路で動いているだろうということを
わりと普通に予測しながら行動するようになる。

だから、もしそれを自分がされたときのことを考えて、
それがどんなに苦しくて、辛くて、悲しいことなのかが理解できれば
それを他の人に対して向けるなんてことはできない、という理屈は
実はいじめの場合にはあてはまらないと思う。

むしろ、逆に、自分がやられたら辛いであろうことを予期して
それを意図的に他人にあてる行為が“いじめ”なんだろうと。

結局、いじめの目的は、その対象の人を攻撃して
物理的、社会的、及び精神的なダメージを加えることでしょう。

それをすることで、いじめられる方は凹むしかないわけだけど、
一方のいじめてる方は、何が報われるのか。

単に遊びとして快感を得ているだけなのか。
それとも何か害されたことがあり、その報復行為なのか。
誰かの命令だったり集団のしきたりだったりするのか。

そのへんによって、同じいじめでも解決方法が違ってくると思う。

ただね、そのへんの事情って
社会に出てからも、わりとそれに近い状態が横行してたりします。

ただ、職場とかでいじめにあったとしても、
そこは大人なので上手くかわしたり、自己の権利を主張してみたり
ときには法に訴えてみたり、最悪逃げたりといろいろできる。

でも、学校は閉鎖空間ですからね。
強制的に1クラスに集められ、学校にいる間は半拘束状態になる。

根本解決となると、人間なんてそういうエゴのある生き物なので
きれいに解消なんてのは到底できないような気がする。

それよりも、今の学校という環境から変えていった方が
いじめを減らす逃げ道であり早道かもしれないとも思いますね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 11, 2012

3.11大震災

あえて書くまいと思ってましたが、
最近ブログを全く書いてなかったこともあって、書いてみようかと。
(そんな理由かい)

てことで、1年前の今日、東日本を襲ったあの大地震について
私が思ったことのまとめ。


○その日、私は…

どこにいたかというと、職場にいました。

職場は都心の20階建てビルの15階。
まぁ、揺れました。船酔い(ビル酔い?)するくらい。

そのときはソースレビュー中でしたね。

そこで突然ガーンッて感じで揺れ出して、
窓備え付けのブラインドとかがガシャンガシャン鳴ってて
私はキャスター椅子に座ってて前後左右に流されるので、
そのままどっかへ行かないようにに机を掴んでました。

…というようなことを、今でも鮮明に思い出せます。


○直後の行動

その日は、都内の市街地はどこも騒然としてました。

道路は大渋滞で歩く方が速く移動できるような状態。
電車も夕方近くまで運転見合わせが続いて、
ぼちぼち動き出したのは夜8時くらいから…が、しかし
電車に人が乗りきれず都内の駅は軒並み人溜まりに。

思ったのは、被害がそれ以上拡がらないと分かってる場合、
しばらく今いる場所から動かないのが良いってこと。

もちろん、津波が来るかもしれないのに
海岸付近で動かないというのは論外。逃げてください。
あと、火災で火が迫ってるときに信長を演じるのも駄目。

今回のケースだと、特に大きな被害が出なかった都内とか
近郊の商業地や住宅地などにいた場合ですね。

電車が動き出しても、しばらく様子見。

あと、都内の鉄筋コンクリートビルはそれなりに頑丈で、
震度5、6程度で倒壊するようなことはありません。

78年竣工の池袋サンシャインでも特に目立った損壊なしでした。
(屋上クレーンが傾いたこと以外は…)

仮に大きく揺れたとしても、下手に外に出ない方が良さげ。
外に出ると、上から横からいろんなものが飛んでくるので、
ビル内に留まった方が余程安全です。

…というか、高層ビルの15階とかにいて
そのビルが崩れるほどデカいのがきたら、もう神に祈るしかない。


○翌日以降の行動

交通や通信網などのインフラの混乱は続いてるので、
翌日もなるべく家から動かない方が良い感じ。

幸い2011年3月12日(地震翌日)は土曜日だったので
多くの経済活動は休業だったけど、
仮に営業日だったとしても、その日は休業にすべきでしょう。

仕事をすることで平静を保つという人もいるかもしれないけど
いつも通りは無理なので、その場合は復旧作業という名目で
いつもの仕事はやめて営業準備をするとかが良い。

で、その日は何をするかというと、情報収集。

テレビ、ラジオ、ネットなど現在ある文明の利器を駆使して、
自分が関わる範囲の情報収集に努める。

電気、ガス、水道の供給が今後どうなるかとか、
自分が普段使う道路や鉄道がどういう状態になってるかとか。

中でも重要なのは、危険な場所や行為に関する情報。
近づくなといわれている場所に興味半分で近づかないこと。

あと、買い占めとかアホなことしない。

気持ちはわかるけど、あれは他の人の物資を奪う行為。
そこはいつも通り、必要なだけ購入するというのが
みんな平等に必要物資を分配することになる、ということ。


○できること

私は今回の地震で特に被害を受けなかったんですが…
いや、まぁ大分経済活動が抑え込まれた感はありますがね、
物理的被害は、これといってありませんでした。
(あえていえば、CDラックが落ちて壊れてたくらい…)

