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April 30, 2011

社会の掟?

掟というか、ビジネスルールというか、
最近の出来事の中である法則を発見しました。

いろいろな要因で悪いことが起こっているとき、
かつ、その被害が自分に及ぶ事態になったとき、
その被害者は、自分に直接関わりのある要因、
一番最後の加害者を恨むことになる。

人呼んで、“直接加害者恨まれの法則”。

ん…まぁ、当たり前ですか。

例えば、大地震で大津波で原発が破壊されたら、
大地震を恨むのではなく、その原発を管理していた
企業や政府が恨まれる。

…ま、地震は恨めませんもんね。自然には勝てない。

例えば、ネットワーク業者が不正アクセスを受けて、
そこで管理していた個人情報を持ち出されたら、
その不正アクセスをした人ではなくて、
ユーザからはネットワーク業者が恨まれる。

この場合、不正アクセスをしているのは人なので
当然ユーザから恨まれるべきだと思うんだけど、
この場合でも、不正を働いたクラッカーより
どちらかというとネットワーク業者の方が恨まれる。

どちらの場合も、危機管理が甘いとか杜撰とか
そういう批判は確かにあって当然ではあるんだけど、
それより悪い主犯格、そもそもの元凶の方は
何かとりあえず放置されてるような気がするのよね。

あれです。

満員電車で理不尽に押し潰されてるとき、
本当はドア口で無理やり押し込んでる客が原因なのに、
今直接自分を押し潰してる隣の人に対して
コノヤロウと思うあの心理に似たものじゃないか。

被害者も、本当に何とかしないといかんところは
そこ以外の他にあると分かってても、
直接の加害者を責めるしか行き場がないのかもね。

逆にいうと、そういうサービスなりビジネスをやるからには、
そのユーザからときに理不尽な責めを負わされるリスクも
あらかじめ想定しとかないといかんということですね。


ところで、奇特な方が東電の電力供給状況APIなるものを
公開しておられたので、それを使わせてもらって
電力メーターをつくってみました。

とりあえず、落ち着くまで右上に貼っとこうと思います。
これは例によって opensocial に対応させてあるので、
My Google とか mixi にも無駄に貼れたりします。

ガジェットのURLは以下。もし良ければどうぞ。
http://www.nadja-labs.net/app/tepco/tepco_meter.xml

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April 24, 2011

増税

仙谷氏、復興財源に所得増税を 「期間限定で」
(47news.jp)

社会主義ですね。それもひとつの考え方でしょうけど。

増税すること自体は私は否定しませんが、
今この時期の増税というのは、ただのドサクサ紛れなんじゃ?
という気がして、どうも胡散臭いんですよね。

東日本震災のような災害がなくても
財源不足というのは自体はかねてから指摘されていたことで、
そもそもそっちの財源の目処が立ってなかったわけでしょう。

で、ここぞとばかりに財源確保、増税と言い出すというのは
期間限定とか期限付きとかいわれても、
どうせそのままなし崩し的に恒久的な増税になって、
災害復興以外の財源にもあてていくことになるんでしょう。

もし民主党に政権が移ったことの意義があったとするなら、
長期政権で根付いていた様々な利権を断ち切れることだったはず。

何をやってるのかわからない政府機関とか、
独立行政法人とか各省庁の出先機関とか天下り先の企業とか、
そういう政府の腐れ縁を無くすることができる
というのが政権交代の最大の意義のひとつだったはずなのに、
民主党は一向にそういうところに手をつけようとしていない。

事業仕分けというパフォーマンスでも、
仕分けされたのは自民党との結びつきが強い事業ばかりで、
存在意義不明の多くの事業や機関は、依然そのままです。

むしろ、災害復興の財源確保のために、
そういう無駄機関の仕分けをするときが今なんじゃないか。

あと、無駄なバラ撒き政策の数々を諦めるときも、今です。
高速道路無料化は廃止になりそうな方向だけど、
子ども手当ては減額されるも制度自体は続けるみたいだし、
高校無償化も手が付いていない感じ。

