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April 30, 2009

IT情報強制開示制度

豚インフルエンザがヤバイ。

しかし、この俗称は良くないね。緊張感がない。
発生源が豚だから豚何トカなんでしょうけど。


ところで、中国がまた暴挙に出ようとしているようです。

 中国、IT情報強制開示制度の導入発表
 (yomiuri.co.jp)

記事を少しだけ引用すると、以下。

新制度は中国独自の製品安全基準である「情報安全製品の強制認証制度」にIT製品を加えるかたちで導入し、IT製品を制御するソフトウエアの設計図「ソースコード」など、技術情報の開示をメーカーに強制する。今年秋までに申請書類を中国側に提出し、最長で約7か月にわたる製品検査を通過して認証を受けていない製品は、10年5月から中国の政府調達向けの輸出や現地生産が禁止される。

要するに、中国政府が買うIT製品の設計図をよこせ、と。
さもなくばその製品を買ってやらないぞ、と。
そういっているわけですな。

もうね、アホかと。アボガド。

発表では、その製品を13品目としているようだけど、
解釈によっては、全てのIT製品、ソフトウェアが該当する。
あと、中国政府が調達する製品に限るとのことだけど、
それもどうとでも解釈を広げられる気がする。

要は、中国がそれを買う予定だ、といってしまえば、
それをつくってる企業側にそれを売る気がない限り
中国への情報開示の義務が生じることになる。

まぁ、売らなければ良い話ではあるんですが。

それにしても、この不況で
少しでも多く製品を納入したい海外企業にしてみれば、
中国とその市場というのは無視できないのよね。

先進国が軒並み低成長、或いはマイナス成長である中、
今伸びが期待できるのは中国市場くらい。

この時期のこういう制度発表は、足元みてるというしか。

そもそも、他国の技術のコピー製品大国である中国で
そんなことを公式な制度にしてしまうなんてのは、
燃料投下以外の何ものでもありますまい。

今は非公式にそういうことがやられているんだけど、
中国はそれを規制するどころか、助長しようとしている。
今度は国ぐるみでやるぜ、っていってるようなもの。

だって、政府がその技術情報を知らなきゃならない
その理由がわからないもんね。

製品検査なんて、一定水準のブラックボックス試験を
パスしてれば、使用者側としては不足ないはず。

内部の構造や技術ベースも知りたいなんてのは、
どう考えても、自分のところでそれを流用したいんだろう
としか思えませんよね。

やっぱり、中国は自己中国ですよ。

彼らは自力で今の成長があるんだといいたげですが、
実際のところは先進国の後追いをしているだけで、
生活水準が一世代遅れている中国の消費者は
次の世代(つまり今の欧米レベル)を求めているので
結果的に内需が高いというだけなんですよね。

そしてその国内人口は半端なく多いと。

それを良いことに、国外技術をさらに取り込んで
国外依存の高い技術を安い国内供給に切り替えて、
内需拡大の際のコストを削りたい考えなのか。

これに対抗するには、中国政府にはモノを売らないか、
開示しても問題ない(古い)技術を使った製品を売るか、
そんなあたりを模索するしかないよね。

企業側はどう判断するか。


これ、主に日米欧の企業が対象だと思うんだけど、
中でも日本企業が狙い撃ちされる予感がする。

何せ、根が反日国家。

右手で握手しながら左手で殴り合ってる国同士で、
特に中国は、小国日本ごときが自国より優れている
なんてことは絶対に認めたくない国ですからね。

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April 24, 2009

酔っ払い

例の一件で、草彅さんの部屋に家宅捜索が入った
とのことだけど、彼の部屋にあったテレビは
地デジ対応してない(アナログ)テレビだったらしい。

エエーッ!