それに対して、特に東北の太平洋側の地方は
それこそ歴史的な大災害に見舞われ悲惨な状況なわけです。

でも、そんな人たちに私が何かしてあげられるかというと…

現地へ行って救援活動するにも、私にも生活があるので
今の仕事を投げ出してそこへ飛び込む度胸はない。

募金なんかも、数千円、多くて数万円程度ならできるけど
私なぞにできることといったらそんな程度です。

ならばどうするか。

結論としては、いつも通り生活するしかないってこと。

何もできないのに、下手に何かしてあげようとか思わないこと。
それって、何か被災者を憐れむ気持ちに繋がる気がする。

実際に何もしない人、何もできない人が
被災者は可哀想、大変そう、頑張って欲しい…なんていうのは
当事者にしてみれば単なる同情でしかないんですよね。

これは、逆の立場だったら…と考えたらすぐわかること。

実際に行動しない人が口だけキレイなことをいうのは
あえてトゲのある言い方をすると“偽善”に過ぎない。

この際、本心から心配しているかウワベだけかは関係ない。
どちらも当事者の目には同じように映るだろうということ。

逆にいえば、被災地に救援物資を送ったり、
直接現地へ出向いて救援活動に参加したりすることは、
仮にその動機が賞賛されたいという偽善であったとしても
被災者にとっては立派な救援活動に違いはないということ。


○備えること

大地震に備えてできることというのは
もう日頃からいわれていること、月並みなことでしなかいと思う。
それが一般的になかなかできてないだけ。

私が考える最低限の備えは次の3点。

・飲料水の備蓄
・避難場所、避難経路の確保
・情報、その入手手段の確保

ベア・グリルスにいわせれば

「食料がなくて生きていられるのは3週間まで、
水がないと3日まで、空気がないと3分 まで」

ということで、
空気は普段からアクアラング背負ってるわけにもいかないし、
食料は3週間もあればおよその流通が回復するか
そうでなければ救援物資が期待できる(はず)なので、
最低限、水の確保ですね。ここわりと生命線。

避難場所と避難経路は、
まずは家や職場の建物から外へ出るより安全な経路の把握と
外へ出てから逃げる先の避難場所とそこへの経路ですね。

で、国や自治体などが定める避難場所もあるけど、
そこは鵜呑みにせず自分の目で確認しておくことも重要。
陸前高田とか避難所が水没したみたいなケースもあったしね。
話半分で聞かないといけない行政ってのも残念な感じだけど。

そして、何気に一番重要なのは情報。
情報がないと、津波に向かって逃げるという悲劇も生まれる。
あと、インフラの被害状況や支援活動などの情報も、
被災後しばらく生活をしていく上でも必要でしょう。

ラジオというわりと旧来からの機器もあるけど、
最近なら多機能携帯端末が強力なツールになるはず。

つまり、スマートフォンやガラケーみたいなやつですね。

電話は回線が詰まってると使えないけど、
ガラケーや多機能スマホであればワンセグ機能もあったり、
3GかWi-Fiスポットがあればネットによる情報収集もできる。

その意味で、スマホとかはもう趣味のガジェットではなく、
防災ツールとして持っておく価値はあると思うんですよね。

ただ、それを活かすには、
様々な災害に強い通信網を整備しておく必要がある。
そしてこればっかりは個人では無理で、
こういうところは行政に頑張ってもらわないといかんと思う。


今日はどのテレビ局も東日本大震災の特集ばっかりですが
やっぱり元通りの復興はまだまだ道遠しって感じですね。

というか、復興作業のほとんどが民間主導というのが、
改めて行政のポンコツさが露呈してるなぁ…という感じで
ホントどうにかならないものかと。


※このエントリはあくまで個人的な意見であり感想です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 26, 2011

脱原発?

最近のニュースを見ていて思ったこと。

「脱原発」という言葉。

いろんな政治家が脱原発を宣言してみたり、
自分は脱原発派だなどとどっち寄りみたいな発言をしたり、
しまいには芸能人まで脱原発派だとか言い出す始末。

これ、多分他の誰かもいってることかもしれませんが
多分、好き好んで原発使いましょう!どんどん使うべきです!
なんて思ってる人はいないでしょ。

原子力発電というのは、電力を得る手段として
現段階で実用的な選択肢のひとつであるというだけです。

それは火力も水力も同じ。

化石燃料をジャブジャブ使って温室効果ガスを出すのも、
山や森林をを削ったり過疎村を湖の底に沈めたりするのも、
それぞれ同様に電力を得る手段です。

原発は事故ったときの放射能汚染が怖い、というのは
別に「脱原発」などいうことをわざわざいわなくても
誰しもみんなそう思ってるでしょう?

つまり、言い出したらみんな脱原発なんですよ。

将来的にこれを太陽光なり他の再生可能な
クリーンエネルギーに置換していくべきだというのは、
やはり皆同じく思っていることで、それを実行するのは
これからの政治の当然の使命であり役割です。

ただ、それら将来のエネルギーが実用化するまで
当面エネルギーをどう工面するかというところで、
火力なり水力なりと同じく原子力がある、ということ。

もし、原子力を今すぐやめるべきだ、ということで
「脱原発」といっているなら、今原発が賄っている分を
直近どうやって補うかも同時に考えなきゃいけません。

採算度外視で太陽光パネルを並べるのも良いけど、
それを国や電力会社がやる以上は、
確実に税金や電気料金に反映されてくるわけで、
それをクリーン、安全性とトレードオフできるかどうか。