こいつらを無くすなら、今がチャンス。
オザワとかその周囲とかがいくら騒いでも無視でいいです。
マニフェストとか公約違反とか、この際どうでもいいです。

もう民主党のライフはゼロなんだから、
この上支持率とか心配をするだけそれこそ無駄な努力です。
政局より政治をまわす努力をしましょう。

そういう努力をした後で、それでも財源が足りない場合に
最後の手段として増税を持ち出すべきでしょう。

増税は手っ取り早い財源確保の方法だけど、
それによって経済に与える負の効果はかなり大きいはず。

私だって、増税されたらその分消費を減らすことを考える。

現に、昨年13年目になる車を買い替えるかどうか迷った末
経済が低迷している不安から買い控えしちゃったもんね。
エコカー減税とかインセンティブがあれだけあったにも関わらず。

その上増税となれば、さらに財布の紐は堅くなりますよ。

要は、話には順番ってものがあるってことです。

何も政治努力しないでいきなり増税はあり得ないしょって話。

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April 23, 2011

生命宇宙の世界(夢想編)

生命が生まれる条件は、加熱、冷却、乾燥、湿潤の繰り返し、
或いはその組み合わせ、或いはその順番、その温度、圧力、
構成要素にも影響され、全ての条件が符合したときに誕生する。

そうではなく、全ての条件において対応する生命が生まれているが、
我々と同じ系統の生命ではない為に、それが認識されていない
だけなのかもしれない。

そして我々は、それをいわゆる“生命”とは呼ばないだろう。
宇宙も生命である。しかし、我々のいう生命ではないのだろう。

四次元時空の構造は、我々地球上の人類が生存する上での
便宜的な考え方、容れ物、もし外界があるとするなら、
それとその内側を隔て区別する為の膜であるに過ぎない。

生命には“個”があるとされる。

個は、ある障壁で外界と隔てられているために生まれる概念で、
生命とされるものが誕生した黎明期においては、
そのような壁、或いは膜は確定していなかったのではないか。
そこからどのようにして個などというものが生まれたのか。

そして、外界と隔てられた個という閉鎖空間が生まれたことで、
それがいずれ生命、生物といわれるモノに変化したのだろうが、
どのレベルからそれを生命、生物と呼ぶべきなのだろうか。

さらに、我々人類、人間は、自我の認識を持っている。
人間だけではなく動物といわれるものは、程度の大小はあれど
個を意識する自我を持っているだろう。

実は、それは動物だけではないのではないだろうか。
植物、無機物、物体、空間、環境、星、宇宙、空間、森羅万象
全てに生命、意識、そして自我があると考えるべきだろう。

むしろ、それがない方が不自然ではないだろうか。

我々人間は地球上に生きている現象のひとつとして存在する。
例えば、地球表面の一部のプレートが少しばかり跳ね上がり、
その上に生きている何某かにとっては甚大な影響を与えても
それは、地球全体にとっては全く些細なことである。
それこそ、くしゃみかしゃっくりをした程度のことだ。

我々人間がたまたまその地球の陸地のほんのわずかな空間に
発現し、存在し、生命の営みを維持しているに過ぎない。

人間が占めている空間、時間というのは、宇宙はもちろん
星、地球という尺度から眺めると、ほんの一瞬の現象である。
その空間や時間に位置関係をみようとしていること自体が、
実に不毛なことのように感じられてくることがある。

時間というのは、人間にとっての便宜的な考え方に過ぎない。
我々の意識が物事の発生順番、因果関係を認識していないと、
正しい認識が生まれず、意識そのものを保つことができない。

連続的に事象が発生し、それが順に流れていると信じないと、
我々は意識を正常に保てないのだ。

その意味で、人間が認識する、しようとしている時間とは、
意識の整合性を保つために我々の脳が勝手に作り出している
仮想的な流れであり方向であるに過ぎないのだ。

これは時間だけでなく、空間にもいえることだ。

今、三次元の広がりとして認識されているこの空間も、
自分が今どこに存在しているかを認識しなければならないので、
それを一時的、或いは暫定的に決める為にある概念である。