イメキャラだったんちゃうんかい。


ところで、酔っ払って粗相するくらい別にいいじゃん
って思うんだけど、やっぱりいかんのですかね。

特に、あそこまで有名になって、
しかも清涼、清潔なイメージがついてしまうと、
あまり下手な行動もとれなくなるのか。

てか、そういう抑圧が酒に向かわせたんじゃないのか。

人間、限りなく自由が制限されると
何かのきっかけに気が狂れるってこともあるでしょう。

彼の場合、あの公園が自分の部屋だったんですよ。

いや、自分の部屋のようなプライベートな場所にいると
勘違いしたんだろうってことなんですが。

もちろん正気でなく、酔っ払っていたが故の錯誤で。

自分の部屋なら、素っ裸でも別にどうでもいいし、
奇声あげようが暴れようが、周りには関係ない。
(音が抜けない環境なら)

ということを人前でやっちゃうと犯罪になるんだから、
世の中難しい。


やっぱり、夢の中というか、意識が半分ないというか、
そういう状態での常識は、普段とは違うんだよね。

私、こないだ
アホみたいに延々ヒゲを剃りまくる夢を見たんですが、
正気に戻ってそれを思い出すと「どんな夢だよ!」と
自分に突っ込み入れざるを得なかった。

別に、そんな強い願望があるわけじゃない。

てか、夢って脈絡ないですからね。
事象に因果関係全くなし。唐突にその現象が立ち現れる。
そこには理由も何もない。

実際、どっちが本当なのかと思うこともあります。

こっちの意識が、本当に正しい、というか
本物の(現実の?)意識であり認識であるのか。

今のこの状態の方が夢の中で、
夢だと思ってるあちら側の方が現実なのではないのか。

ちなみに、デカルトの方法的懐疑の第3段階で
「夢と現実を区別する確かな証はない」という見解が
出てくるんだけど、それはごモットモだというしかない。

夢(だと思ってる世界)も現実(だと思ってる世界)も
どちらも自分の意思であまり自由になりませんよね。

自由になるのは自分の思考と四肢くらい。
実は、それらすらあまり自由があるとはいえない。


そもそも、常識的な思考や行動って何ですか。

思考が何に由来して、どういうメカニズムで発現して、
それが今後どう成り行くかも的確に説明できないのに、
他人の言動が愚かしいと評ずる根拠は何処にあるのかね、
と問いたくなるわけですよ。


てことで、大仰に書いたけど
別に、酔っ払うのは勝手じゃないの、ってことです。

人に迷惑かけなければ。

いや、まぁ、酔っ払えば少なからず迷惑ですが。

今回の草彅さんに関していえば、
特に人に危害を加えたというわけでもなさそうだし、
本人は反省してるみたいだし、
そんなに気にするほどの話じゃないと思うんだけど。

自分も、ああなる可能性はゼロじゃないってことで。


ただ、地デジのイメキャラなら(降ろされちゃったけど)
地デジ対応のテレビくらいは買おうよ。
そのお金がないわけじゃないでしょう。

って思ったけど、それこそ本人の勝手ですか。

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April 22, 2009

毒カレー事件とか

どうも最近、腹がゆるいんだけど
よく考えたらミンティア食べ過ぎかも。

1日1箱は多いですか。


さて、ようやく決着がついたんですかね。

和歌山のあの事件。(和歌山毒物カレー事件

あの事件は、あのオバハンの犯行動機と
その犯行を裏付ける直接的な証拠がない
ってのがボトルネックになって、
難しい司法判断になってたんですよね。

検察側は、それをカバーする為に
全部で1700点を超える状況証拠を提出。

裁判所は、1審、2審とも死刑。

で、今回、最高裁が上告を棄却したので
死刑は確定の運びに。

これまで、状況証拠だけで死刑が決まる
という判例はなかったらしいですね。

その意味でも、新しい判断の基準が生まれた
ということで、注目される事例といえそうです。

5月から裁判員制度が始まるんだけど、
もし今回のような事件が今後もあったら、
それをシロウトが判断するのは難しいんじゃないか?
という物議を醸してるみたいですね。

本人は容疑を否認している。
犯行の直接的な証拠はない。
動機もよくわからない。

証拠がはっきり出ている事件に比べれば、
本当にやったかどうかというところから曖昧なので、
濡れ衣、冤罪の可能性も十分あるということで
判断しづらいってことなんでしょう。