そこまで見据えて「脱原発」といっているなら良いけど、
バカの一つ覚えみたいに脱原発、脱原発といえば
人気が取れると思ってるような印象があるんすよねぇ。

これからの社会、もう原発推進とはならないでしょう。

原発含め既存のエネルギーは
あくまで、次世代エネルギーが実用化するまでのつなぎ
という位置づけになりつつある。

まぁ私個人は、原子力発電自体は
かなり優秀なエネルギー源だと思ってるんですがね。
それでも、それがずっと使い続けられるものではない
ってことくらい分かってます。

なので、原発はなくすべきだ!脱原発だ!などと
わざわざマスコミの前で騒いでる人を見ると、
何を今さら、オマエにいわれんでもわかっとるわいッ!
と突っ込みたくなる今日この頃。

政治家は、口だけじゃなく
次世代エネルギーの開発が効率良くできるような枠組みを
本当にそろそろ真面目につくって欲しいもんです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 08, 2011

原発は悪か?(2)

福島原発の実態は依然不透明な部分が多いけど、
それでも徐々にいろいろな状況がみえてきてますね。

やっぱり地震そのものによる被害はそれほどなかったらしい。
そして、津波の被害もある程度予測可能だったらしい。
…にも関わらず、いろいろな対策を怠っていたようである。
かつ、津波被害後のマズイ対応が被害を拡大させていた。

いくら施設が頑丈でも、その電源がなくなれば
電力で動いている施設がダメになるのは素人でもわかります。

炉や燃料の冷却システムも電力で動いてるわけだから、
電力供給が断たれれば冷却もできなくなって
いずれそれらの破損につながっていくことも大体想像がつく。

結局そこが要だったと。

今回は津波で予備電源まで失われたので、
その現場だけで電源の復旧再生することは難しかったはず。
そこで重要なのは中央の対応になってくる。

中央というのは、本店であり、政府ですね。

当然、現場からは本店に向けて救援要請はあったはず。
そしてそれは本店から政府にも上がっていたと思われる。
しかし、それ以降の政府対応はというと……?

現状、被災地の復旧活動も、政府主導というより
民間やボランティアが中心になっていることから見ても、
原発の対応も推して知るべしといったところかもですね。

震災はもちろん天災ですが、
原発の一件はどうも人災な側面が大きい気がしてきた。

今回拙かったのは、被災前の対策が甘かったことと、
被災後の対応の極端な遅さじゃないか。

で、このために、原発自体がえらい悪者になりつつある。

もう日本ではこれ以上原発をつくれない勢いです。
というか、今ある原発も止めるべきだというデモや運動も
あちこちで発生しつつある感じ。

これは日本にとどまらないですね。

その原発事故による直接の放射線被害のみならず、
原発自体が必要以上に危険視されてしまったということも
福島の事故による社会的な被害といえるんじゃないか。

当然のことだけど、原発の運用はバカにはできません。
現場はもちろん、運用する会社やそれを管理する政府も
相応の知識と技量といざというときの行動力が必要です。

それが今の東電や政府にはなかっただけで、
原子力発電という技術自体が悪ではないと思うんですよね。

ただ、それを扱う技術もなしに運用するのは危険なので、
その意味で手を引くべきだという人もいますが。

でもそれを言い出すと、他にもある世の中のあらゆる
技術的な挑戦が頓挫せざるをえないので、
やるべきかやめるべきかは状況によりけりですけどね。

原発とは関係ないですが、最近CSの番組で
航空機事故の特集をやってたのをたまたま見てたんですが、
あるひとりの管制官が、航空機を1機滑走路に待機させて、
忙しさのあまりそれを忘れて同じ滑走路に別の航空機の
着陸許可を出してしまって大事故になったというものでした。

その調査にあたったNTSBの調査員が番組で
「悪者(この場合、誘導ミスした管制官)を特定して
それを非難することは簡単だが、重要なのはそこではなく、
同じ事故を起こさないためにそうなった原因を明らかにし、
今後どうしていくべきかを考えることだ」
というようなことをいってました。

その事故が起こったのはLAXだったんですが、
そこはかねてからパイロットや航空関係者から危険視される
超混雑の空港だったそうです。

それにも関わらずそれを解消する対策が殆どとられてなかった
ということが、事故の最大の原因だったということですね。

畑は違えど、福島原発の件も同様じゃないかな。

原因を特定して、その対策を迅速に打っていかないと、
きっとまた同じことが起こりますね。

今の政府にそれができるのか、甚だ心配ではありますが……。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 26, 2011

原発は悪か?

私は特に東電の関係者でもないし、
知り合いがそこにいるとかいうこともありませんが、
世間の東電叩きが酷いので、ちょっとフォロー。

まず、原子力が大きな危険を伴うエネルギーである
ということは、誰もが認めるところでしょう。

そんな危険なものを、なぜあえて使うのか。

簡単です。エネルギー効率がとても良いから。

現在、発電の主力である火力発電の場合
100万kW発電するのに石油143万トン必要だけど、
原子力発電の場合、同じ100万kW発電するのに
ウラン21トンほどで済むといいます。

加えて、火力発電は二酸化炭素などの温暖化ガスや
その他石油の燃焼に伴う公害ガスを大量に出すけど、
原子力では、熱循環を内部に閉じ込めている限り、
火力のような大気汚染はほとんどありません。