さらに高次の構造がこの宇宙にあるとしても、
それは人間が生命活動を維持していくのに不要であるため、
人間が認識することができないか、認識しようとしないし、
機能の合理化と淘汰によりそのような感覚も備わっていない。

我々は、自分が今どこに存在し、どういう状況にあるのか
ということを、常に認識し識別し把握している必要がある。
それが我々の生命活動の主目的であるといっても良い。

それが自我を保つということであり、それが失われることは
つまり意識の喪失となり、自我がなくなるということになる。
さらにその個と外界を区別する壁、容れ物がなくなったとき、
我々はそれを生命、生物の死と呼ぶ。

今我々が存在しているこの世界、この宇宙だけではなく、
宇宙は条件や発生の可能性のある分だけ存在している。
いや、存在しているのではなく、存在する可能性としてある。
可能性があるということが、つまり、存在と呼ぶ条件を
満たすことになる、といった方が良いのかもしれない。

いくつもの可能性が全て共存している状態というのは、
現在の量子力学の範疇でも語られている宇宙論としてあるが、
そこでいわれている可能性の波が収束して具現化するという
いわゆる観察者ありきの考え方は誤りを含んでいるのであり、
そこで選択されているのではなく、全て実現している。

例えば、時間の後方移動や前方への著しい加速は不可能だ
と現状の理論家たちはいうが、不可能なのではなく、
現在手持ちの物理法則では理論的に破綻するというだけだ。

これはブラックホール特異点における法則の破綻に関しても
同様に、人間の物理法則が現時点未熟であるだけか、
若しくは人間の思考方法では到達できない事象というだけだ。

一般的に我々がいわゆる物理法則と呼んでいるものは、
正確には、人間だけが考えている、人間だけが認識可能な、
人間のつくりだした便宜的な命名規則であるに過ぎない。

あらゆる事象、物質の動向、時空の構造などについて、
人間の思考回路で数学的な理論を組み合わて物語をつくり、
それが人間の認識する限りの中で矛盾が取り除かれれば
それを標準的に法則として使用するということになっている。

ただ、それはあくまで人間の思考においてのみ有効であり、
宇宙や全体現象においては、人間のそうした活動というのは
もはやメタ的なものではなく、現象のひとつに過ぎない。

それはちょうど、地球上に暮らしている人間、一生物という
全部に対する一部という位置づけに等しいものである。
その一部も、特別な一部ではなく、極めてありふれたものだ。

そうであるので、時間を遡れないとか未来へは行けないとか、
そうした議論も人間の脳内、あるいはそのコミュニティという
思考空間の中での現象で言葉遊びに過ぎないのである。

この文章も支離滅裂であると認識されるかもしれないが、
それも現時点の人間、或いは個の常識に基づいた感覚であり、
その中で何かの真偽がどうかということは確定できない。

もしかすると、地球ガイアのような大きな生命が存在していて、
その「彼」は我々人間の誤った言葉遊びを滑稽なものとして
失笑に付しているのかもしれない。

我々人類の意識というのは、ホーキング博士のいうように
小さな胡桃の中だけを議論をしているだけなのかもしれないし、
もしかして胡桃の外の話ができる可能性があるかもしれないが、
実際は結局たんぱく質の塊に過ぎない人間のできることなど
そう大したことはないという認識くらいは持ってしかるべきだ。


……というような話を同僚に熱弁する夢をみた。

いや、実際にはもっと違ったことを喋ってた気がするけど、
文章を書いているうちにいろいろ補正がかかってこうなった。

ええ、よくあることです。

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April 16, 2011

雑記(4月号)

暖かい……というより、暑い。夏?


○余震?

M9.0の地震ともなれば、M7とか8とかの余震も
普通に来ておかしくない状況だというのだから、
最近の小さい(小さくもないけど)揺れが続いているのも
致し方なし、という感じですかね。

しかし慣れとは怖いもので、最近は多少大きく揺れても
「あー、また揺れてるなー」みたいな感じで流しつつ
そのままそこでやってた日常作業を続けてたりします。

この分だと、東南海地震や富士山噴火とか来ても
「あー、大変だ」とかいいながら仕事してそうな……。
(さすがにないか)


○天災?人災?