ただ、それも程度があると思うのよね。

証拠も動機もないから無罪にするしかない、
という判断の方が杓子定規という考え方もある。

プロの判事はやむなく無罪にしてしまったのだけど、
シロウト目に見てどう考えても犯人はそいつだ
ってときもあると思うのです。

例えば、ある日、
ダイニングのテーブルの上に用意していたはずの
トロのおやつのケーキが、忽然と消えたとする。

その時間、そのダイニングに出入りしたのは
クロしかいなかったことが分かったと。

トロは、クロに

「クロ、トロのケーキ食べたでしょ!」

と問いただすと、
クロは口の周りに生クリームをたっぷりつけて

「オレじゃねーよ」

といった場合。

トロとしては、
どう考えても犯人はクロとしか思えないわけです。

しかし、クロは、じゃあその証拠をみせてみろ、
というわけです。

トロは、口に生クリームがついてるじゃない!
と詰め寄ると、クロは、これはそのケーキのじゃない、
と主張する。

その時間、その部屋に入ったのはクロしかいないよ、
というと、クロは、
だからってそれがオレっちがやったって証拠にはならない
というわけですね。

それらしい状況証拠は何点か指摘できるけど、
直接的な証拠は1つもない。

過去の判例に忠実な判事は、
この例のクロを無罪にするかもしれない。

これを、シロウトはどう判断するか。


私個人としては、むしろこういう事例こそ
全くのシロウト判断が入っても良いところかも?
と思ってたりします。

とはいえ、死刑を出すというのは、
どんな事件でも気持ち的に重いでしょうけどね。

ただ、証拠がはっきりしていて、動機も明らか
という場合であっても、それは同じでしょう。

ただ、状況証拠だけから極刑に至った例はない、
というだけの理由から、まずそこがはずされて
他の量刑ありきで考えられるのは、違うはず。

という意味で、今回の最高裁の判断は
シロウト判断をやりやすくした例になった
とも考えられるんじゃないかしら、と。


事実はどうなのか、実際はわからないんですけどね。
もしかすると、間違った判断をするかもしれない。

ただ、裁判という、人が人を裁くという制度がある中で
何らかの判断が下される必要があるのであれば、
その見識は広い方がよろしかろう、ということです。

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April 20, 2009

漢検?

もう4月半分終わってるよ。

てことは、もう1年の3分の1終わるって事?

はやいよ?

バカじゃないの?

毎度いってる気がするけど、
やっぱりいっとく。


さて、時事ネタで気になったこと。

漢検。

漢字検定?

恥ずかしながら、そんな検定があることを
今流れてるニュースで初めて知ったんですが。

DSソフトにそういうのがあるってことは知ってたけど、
本当にそういう検定があるとは思ってなかった。
(そういうゲームタイトル、商品名だと思ってました。)

その理事長だか会長だかいう人が
その団体(協会)を食い物にしていたということで、
それはけしからんということになってるみたいですが。

つまり、それで儲かるほど漢字ってのはブーム
ってことなんですよね。

素朴に「なんで?」と思ったのは私だけですか。

ムズカシイ漢字が読み書きできることは、
確かに教養の高さを示すという意味で
ひとつのステータスにはなると思うんだけど、
正直、それがどうした?と思ってしまう。

あ、ごめんなさい。

いけませんね。つい攻撃的に書いてしまう。

役に立つ、立たない、という見方をしたとき、
難しい漢字を知ってるってことは
必ずしも役に立つってことにはならないと思う。

特に今の時代は。

漢字は、小中高で使う程度のものが読み書きできれば
生活していく上では十分じゃないですか。

それ以上の必要性を感じないし、
どちらかというと趣味の色合いが強い気がする。

ちょっと、その1級の試験に出題されるという問題を
見てみたんですが、ぶっちゃけひとつも読めません。

読めないんだから、書けない。

これが読み書きできて良いことがあるとすれば、
かなり昔の書物とか、難しい書物、司法書とか?
なんかを紐解くとき、くらいじゃないのかなと。

そんな機会、少なくとも私には全くないですから。
(必要なら、そのとき辞書を引けば良い)