つまり、原発というのは、不測の事態さえなければ、
効率も良く公害も少ない理想的な発電所なんですね。

実際、日本国内の電力の約3割は原子力によるものです。

ただ、当然、原子力というのが
原子の核分裂時に発生する熱を利用するという特性上
同時に発生する放射線による危険性というのがある。

その放射線や放射性物質は閉じ込める必要があるけど、
原子炉や循環システムが損傷してしまった場合、
それらの危険物質が外部に漏れ出すことになります。

特に地震の多い日本の場合、原発をつくるリスクは
相応に高いといえる。

なので、原発というのは相当頑丈につくられます。

今回の福島第1原発の件では結構忘れられがちだけど、
あれは、原発の内部不具合で発生した事故ではなく、
いうまでもないけど、あの巨大地震の被災によるものです。

第1原発のある福島県沿岸は立入禁止になっていて
あまりマスコミの取材が入らないためか認識が薄いけど、
あの周辺も宮城や岩手沿岸と同等の被害を受けてます。

家屋は津波でほとんど流され、講堂や体育館のような
比較的大きな施設も半壊からほぼ全壊という状態。
今でもまだ津波の海水が退かず冠水してる地域もある。

そんな中、第1原発の建屋はほぼそのまま残っていたし、
施設そのものはほとんど被害を受けてなかったそうで、
実際、原子炉の運転自体はちゃんと停止できている。
その頑丈さって、実は何気に驚異的じゃないか。

(今は、その後の水素爆発で無残な姿になってるけど…)

今回のは、巨大な津波で電源系統がやられてしまって、
炉や燃料の冷却ができなくなったことが問題。

東電や保安院の会見でしきりに「想定外の」津波というけど、
あれは、もうその言葉通りなんだろうと思う。

おそらく、当初の想定以上の地震がきてしまったら、
そのときはもう腹をくくるしかないよね、ってことでしょう。
(当事者は間違ってもそこまではいえないでしょうけど)

そして今回、本当にそういう地震が起こってしまった。

そもそも論でいうなら、原発なんかつくらなければ
どんな大地震がきても、こんなことにはならない。

…当たり前ですが。

原子力を諦めて火力発電を増やす場合、
石油利権のある関係者たちは喜びそうですが、
おそらく、電気代は相当上がると思われる。

原発で今回みたいな事故が発生するということ自体は、
実はみんな容易に予測できていたと思います。

ただ、それに引換えてでも選択価値のあるものだった
というのが原子力なんだろうと思うんですよね。

車に乗れば交通事故に遭うリスクが発生するけど、
歩くより格段に早く移動することができる。
だから、人はリスクがあると知りつつ車に乗る。

それは他の交通手段も同様にいえることだし、
交通手段に限らず全てのインフラにいえることです。

ただ、そのリスクを国や企業が国民(特に地元民)に
強要している形になってるので、国やその企業も
ある程度の責任を負うべきだとは思いますけどね。

その原子力で供給されていた電気を
今までみんな当たり前に供給されるものだと思って
使っていたわけでしょう。

ということもあり、最近の東電一企業だけを叩く風潮が
どうも理不尽に思えてしまいます。


電力需給に限らず、人間がやることなすことって
自分ひとりじゃ結構何もできないということを
もう少し認識してもいいんじゃないかと思いますね。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

March 20, 2011

地震から10日

節電、してますか。
(政府広報のキャッチになりそう)


○買占め

首都圏でも、食品や日用品の品薄が続いてます。

地震の影響で供給もある程度低下してるとは思うけど、
例えばティッシュペーパーなどがスーパーや薬局など
あらゆる店頭から消えるほど極端に減るってことはない。

原因は、個々人が普段より多く買い溜めしているという
いわゆる買占めが起こっているからです。

気持ちはわかるけど、やめて欲しいですね。

それって、自分だけが、或いは家族だけが助かれば、
他はどうなっても良い、という行為だと気づいて欲しい。

店へ行けば誰でもいつでも必要なものが購入できる、
という本来の状態をなるべく維持すべきだと思うのです。

追記(3/22)
食品や日用品の品薄は配送トラックなどの燃料不足も
原因にあるようです。実際仕入れが少なかったんですね。
…となれば、なおさら買占めは控えたいところですが。


○日常のありがたさ

こうして災害に襲われた緊急事態になって、はじめて
普段の日常がいかに恵まれていたかと気づかされる。

危機感が伴わないと、人は本当に理解しないんですね。

発電所がいくつか機能不全になって電力不足になる。
こうなって初めて本気で節電する、とか。

ただ、今の節電は緊急時のもので、
生活に必要な水準を切る節約が求められてはいるけど、
普段から今の半分くらいの努力はあっても良いと思う。


○娯楽施設たち

夜20時も過ぎると、渋谷でさえほとんど暗くなってます。

私の住んでる新横浜は何故か計画停電の対象外ですが、
それでも街はすっかり鳥取のようです。(笑)