この地震の被害はほとんど人災によるものだ!
などという主張が一部であったりするようです。

主に原発事故のことを指してるんでしょうけどね。

安全対策が万全でなかった。
危険性を認識していたにも関わらず対策を怠っていた。
想定外のことが起こったときの対応が不十分だ。
大地震、大津波が襲ってくることも想定すべきだった。

…まぁ、いいたいことはわかりますが。

その主張、そのまま自分自身に向けてみてください。
あなた自身は万一のときの為の備えは万全ですか?

政府や企業は多くの人の命を預かる立場なんだから
個人とは別なんだという意見も、モチロンその通り。
それは正論ではあるんですが、理想論でもある。

逆に、個人は社会の力を借りないと生きられないんだから、
まずその恩恵を認識した上で責任の所在を問うべきかと。

穿った見方ですが、人災だと強く主張してる人たちって
責任転嫁や責任逃れをしてるようにも見えるんですよね。


○逃げるべきか?留まるべきか?

最近思うのは、地震でも下手に建物の外に出ないで
そのまま中にいた方が安全なんだな、ということ。

昔、学校の避難訓練などでは、まず揺れがおさまるまで
机の下などに隠れて、揺れがおさまった隙に建物外に出て
一目散に校庭の真ん中へ走ってた記憶があるけど、

最近の建物は耐震性がしっかりしてるから、
外の混乱に晒されるより、むしろ中にいた方が安全とか。
しかも、高層ビルの場合、より高層階にいる方が
津波が来た際にも難を免れやすいですよね。

まぁ一概にはいえないんでしょうけど、
毎日これだけ揺れても、高層の建物が倒壊したという話は
全く聞きません。

逆に、倒れたら倒れたで、また誰それが悪い悪くない
という騒ぎになるでしょうけどね。


○ユニセフ?

この地震で様々なところで募金活動が盛んなようです。
いろんなところでの募金は、およそ日本赤十字に渡って
それが義援金として使われるというルートになるらしい。

私も何だかんだで累積1万円以上は募金してる気が。
(最初はともかく、最近は周囲に徴収されることも多い)

ところで、今回の募金とは全く関係ないんだけど、
募金先をいろいろと調べている中で「ユニセフ」という団体
に関する気になる情報がいろいろ出てきました。

ユニセフ(UNICEF)というのは国連の補助機関のひとつで、
主に途上国の子供への物資供給や教育支援などを行う機関
なんですが、日本におけるそれはまた別物になるらしく。

気になる方は「ユニセフ」または「ユ偽フ 」でググってみると、
いろいろ面白い情報が出てきますよ?
(サジェストされるキーワードで既に予想できますが…)


あと、こんな非常時にも(非常時だからこそか)悪いやつはいて、
寄付金や義援金を語る詐欺も横行し始めてるようですね。

私が一番嫌いな人間は“正義の味方を語るヤツ”でして、
それが確信犯か阿呆無知によるものとかは関係なく
とにかく「自分はイイモンだ。ワルモンではない」ということを
自分でいってる人が嫌いなのです。

その意味で、募金詐欺というのは最悪なのでして。

私が今の政権についてる人たちの多くが嫌いな理由も
実はその為だったりします。

くれぐれもダマされちゃいけません。

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April 14, 2011

レベル7

あの地震から1ヶ月経ちました。

[FT]福島原発、レベル7は適切か
(nikkei.com)

福島はチェルノブイリ級である、と、政府がいってます……。

いやいや、もうちょっと考えようよ?