というところからしても、
それってやっぱり趣味の教養だと思うしかない。

同じ検定でも、使えねーと酷評されている英検の方が
まだ実用的じゃないかとさえ思えます。

英語は、紛いなりにも知ってれば便利ですからね。

この漢字ブーム?ってのは
一体どこからきたんですかね。

やっぱり、おバカタレントを起用して笑いをとる
教養バラエティ系の番組の影響でしょうか。

確かに、あれを笑うには、
視聴者は正解を分かってないと笑えませんからね。

といっても、漢検1級ほどの漢字は
おそらく多くの人は読めないと思うんだけど。


どうも、そういう流れができてしまうと、
どっとみんながその流れに乗ってしまうというか、
よく考えもせずに、とにかく大きな流れは正だとして
それに身を任せてしまう傾向があるってことね。

大衆ってのは、そういうものかもしれないけど。

逆にいえば、その流れをつくった者勝ちってことか。

どういう流れが社会に蔓延しやすいのか、
まぁ、そのへんが上手いこと読めるなら
マーケティングの神になれるって話ですわね。

最近はそれが漢字だったってことか。

しかし、どう考えても、漢字がブームになれる要素が
全然見出せないなぁ。


やっぱし、社会を読むのは難しいです。

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April 13, 2009

ブログ記事自動生成

頭を使うと、激しい運動をする程度か
それ以上に腹が減るのね。

ということで、ダイエットしたい諸君、考えるんだ!

いや、腹が減ったら食べちゃうんだって。


世の中にはいろんなニュースが流れてますが
ニュースそれ自体よりも、世の中の一般の人たちは
それについてどう考えてるんだろうなーてなことに
最近ちょっと興味があったりします。

そういう意見を垣間見られるのが、
Web上の日記とかブログのようなものだと思ってたんだけど、
ブログは何か妙な方向に進みつつありますね。

最近の検索エンジンには
ブログに特化した検索機能なんてのもついてるんですが、
あるニュースのキーワードについてその検索をかけて
その上位ヒットした記事をみると、


 あれ、どこにその記事があるの?


みたいなブログばっかりなんですよね。

ページの先頭からデカデカと広告記事が踊っていたり、
サイドにはアフィリエイトバナーがベタベタ貼られていて、
ようやく下の方に記事本文をみつけたと思ったら、
そのほとんどがニュース記事の引用で、
オリジナルと思しき文章はたった2、3行程度という有様。

いや、短いこと自体は別にいいんだけど
実際は特に当たり障りのない言葉が並んでるだけで、
この人は一体何を言いたいのだろう、というような内容。

…そんなことを思ってたら
なんと、最近はブログ記事を自動で生成するツール
なんてものがあるらしいですね。

その文面のパターンとしては、
まず、その主の近況のような文章が
何の脈絡もなくつらつらと1、2行。
(↑この部分はないこともある)

そして、該当のニュース記事を5、6行程度引用。
この引用が一番長い(本文よりも長い)。

その後、引用文の中にあるキーワードについて
「○○なんだって、ふーん」とか「すごいですね」とか、
「××らしいんだけど、どうかと思いますね」とか、
ニュースの感想らしき文章が1、2行。

その後、ご丁寧に
「これについてこれ以上書いてもきりがないので」とか
「おっと、もう時間がないので、今日はここらへんで」
なんて言葉で締められていると。

多分、RSSかなんかでニュースを定期的に拾ってきて、
その記事を引用しつつ、キーワードのいくつかを
本文に散りばめて、何となくそれっぽい日本語にする
みたいなものでしょう。