そんな中腹立つのが、パチンコ屋とラブホテル。

みんながこれだけ節制してるのに、
電飾看板を明々とつけて全く普段通り営業してるとか
どんな神経してるんですか。

で、例の節電大臣は何も規制しないそうです。

どうもパチンコ屋の営業母体は在日の団体が多いらしく、
そこが主要な政治資金源になってる民主党は立場的に
強くいえないってことらしい。

どこまで腐ってるんですか。

あと、うちの近所はラブホテルが群集してるんだけど、
何かクリスマスツリーみたいな電飾ピカピカしてるし、
無駄な照明とか噴水とか普段通りだったりする。

まぁ営業するなとまではいいませんけど、
せめてネオン電飾とか不必要なものは切ってくれないと
節電を頑張ってる商店街とか家庭は報われないです。

今の政治じゃどうにもならんのですかね…。


○略奪

どうも海外メディアでは、
日本の被災地域で略奪が起こらないというのが不思議だ
というような論調があるようだけど、不思議でも何でもない。

それをやっても何の得にもならないから。

理由はこの1点じゃないですか。

日本人の価値観が欧米人のそれと違うということもあるし、
災害時であっても治安がそれほど悪化しないということも、
「悪事を働くより、助け合った方が良い」という結論になる
裏づけになってるのかもしれませんが。

代わりに、鬱屈するものは多いようですが…。


○非難すべきか、せざるべきか

こんな時期に政権批判をするな、という声もあります。
…てか、私も当初そう思ってました。
さすがに緊急時くらいは、ある程度対応してくれるだろうと。

でも、やっぱり駄目です。

というか、ここにきても政権内、閣僚がまとまってない。
官房長官ひとりだけ報道官としての仕事を果たしていて、
他のオッサンたちは相変わらず政局で動いてる。

つい最近罷免したはずのアレを副官房に戻すとか、
どさくさ紛れに大連立しようとするとか、
さっぱり意味の解らないことをやり過ぎです。

思うに、福島の件も、東電がグダってるというよりは、
政府判断がグダってるんじゃないかという気がする。

当初、避難指示を3km圏内だったところが、
10kmになり、20kmになりとどんどん広がってるけど、
あれって、東電としては、最初から30kmくらいで
勧告してたんじゃないかな?と思うんですが。

先日の東電の会見で
「もっと早い時期に注水作業を開始していれば、
ここまでの事態にはならなかったのではないか」
とか人ごとみたいな言い方をしてたんだけど、
あれは今にして思えば、自分たちはそう勧告したが、
政治や上層部が動かなかった、という現場の訴え
とも受け取れる。

まぁ、憶測ですけどね。


○ひとごと

正直、直接被害を受けなくて良かった、と
今回の災害を免れた人たちは思ってると思います。

被災地の人は気の毒だけど、現実そうでしょう。

仮にこれが東北でなく、九州の方で起こってたとしたら、
きっと逆の立場で、東北地方の人たちは
ああ、九州に住んでなくて良かった、と思ったはず。

自然災害に襲われるかどうかなんて、
神か悪魔でもない限り完全予測するなんてできないので
ほぼ運です。

「ああ、自分でなくて良かった」と思うことは、
別に悪いことじゃないと思う。

誰しもその災難に遭う可能性が平等にあるという限り、
「良かった」と思うのは
その難を逃れた人の正当な権利だと思います。

今回は逃れたけど、それと同じかそれ以上の災難が
いつ襲ってくるかもしれない、可能性は0ではないのだから。

ただ、実際に自分が受難した際に、他人に救援を求めたい、
その権利を要求するというのであれば、
難を免れたときに、被災者を救援すべきだ、ということも
Give and Take な世の中では心得ておくべきでしょうね。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

May 08, 2010

匿名性とか幸福論とか

先日、BSジャパン(テレ東)で放送された「デキビジ」という番組で
評論家(?)の勝間和代氏と、2ちゃんねる元管理人のひろゆき氏が
(お互いケンカ腰で)対談してたのを見ました。

テーマは、ネットの匿名性と、最近の若者の幸福論について、
という感じですかね。

【ニコニコ動画】勝間VSひろゆき watch/sm10641902
※やっぱり削除された。

動画はいつ削除されてもおかしくないので、
この対談内容をテキストに起こされた神がおられましたので、
そちらにもリンクさせてもらっときます。

『デキビジ 勝間和代 VS ひろゆき を文字におこしてみる』
http://d.hatena.ne.jp/wt5/20100503


どちらも正解がない議論だとは思うんだけど、
この対談に限っていえば、贔屓目なしで、ひろゆき氏に理がありますね。

勝間さんがどんな人かはよく知らないんですが、
言葉の端々で彼女がひろゆき氏に批判的なコメントをしていて、
それって、そのまま彼女自身のことなんじゃないの?
(いわゆるブーメラン)って思えたんですよね。

「私とひろゆきさんの価値観とかポリシーの違いがあって、
 それに対して何か議論をこう二人で戦わせようとすると、
 お互いに自分のフィールドに逃げてしまって、余計、例え話が始まる」

これは勝間さんのコメントなんだけど、
自分のフィールドに逃げようとしてるのは勝間さんの方だけで、
ひろゆき氏は、率直に勝間さんの言葉に反論してるだけなんですよね。

なんか、しどろもどろな感じだし。

そして、お互い自分のブログで謝罪っぽいコメントを書いてますね。
特に勝間さんのブログは、かなりフレーム状態だったようで。

まぁ、それはそれとして。


ネットの匿名性の話なんですが、
確かに、匿名性があるが故に、自分が誰であるかということを晒さずに
ネット上では好き勝手いうことができます。

特に2ちゃんねるは、名前を記入しなくても投稿できる掲示板なので、
これがネットというものだ!ということを、なお印象づけた感じ。

逆にいうと、この匿名性がなかったら
2ちゃんねるというコミュニティは、あそこまで盛り上がらなかったはず。

名前を書かなくて良いから、好き勝手書ける。

ということは、つまり、そこに書かれていることは、
少なくともその時点における投稿者の“本音”なんですよね。

或いは、ほぼ事実であるということ。

匿名でわざわざ嘘を書いてもしょうがないわけで。

その事実のなかには、
報道されているニュースの事実関係がどうであるかということから、
いわゆる誹謗中傷といわれている他者の悪口、陰口といった
その当事者が“実はそう思っている”というような事実もある。