チェルノブイリは史上最悪の原発事故で、象徴的なものです。
それと福島が同等といってしまうことが何を意味するのか。

実は、3月15日時点で既に数万TBq/hを記録していたらしく、
これがINESでいう「レベル7」に相当するということらしい。

まず、3月15日に既にその事実を把握していながら
今さら発表というのは多くの批判がありそうな部分だけど、
それはまだ、地震直後の混乱を避ける意味での政治判断か
と評価しても良いかもしれません。(百歩譲って)

でも、今回の発表はどうなんですか…。

そもそもINESの基準というのもかなり曖昧で、
「レベル7」というのは、数万TBq以上の放射能漏れがあり
施設が修復できない程度に損壊していれば「レベル7」です。
(参考 : 国際原子力事象評価尺度 [ja.wikipedia.org])

チェルノブイリ原発は、確かにその状態だったでしょう。
そして福島も、なるほど、確かにその状態ですね。

でも、その両者が同レベルかというと……甚だ疑問です。

チェルノブイリ原発の事故は、準備不足と無謀な運転による
実験中の原子炉の溶融、爆発事故で、その発生過程から
その後の経過、管理体制までかなり深刻なものです。
(参考 : チェルノブイリ原子力発電所事故 [ja.wikipedia.org])

それに対して、今回の福島第一原発の事故は
大地震に伴う大津波によって原発施設の電源が全て喪失し、
それによって原子炉や燃料が冷却できなくなったために
施設が損傷し、放射能が放出されているという事故です。

この後、自体が収束するか、さらに悪化するかは
今後の政府や関係各所の対応次第という状況のはずなのに
現時点で「レベル7」を宣言してしまうというのは、
もうお手上げ、対応を諦めたとも受け取られかねない。

周辺住民はおろか、日本国民にも、近隣の国や
ひいては世界中に大きな不安を与えることは必至ですよ。

少なくとも、当事国は事態をさらに深刻化させない為に
あらゆる手を尽くしているといい続けるべき場面で、
そこで他国で厳しい評価はされることはあると思うけど、
今回はフランスやIAEAに判断尚早だといわれる始末。

(まぁ、フランスは原発推進国家だからそういうか…)

IAEAなどは「暫定基準」という表現をよく使ってるけど、
要は、明確な根拠のある基準というのは決まってなくて、
とりあえずこんくらい?という尺度というのが実際のところ。

それを今回の事故評価に使うこと自体は良いんですが、
今政府がわざわざ発表することで、何か良いことあるの?
ってのが正直なところです。

結局、官僚が作った原稿をスルーしてるだけなんじゃ?
としか思えないですよ。

あと、起訴中の小沢被告が
「チェルノブイリ原発事故並みなのはもともと分っていた」
などとのたまったそうですが、仮にそうだったとしても
少なくとも政府与党にいる人間の発言ではないですね。


ちなみに、相変わらず東電叩きの声や報道が多いんだけど、
東電を叩き潰しても何も良いことないと思うんだけどなぁ…。

経営や役員が腐ってるのは責められても良いと思うけど、
この事態の中で原発対応や電力確保の対応にあたってるのも
やっぱり東電とその関係者なのであって、
そこは静かに見守るか、応援すべきところだと思うんですが。

少なくとも、何もしてない(ように見える)政府とか、
この状況の中で意味不明の言動を繰り返す首相などよりは、
実作業してる会社の方が百万倍マシだと思いますね。

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April 10, 2011

2011 都知事選

東京・石原氏、北海道・高橋氏 現職知事相次ぎ当選
(nikkei.com)

ぶっちゃけ、自分の住んでるところの選挙より
個人的には都知事選の方が興味あったんですが。

結果は石原氏ですが、ちょっと感想を。

まず、当確の石原氏は、
年寄りを中心に保守的な都民の圧倒的支持があるので、
何となくこうなるだろうと思ってました。

口は悪いしズケズケ思ったことをいうし、
その考え方は典型的な昭和の年寄りって感じなんですが、
都民は一番無難な選択だと思ったんでしょう。


次点につけた東国原氏は、
私にいわせれば、彼は知名度だけだと思います。

宮崎県知事のときは、地元の観光や産業の宣伝では
その広報役として頑張ってた印象はあるけど、
東京でそんなことをする必要はないですからね。

今もまだ尾を引いている口蹄疫の問題の対応でも、
知事判断が遅れてたことは否定できないと思う。

何より、彼には政治家としてのポリシーがない気がします。
要は、何をやりたいのかよくわからない。

知事では限界があるとか何とかで国政に出るようなことも
前にいってなかったっけ?