これで毎日、てか毎時自動的に更新がかかって、
更新頻度が上がるって仕組みなんでしょうね。

何ていうか、人の手がかかってると期待してる記事が
実は機械的につくられた記事ばかりだってことがね、
ガッカリというか、萎えるというか、寂しいというか。

人の意見の主張手段だったはずのものが、
いつの間にか主要な広告手段になってる、
つまり、金稼ぎの道具になってるんですよね。

それだけ大きな市場になりつつあるってことなのか。

まぁ、Yahoo!やGoogleといったあたりのWeb系の会社は
それで会社経営してるくらいなんだから、
大きな市場であることには違いないんでしょう。

しかし、自動生成するまでになったら、
それってブログである意味あるんだろうか。

単純に広告したいだけなら、
ブログじゃなくても、普通のWebページを自動生成でも
いいんじゃないの?と思うんだけど。

一般のシロウトが書いてる日記風にすることに
意味があるのかなぁ。


いや、なんかね、その自動生成の文面って
読んでて腹立つんですよ。

何でか、明確な理由はないんですけど。

もう、これはフィーリングで。

例えば、悲しい話題のニュースで
「○○なんだって、ふーん」って、何がふーんなんだよッ!
「○○だってさ。まあ、いいんじゃないの」って、
全然よくねーよッとか、突っ込みどころ満載というか、
いわゆる“KY”だらけなのですよ。

機械ですからね。

例えば、Yahoo!のニュース記事の下にある
「この話題に関するブログ」っていうリンクが
いわゆるその記事に関するブログ検索になってるので、
いっぺん覗いてみると良いです。

そこにヒットするブログには自動生成モノが多数混ざってる。
下手すると、その半数かそれ以上がそれと思しき記事です。


なんて書いてるこの記事が、
実は自動生成だったらどうしますか。

いや、そんなことはないですけどね。

ちゃんと私が書いてますよ。
私が機械でないならね。

という意味では、この記事も自動生成なのか。


どっちだよ。


【ヒント : チューリングテスト】


実は、ブログなんかよりも2chとかの方が、
人間臭さが溢れてる、というより、人の本音が出てますね。
リアルにはない、あの場独特の人格も生まれてますが。

良い悪いは別にして、あれはあれで面白い。

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April 08, 2009

ポイ捨て

今期から、学校の義務教育課程で
時間数が増え、教材も増えたとのこと。

なぜ増えたと思う?

という先生の問いに対して、ある子供の答え。

「ゆとりがなくなったから」

まぁ、いろんな意味で正しいですね。


北朝鮮が言っても聞かない子だってことは
もう周知の事実というか、世界の常識というか
半分諦めのような感じで知られるところですが。

それでも何とか言って聞かせようとする
国際社会の努力は、単なる無駄というべきか
それとも必要な動きとみるべきか。

形式を重んじて実がないってやつよね。実際。

そんな国でもサルが支配しているわけではなく
一応話が通じるはずの人間が統治しているわけで、
その指導者に対話を求めていく姿勢をとることは、
人間社会で問題解決を図る上での責務なんでしょう。

それにしても、どうにも不毛というか
もっと他に何か良いやり方はないものか、と
コトある度に思うんですがね。

昨日、例の銀座線渋谷駅で
3列での整列乗車というルールが慣行されている中、
また横から堂々と割り込んできた御仁がおりました。

今回はそれが駅員の目の前でのことだったので
さすがにその駅員に制止されたんですが、
割り込んだその男、いわゆる逆ギレ状態になって
駅員に轟々と文句いい始めたのです。

並んでいたのになぜ止められるんだとか、
(実際は次発列車に乗る人の列に並んでたんだけどね)
そんなルール誰が決めたんだとか、
駅員が客にそんなこと強要していいのかとか、
もういつ突っ込んでやろうかと思うほど稚拙な言で
延々まくし立ててた。

その男、見た目は真面目なサラリーマン風で、
会社に行けば普通に仕事してる人なんだろうな
って感じなんですよね。

こんな大人が普通に社会にいるんだ、
と考えると、妙に居た堪れない。

いや、世の中立派な人ばかりじゃない、
ってか、むしろ立派じゃない人の方が多いってことは
十分に理解してるつもりなんですけどね。

私自身も堕落してるでしょうし。

だから世の中は一向に良くならないんだろうし、
こういう現状に馴れ合っていくしか
この人間社会で生きていく術はないんだろうとも思う。

同じ状況をどう捉えるか、ってことでもありますけどね。

それでもとりあえず生きていられるのだから
それだけで幸せなのだという考え方もある。

プラス思考ってやつですか。

実は、プラス思考というのは
集団に人を順応させるための洗脳だという話ですけどね。

それ自体も考え方次第だったり。

確かなもの、絶対的なものは何もないんだ
ということが分かってくると
だんだん人は精神不安定になってくる。

人は何か心に支えや拠り所がないと
普通に生きていけない生き物のようで、
本当は正しいものも確かなものもないんだけど、
なければ、何かそれっぽいモノをでっち上げる。