だから、その本当のところを知りたい閲覧者も増えるし、
それらに対する率直な感想なんかも書き込まれたりする。

それは、ある人にとっては有益だし、ある人にとっては有害でもある。

ここで、匿名性を捨てて、投稿者に実名記入を義務付けたりしたら
コミュニティとしては全く別の性質のものになりますよね。

私個人的には、
実名必須のコミュニティより、匿名性のコミュニティの方が面白い
と、思ってます。

匿名性がある方が、日本人にもあってるでしょう。

例えば、SNSの普及。日本は mixi(匿名)は流行ってるけど、
facebook(実名)は、あまり普及してない。

社会性のある礼儀正しいコミュニティになるのも良いけど、
それは実社会が既にそうなんだから(最近そうでもないけど?)
ネットはネットで、その特性を大いに活用すれば良いと思う。

大事なのは、ネットの常識を実社会での常識に持ち込まないこと、
つまり、それぞれ別モノだという区別、使い分けができるかどうか、
ということだと思いますね。


あと、幸福論?

近頃の日本人は幸福を感じていない、幸福度が低いということで、
最近の若者も、どうもあまり幸せじゃないのではないか、
という問題提起ですかね。

でも、これははっきりいって余計なお世話でしょ。

別に、自分の幸福を他人に語って欲しくないというか、
オレが楽しいと思ってるんだからいいじゃん、てことです。

日本の若者があまり起業しないのは、社会が悪いとかいう話じゃなく、
起業して何が楽しいの?って人が多いからなんじゃないかな。

アメリカ人は、起業して何か大きなことをしてやろう、と思う、
そういうところに価値をみている人が多くて、
日本人は、とりあえず無難に安全に暮らしていければ良くて、
せいぜい結婚でもして子供でもできれば十分、という人が多いと。

それは、良い悪い、幸福、不幸という話とは、また別の話で
そのお国の風土というか、国民性が違うだけという気がします。

起業して成功すれば、それで得られる幸福感は大きいでしょうけど、
失敗するリスクの方が大きいから、なるべく避けるのが日本人。

だから、あまり突出した幸福を感じることもないし、
そもそも日本人は、ベースの生活水準が比較的高めなので、
そこからちょっとレベルダウンすると、すぐ不幸だと感じる。

飢餓や貧困に喘いだりしている国でやっと得て食べるおにぎりと、
日本で安穏と暮らしてる中で当たり前に食べるおにぎりとでは、
同じおにぎりでも、そこに感じる幸福度は違うだろうと、
そんなことを、爆問学問で太田さんあたりが言ってた気が。

特に、日本は島国で、他国のことをあまり気にしなくても良いし、
自分の国の中だけで思い込む傾向が強いと思うんですよね。

ヨーロッパとかだと、西と東とでは経済状態が違うし、
国内の安定感が隣国などと比べて良い悪いとかいえるんでしょうね。
と考えると、北欧の国民の幸福度がえらく高いのは、
実は、隣接する東欧の状態との比較の話だったりしてね。

とにかく、幸福度なんてのは、本人がどう思うか次第であって、
他人が決めたり押し付けたりするもんじゃないでしょう、と。

それにしても、日本人はネガティブなんですがね。私含め。

まぁ、それも悪いことばかりじゃないと思いますが。


景気なんてのも、実は精神病みたいなもので、
モノを買おうと思うか、思わないか、どちらが多数派になるか
って話なんですよね。

しかし、精神病というのは、なかなか治らないもので。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

April 24, 2009

酔っ払い

例の一件で、草彅さんの部屋に家宅捜索が入った
とのことだけど、彼の部屋にあったテレビは
地デジ対応してない(アナログ)テレビだったらしい。

エエーッ!

イメキャラだったんちゃうんかい。


ところで、酔っ払って粗相するくらい別にいいじゃん
って思うんだけど、やっぱりいかんのですかね。

特に、あそこまで有名になって、
しかも清涼、清潔なイメージがついてしまうと、
あまり下手な行動もとれなくなるのか。

てか、そういう抑圧が酒に向かわせたんじゃないのか。

人間、限りなく自由が制限されると
何かのきっかけに気が狂れるってこともあるでしょう。

彼の場合、あの公園が自分の部屋だったんですよ。

いや、自分の部屋のようなプライベートな場所にいると
勘違いしたんだろうってことなんですが。

もちろん正気でなく、酔っ払っていたが故の錯誤で。

自分の部屋なら、素っ裸でも別にどうでもいいし、
奇声あげようが暴れようが、周りには関係ない。
(音が抜けない環境なら)