3番目につけたのはワタミ会長。
彼も知名度だけでしょう。

一応、チェーン店を成功させた経営者ではあるので
ただニコニコしてるバカではないとは思いますが、
飲食店の経営と都政とは全く別物のはずなので、
そこの勘違いをしてないかどうかですね。

もしかして彼が当選してたら
全国の和民の飲み代がタダになったかもしれませんが、
残念でした。


4番目は小池なんとか。
共産党のとりあえず候補者ってやつですね。

とりあえず共産党支持者だけしか入れてないと思われ、
特筆すべき点なし。


そして、ドクター中松は今回もいました。
彼は選挙とあればほぼ皆勤賞で出てますが、全戦全敗。

年齢的にこれが最後かとも思いますが、
知事ではなく、都議とか県議くらいで立候補すれば
もしかすると当選するかもしれないのにね。


次回は、さすがに石原さんはきついでしょうね。
代わりに自民党の国会議員の誰かが出馬してくるか。

神奈川県知事をやめた松沢氏は機会を逃しましたね。
多分次回はないかな。
彼はもう後がないから、国政に出て行く気がする。

東国原氏はノンポリだから国政に挑戦しそうですね。
ワタミは…どうするんだろう?


ちなみに、もし私が都民だったら、誰に入れたかな…。
入れ先がない、というのが正直なところではあるけど。

マック赤坂?

完全に人材不足ですね…。

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April 09, 2011

ノーテンキな日本人?

仏TV「日本人はバラエティー番組見て笑い転げてる場合か?」
(news-postseven.com)

私はバラエティ番組とか見ないんですが、
まぁ震災前と変わらず、普通に都内で仕事してます。

福島の件は、海外では大分深刻に報じられている感じで
実際深刻ではあるんですが、だからどうしろと。

別に政府や東京電の発表をまんま信じてるわけでもないし、
私を含め、日本人があれを全く不安に感じてないわけがない。

大丈夫だ。問題ない。とかいわれて、
本当に問題ないと思ってる人ってそんなにいないでしょう。
(特に、あの政府のいうことだし…)

実際にあれの対応にあたってるのは政府や東電だし、
原子炉とか燃料とか状況を詳細に教えてもらったところで
一般人がどうにかできる問題でもありません。

爆発したらしたで、そのときはもうどうしようもないです。

である以上、市民はいつも通りに生活するしかない。

海外メディアは、日本人はどうあるべきだと思ってるのかな?
或いは、日本人にどうして欲しいのかな?

政府や東電の対応をもっと非難すべきだといってるのか。
それでデモ行進とか暴動とかでも起こして欲しいのか。
わー大変だーッ!て感じで慌て逃げ惑って欲しいのか。
日本にいたら危険だから海外へ逃げるべきだといいたいのか。

それで日本経済がストップしたら、誰が嬉しいんでしょう。

福島が危険な状態だということくらい百も千も承知ですよ。

だからといってやたらあの問題を煽って不安になっても、
何もいいことないでしょう。

多分、海外で日本を煽ってる人の本音は、
日本人がどうなろうが実際はそんなことはどうでもよくて、
その問題が自分のところに飛び火してくるのを恐れてる
ってところでしょうね。

物理的に放射性物質が自国に飛んでくるとも限らないし、
当事者にもっと、原発は危険だ!廃止だ!とか騒いでもらわないと
自分の国の原発も危険だと認識されないじゃないか、
とか、そんなところか。


フランス人が怒っても、別に我々は普通に生活するだけです。

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April 03, 2011

被曝(ばく)量

政府や保安員の発表で最近よく聞くキーワード。

ただちに健康に影響するものではない」

この流行語大賞にもなりそうな「ただちに」とは、
今すぐには、という意味であり、ってことはつまり
長期的にみれば健康を害するかもしれないよ?
ということを暗にいってるってこと。

