« June 2012 | Main | August 2012 »

July 14, 2012

校内いじめの話

いつの間にか7月。

とりあえず月1以上で何か書きたいなということで、
今取り沙汰されてる校内いじめの話でも。

といっても、そんな問題をどうすべきとか原因は何かとか
こんな「ブログを書かないとなー」みたいな動機による考察で
何か解決策とかさらりと出てくるはずもないわけで。

いや、何で“いじめ”なんてやるのかな?
という至って純粋な疑問があるって話なんですけどね。

人が何か行動する動機というのは

 ・それをやりたい(自らの欲求)
 ・それをやるべき(環境による推奨)
 ・それをやらなければならない(強制)
 ・それをやるしかない(選択の余地なし)

などの状況によるものであると。

いじめたいのか。

いじめたい、と思い至るには、その原因があるはずでしょう。
何か気に入らないものがあるのか。
それが解決すれば、いじめたいと思わなくなるのか。

いじめるべきなのか。

その人をいじめることで何かが改善するのか。
それは、いじめによって人が凹むより優先されることなのか。
その何かより、いじめないことを優先できないのか。

いじめなければならないのか。

誰かコワイ人(たち)にいじめろと命令されているのか。
いじめないと、今度は自分がいじめの対象となってしまうのか。
そのコワイ人(たち)は、本当にそんなにコワイのか。

いじめるしかないのか。

他に選択肢は何一つ残されていないのか。
いじめないと、例えば自分も死に至るほど深刻な事態なのか。
死を選ばなければならないほど深刻な人は他にいるのではないか。


よく、人の気持になって考えろなんていうけど、
人の気持になって考えることは、実はみんな本能的にできます。
それこそ3歳児でもできるらしいですから。

要は、自分と他人という区別ができるようになる頃には
他人が自分と同じような思考回路で動いているだろうということを
わりと普通に予測しながら行動するようになる。

だから、もしそれを自分がされたときのことを考えて、
それがどんなに苦しくて、辛くて、悲しいことなのかが理解できれば
それを他の人に対して向けるなんてことはできない、という理屈は
実はいじめの場合にはあてはまらないと思う。

むしろ、逆に、自分がやられたら辛いであろうことを予期して
それを意図的に他人にあてる行為が“いじめ”なんだろうと。

結局、いじめの目的は、その対象の人を攻撃して
物理的、社会的、及び精神的なダメージを加えることでしょう。

それをすることで、いじめられる方は凹むしかないわけだけど、
一方のいじめてる方は、何が報われるのか。

単に遊びとして快感を得ているだけなのか。
それとも何か害されたことがあり、その報復行為なのか。
誰かの命令だったり集団のしきたりだったりするのか。

そのへんによって、同じいじめでも解決方法が違ってくると思う。

ただね、そのへんの事情って
社会に出てからも、わりとそれに近い状態が横行してたりします。

ただ、職場とかでいじめにあったとしても、
そこは大人なので上手くかわしたり、自己の権利を主張してみたり
ときには法に訴えてみたり、最悪逃げたりといろいろできる。

でも、学校は閉鎖空間ですからね。
強制的に1クラスに集められ、学校にいる間は半拘束状態になる。

根本解決となると、人間なんてそういうエゴのある生き物なので
きれいに解消なんてのは到底できないような気がする。

それよりも、今の学校という環境から変えていった方が
いじめを減らす逃げ道であり早道かもしれないとも思いますね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2012 | Main | August 2012 »