ということを人前でやっちゃうと犯罪になるんだから、
世の中難しい。


やっぱり、夢の中というか、意識が半分ないというか、
そういう状態での常識は、普段とは違うんだよね。

私、こないだ
アホみたいに延々ヒゲを剃りまくる夢を見たんですが、
正気に戻ってそれを思い出すと「どんな夢だよ!」と
自分に突っ込み入れざるを得なかった。

別に、そんな強い願望があるわけじゃない。

てか、夢って脈絡ないですからね。
事象に因果関係全くなし。唐突にその現象が立ち現れる。
そこには理由も何もない。

実際、どっちが本当なのかと思うこともあります。

こっちの意識が、本当に正しい、というか
本物の(現実の?)意識であり認識であるのか。

今のこの状態の方が夢の中で、
夢だと思ってるあちら側の方が現実なのではないのか。

ちなみに、デカルトの方法的懐疑の第3段階で
「夢と現実を区別する確かな証はない」という見解が
出てくるんだけど、それはごモットモだというしかない。

夢(だと思ってる世界)も現実(だと思ってる世界)も
どちらも自分の意思であまり自由になりませんよね。

自由になるのは自分の思考と四肢くらい。
実は、それらすらあまり自由があるとはいえない。


そもそも、常識的な思考や行動って何ですか。

思考が何に由来して、どういうメカニズムで発現して、
それが今後どう成り行くかも的確に説明できないのに、
他人の言動が愚かしいと評ずる根拠は何処にあるのかね、
と問いたくなるわけですよ。


てことで、大仰に書いたけど
別に、酔っ払うのは勝手じゃないの、ってことです。

人に迷惑かけなければ。

いや、まぁ、酔っ払えば少なからず迷惑ですが。

今回の草彅さんに関していえば、
特に人に危害を加えたというわけでもなさそうだし、
本人は反省してるみたいだし、
そんなに気にするほどの話じゃないと思うんだけど。

自分も、ああなる可能性はゼロじゃないってことで。


ただ、地デジのイメキャラなら(降ろされちゃったけど)
地デジ対応のテレビくらいは買おうよ。
そのお金がないわけじゃないでしょう。

って思ったけど、それこそ本人の勝手ですか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 22, 2009

毒カレー事件とか

どうも最近、腹がゆるいんだけど
よく考えたらミンティア食べ過ぎかも。

1日1箱は多いですか。


さて、ようやく決着がついたんですかね。

和歌山のあの事件。(和歌山毒物カレー事件

あの事件は、あのオバハンの犯行動機と
その犯行を裏付ける直接的な証拠がない
ってのがボトルネックになって、
難しい司法判断になってたんですよね。

検察側は、それをカバーする為に
全部で1700点を超える状況証拠を提出。

裁判所は、1審、2審とも死刑。

で、今回、最高裁が上告を棄却したので
死刑は確定の運びに。

これまで、状況証拠だけで死刑が決まる
という判例はなかったらしいですね。

その意味でも、新しい判断の基準が生まれた
ということで、注目される事例といえそうです。

5月から裁判員制度が始まるんだけど、
もし今回のような事件が今後もあったら、
それをシロウトが判断するのは難しいんじゃないか?
という物議を醸してるみたいですね。

本人は容疑を否認している。
犯行の直接的な証拠はない。
動機もよくわからない。

証拠がはっきり出ている事件に比べれば、
本当にやったかどうかというところから曖昧なので、
濡れ衣、冤罪の可能性も十分あるということで
判断しづらいってことなんでしょう。

ただ、それも程度があると思うのよね。

証拠も動機もないから無罪にするしかない、
という判断の方が杓子定規という考え方もある。

プロの判事はやむなく無罪にしてしまったのだけど、
シロウト目に見てどう考えても犯人はそいつだ
ってときもあると思うのです。

例えば、ある日、
ダイニングのテーブルの上に用意していたはずの
トロのおやつのケーキが、忽然と消えたとする。

その時間、そのダイニングに出入りしたのは
クロしかいなかったことが分かったと。

トロは、クロに

「クロ、トロのケーキ食べたでしょ!」

と問いただすと、
クロは口の周りに生クリームをたっぷりつけて

「オレじゃねーよ」

といった場合。

トロとしては、
どう考えても犯人はクロとしか思えないわけです。

しかし、クロは、じゃあその証拠をみせてみろ、
というわけです。

トロは、口に生クリームがついてるじゃない!
と詰め寄ると、クロは、これはそのケーキのじゃない、
と主張する。

その時間、その部屋に入ったのはクロしかいないよ、
というと、クロは、
だからってそれがオレっちがやったって証拠にはならない
というわけですね。

それらしい状況証拠は何点か指摘できるけど、
直接的な証拠は1つもない。

過去の判例に忠実な判事は、
この例のクロを無罪にするかもしれない。

これを、シロウトはどう判断するか。


私個人としては、むしろこういう事例こそ
全くのシロウト判断が入っても良いところかも?
と思ってたりします。

とはいえ、死刑を出すというのは、
どんな事件でも気持ち的に重いでしょうけどね。

ただ、証拠がはっきりしていて、動機も明らか
という場合であっても、それは同じでしょう。

ただ、状況証拠だけから極刑に至った例はない、
というだけの理由から、まずそこがはずされて
他の量刑ありきで考えられるのは、違うはず。

という意味で、今回の最高裁の判断は
シロウト判断をやりやすくした例になった
とも考えられるんじゃないかしら、と。


事実はどうなのか、実際はわからないんですけどね。
もしかすると、間違った判断をするかもしれない。

ただ、裁判という、人が人を裁くという制度がある中で
何らかの判断が下される必要があるのであれば、
その見識は広い方がよろしかろう、ということです。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