じゃあ長期的にみた場合、どの程度が許容範囲よ?
という疑問は当然出てくるわけですな。

それを判断するには比較対象が必要。

その比較対象というのは原発事故がなかったとしたときの
つまり平時の放射線量(被曝量)と比べればよろしい。

ちなみに、原発が壊れたりしなくても
自然界には常にある程度の放射線が存在していて、
これを環境放射線といいます。

環境放射線の世界平均は年間2.4mSv(ミリシーベルト)
程度だそうですが、これは地域によって異なる。

日本は平時で1.48mSv程度ということなので、
世界的にみると放射線量の低い地域ということになります。
(参考 : 放射能と放射線 [fepc.or.jp] [pdf])

ちなみに、この環境放射線というのは、
大気圏外や地表からの放射線による外部被曝と、
呼吸や食事などで摂取するものから受ける内部被曝がある。

この両者を合わせた数値が今はどのくらいなのか?
ということを知れば、ある程度の認識はできるかなと。

例えば、私の住んでいる横浜はどうなのかしらん。

横浜市のホームページで放射線量が公開されてるので、
震災前のおよその平均値と震災後のおよその平均値で計算して、
とりあえず外部被曝の方を計算してみます。

地震前(3/11以前)は、大体 22 nGy/h で推移していて、
地震後は、直後に 150 という高い数値を記録してたりするけど、
その後はおよそ 50 nGy/h くらいで推移しているようです。
(参考 : 横浜市環境創造局 放射線量の測定状況 [city.yokohama.lg.jp])

これだけみると倍以上になってるので不安になります。

では、内部被曝の方はどうか。

とりあえず強い放射能をかぶった食品は食べてないとして、
水道水に放射性物質がどれだけ含まれていたかをみると、
一時的に市内の浄水場の何点かでヨウ素131が
55~56Bq/kg程度検出されたことがあるようです。
(参考 : 横浜市水道局 放射性物質検出結果 [city.yokohama.lg.jp])

これも常時ではない(今は不検出)けど、
一応高めに見積もるということでヨウ素131 56Bq/kg の水を
経口摂取するとします。

上記数値で被曝量計算できる計算機をつくってみました。

 被曝量計算機

1時間あたり 50 nGy、 ヨウ素131含有56Bq/kg の水を
1日 2.6kg で 145.6 Bq 摂取するとして計算すると、
年間で1.607mSv程度の被曝、という結果になりました。

ちなみに平時は、外部 22 nGy/h 、内部 0 として
(内部被曝は 0 にすると世界平均の0.8mSv/年で計算になる)
同様に計算すると 0.993 mSv程度。

なるほど、平時に比べれば大分大きいようです。

ただ、世界平均の年間 2.4mSv という値に比べれば、
とりあえずはまだそれを下回る結果になる。

これをどう判断するか。

人それぞれとは思いますが、
個人的には“問題なし”の範疇かな、と。

例えば、中国の環境放射線は平均で年間3mSv程度だし
ブラジルに至っては年間5mSvを超えてるらしい。
上記はそのへんの国で暮らすよりも低い数値です。

実際、深刻なのは、まさに福島原発直近の地域であり
その復旧作業にあたっている作業員たちですよね。
彼らは本当に大変だと思います。

でも、そこから何十kmも離れてるところに暮らす我々が
自分の被曝量を必要以上に気にするというのは、
何かちょっと考え過ぎという気もしなくもない…。

そもそも、この放射線の増量って
本当に全部、あの福島原発由来のものなんですかね?
そういう検証もあまりされてないような。

ちなみに、実家(鳥取)の親が心配して
「放射線大丈夫か」という電話がかかってくるんだけど、
今調べてみて衝撃の事実が判明。

↓今私が住んでる横浜の放射線量(再)
横浜市環境創造局 放射線量の測定状況 [city.yokohama.lg.jp]

4月3日 9:00 時点 … 43 nGy/h

↓実家の鳥取の放射線量
県内の環境放射線測定結果 [pref.tottori.lg.jp]

4月3日 9:00 時点 … 63 nGy/h

( ゚д゚) ・・・

(つд⊂)ゴシゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚) …!?

鳥取の方が高いじゃねーかyp!


そういえば、鳥取の人形峠はウランが取れるんだっけ…。
関係ないか。


※上記計算機は、あくまで大人の被曝線量換算になってます。
 子供の場合はもう少し多めに見積もる必要があるので念のため。

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