それは、何か根拠のない信念だったり、
夢や希望だったり、尊敬する誰かや何かだったり、
神様や仏様だったりするんでしょう。

そういうものの中に“形式”というのもある。

人同士が接する際の礼儀とか挨拶とか、
国際社会での立ち居振る舞いだとか、
銀座線では3列に整列して電車に乗るだとか、
そういうものがとりあえず決められていると。

それが必ずしも正しいわけじゃないんだけど、
何か方向性がないとコトがスムーズに運ばない
ということになる。

何かルールのようなものがある状況というのは
そうしないと上手くいかない(その可能性が高い)
ってことなので、そこにルールがあるのなら、
とりあえずそれに従いましょうということです。

従ってみてそれがマズいと思えば、
そこで不平をいえば良い。


こんなオッサン臭いことを書くのは、
もうホントにルールとかマナーとか守らない人が
このところ多いと感じるからなんですけどね。

別に良い子ぶってるワケじゃないですよ。

子って歳でもないですよ。
(それはどうでもいい)

些細なことと思われるかもだけど、
例えば、歩きタバコでそのまま路上にポイッとか、
ガムとかツバを平気で路上に吐き捨てるとか、
私から見ればあり得ない行為なのよね。

しかし、そういうルールを破ってる当人は
それを全く(或いはほとんど)悪いと思ってない。
普通でしょ?みたいな雰囲気さえある。

タバコポイ捨てとか見ると、
宇宙船レッドドワーフに出てくる台詞風にいえば、
その火のついたタバコを、
そのままキミのケ○の穴に突っ込んでやろうかッ!
と思ってしまうのです。

(そんな気分ってこと)


北のアレも、いってみればポイ捨てだよなぁ。。

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April 02, 2009

議員日当制

4月バカでした。もう昨日ですね。


新聞にこんなニュースが出てました。

町議の年間報酬120万円に 日当制の福島県矢祭町
(asahi.com)

これは本当の話です。
これ、良いんじゃないんですか。

てか、良い!

議員の給料が日当制。

すばらしい!

ていうか、全国こうすべきなんじゃないか。
ていうか、国会も日当制にしろ。

議員なんて、基本的に会期以外は仕事ないんでしょう。
その遊んでる間にも給料がある(しかも高額)ってのは、
よくよく考えると、普通にあり得ないでしょう。

ならば日当制にして、1日3万円なら3万円と決めれば
ここまで経費節減になるという良い例です。

もし、国会で同じことをやれば
通常国会の会期は150日なので、1日3万円なら
単純計算で年間450万円の計算になる。

普通のサラリーマン程度の年収ですね。

しかし、現状はどうかというと
国会議員に支払われる歳費は年間3400万円以上。

ボッタクリでしょう。

国も矢祭町を見習いましょう。

中には、議員がそのような薄給では
「他に仕事がある人しか議員になれない」
という意見もあるとのことだけど、
別にいいんじゃないの。

てか、議員が専門職である必要ないですよ。

サラリーマンとか医者とか教師とか、
何か別の本業を持ってる人が
国会に出て物申すってのはアリではないのか。

もし本業が忙しくて国会どころじゃないよ
というなら、持ち回り制でも良いじゃないか。

裁判員制度みたいにね。

毎回、無作為に議員候補が指名され、
ある一定期間は国会に出るようにする、とかね。

その方が民意が反映されるし。

てか、何かそういう政治論なかったっけ。

究極の民主主義だと思うんですがね。
国庫にもやさしいし。

しっかりした政策や法案を出す政党がないと
政治は立ち行かないぞという話もあろうと思うけど、
そんなのは何とでもなる気がします。

むしろ、持ち回り制の寄り合い政治の方が
民意とかけ離れた議員本位の案か出してこない
旧来の政党や政治集団にやらせるより
よほど大衆に近い意見が政策になるんじゃないか。


って思うんですが。


政治もオープンソースにしようって話です。

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