February 04, 2009

Amazon の使い方

そういえば
「月に1つはアマゾンからモノが送られてくるんだよ」
といっていた人がいました。

まぁ、あえて突っ込みませんでしたが。

Amazon といえばオンラインブックサービスのはしりで
本店(米国)は私が学生の頃からあったわけですが、
CDやDVDも扱うようになり、最近は家電まで買えますね。

そうしてサービスが拡大してくると
大抵は顧客一人ひとりへのサービスは低下してくるんだけど、
Amazon も例外ではないようで。

というのも、最近私もそのトラブルに遭遇したのですな。

以前にとあるゲームソフトを Amazon で予約注文していたのです。

1/28発売の某ゲーム。

で、27日に「商品を発送しました」とメールが入ってたので
翌日28日には届くかな、と思ってたんだけど、
29日にも30日になっても届かなかった。

いつもなら発送メールの翌日か翌々日には届いてたので、
おかしいなーと思って Amazon に問い合わせてみたのです。

すると、本人受け取りを必要としないメール便で送ってるから
ポストに投函されてないか、誰かに預けられてないか
確認してください、との返答。

うん。確かにいつもならポストにネジ込まれていたよ。

今回もそうだろうなーと思ってたんだけど、
ポストにはない。

まして誰かに預けてあるなんてこともない。
(お隣近所なんて、誰が住んでるんだか知らんです。)

ということで、やっぱしねーよ!と再度問い合わせてみる。

すると、今度は「配送中にトラブルが発生したために
商品がお手元に届いていない可能性がある」とのこと。

で、交換商品を発送すべきところが
対象の商品は既に在庫切れの為に発送できましぇーん
ということで、結局そのゲームを入手できませんでした。

当然、返金してもらうことになり、
お詫びのしるしにということでポイント300円分もらった。

誠意ってことですか。300円は微妙ですが。

まぁ、とりあえず買ってみるか的なゲームだったので
今回は「ま、いっか」って感じなんだけど、
これがすごく楽しみにしていた商品だったらと思うと、
ちょっと、てかかなり凹むでしょう。

こういうトラブルの可能性があるので、
あんまり Amazon なんか使わない方が良い
という話になるんだけど、
それでも便利だから使ってしまうわけで。

本当に欲しいものは Amazon で買うな、ともいわれるけど、
そもそも、買うからにはそれが欲しいから買うわけで、
全くどうでも良い商品なんてものはないはずですよね。

で、これは最近知ったことですが、
自分への備忘録も兼ねる意味でメモしておくのです。

そもそも、配送トラブルというのは、
商品の発送に「メール便」というものを使っている為に
起こりやすいといいます。

メール便というのは、郵便ではない
宅配業者が扱ってる簡易的な冊子小包ですね。

これは、普通の郵便物のように
受け取り確認の必要がなく、ポストに入れてオシマイ
という宅配サービスです。

家を不在にすることが多い独身な人には
むしろ都合の良いシステムだったりもするのですが、
その受け取り確認がない為に、
届けたぞ、受け取ってないぞ、というトラブルを生んでいる。

なので、要は、そのメール便を使わせなければ良い。

Amazon のヘルプをみると
「一定の大きさまたは厚さが2cm以内の商品」
はメール便になる、とあります。

一定の大きさ、というのは、
一般の週刊誌1冊程度の大きさだと思うのですが、
その大きさ以下の商品は大体メール便になる。

なので、CDやDVD程度のサイズの商品1つなら
ほぼメール便になると思って良い。

ならば、それを超えたサイズにすれば良いのです。
要は、他にもついでに何か買って一括配送にすれば、
通常の宅配便で届きます。

ついでに買うものなんてないよ、とか、
それじゃ Amazon にハメられてるみたいだ、という場合、
商品が「お急ぎ便」に対応していれば、
その「お急ぎ便」を使うと良い。

「お急ぎ便」というのは、
実は、何のことはない宅配便らしい。

メール便ではなく宅配便を使って届けるから、
配達時間が約束できるということなんですね。

なので、別に急いでなくても、
商品を確実に受け取りたいという場合は
お急ぎ便で注文すると良いらしいです。
(この場合は送料が有料になります。)

ところで、予約注文の場合には「お急ぎ便」はありません。
予約でなくともお急ぎ便のない商品もあります。

そういうときは、クレジット支払いではなく
代引きで注文するのです。

代引きというのは、荷物受け取り時に
配達にきた宅配業者に代金を支払うってやつですね。
これでも、確実に荷物を受け取ることができます。
(この場合も、商品が1500円以下の場合は有料。)

あと、コンビニで受け取るという方法もあるらしいけど、
コンビニまで取りに行くのが面倒くさい気もするので、
実は代引きが一番良いのかな、と。

ただ、代引きでは配達不可の地域もあるので、
それが可能な地域でのみ、ということになりますか。
(不可能なのは離島地域だと思いますが。)


それにしても、配送トラブルって何でしょ。

間違って他所に配達したとか?荷物を落っことしたりとか?
てか、なぜ配送トラブルがあったと Amazon がわかるんだろうか。
それは宅配業者の手落ちなんじゃないのか。

そもそも、配送方法を指定できれば良いのにね。

メール便にするか、宅配便にするか。
宅配便が使えるなら日時や時間帯指定とかもできるはずで、
それがユーザ側で指定できるといいのになー。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