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February 23, 2009

無用の用

始まりと終わりがあるなんて誰が決めたんだ。

思うに、全部巡り巡って元に戻ってる
というのが、いろいろな哲学における難問の
最終的な解答になってるんじゃないだろうか。

と、そんなことを、今朝目が覚めたときに思った。


何か、眠りと目覚めの間ぐらいの状態って
変な精神状態になりませんか。

今朝は、あーなんで自分って自分なのかなぁ
と、そんなモードでした。

そこから始まって、

自分以外も自分なんじゃないか?
そもそも自分は自分じゃなく他人じゃないか?
いや他人というのは自分という主観に対する
客観的な存在に位置づけられているから、
そんな分離って意味ないんじゃね?
それでも自分に押し込められてる自分というのは
枠にはめられて自由を奪われてる状態の
拘束具をつけられたエーテルみたいなものじゃないか?
つまり全体の一部であり、実はそもそも自分は
イコール全体であり、その感覚の主体として
この自分という枠が一時的に設けられているのか?
だから生きないといけないのか?
生きることが義務なのか?苦労しないといかんのか?
苦労するのが人生なのか?起きないとだめなのか?
今日も仕事いかないとダメ?起きなきゃダメ?

チクショーッ!(ここで起きた)


年々、自殺者が増加しているらしいですね。

そんな報告を見る度に(不謹慎ながら)思うんだけど
これって何てアポトーシス?

ちなみに、地球上の人口は
19世紀初め(1800年あたり)は約10億人、
20世紀初め(1900年あたり)は約20億人、
その程度だったのね。

それがもう今や60億人を突破して
間もなく70億人に達しようとしている。

増え過ぎ。どんな加速度だよ。

これだけ増える人間という生き物の繁殖力たるや
自分も同じ生物種ながら恐るべしってとこなんですが。

この増加傾向も自然の成り行きなのだからして
もう人間自身の手に負えるものでもないのかな
って気がしてくる。

あとは自然選択を待つのみですかな。

してみると、
世界中で戦争やらテロやらが絶えないのって、
これも大きな淘汰の流れの一部なのかなぁ
とも思えてきたりもする。

てか、人間のそういう習性というか行動パターンによって
あまりに急激に増えることが自己抑制されているのか。

んー、好き勝手書いてますが
自分でも問題発言なのは重々承知しております。

もし自分が作家か漫画家だったら、
悪役にこういうセリフいわせて
正義役に否定させるような主張だったり。

ちなみに、作家や漫画家の本音って
大抵は正義側より悪役側の言に出てるよね。

いや、人が軽々しく死んで良いとか
そんなこといってるんじゃないですよ。

実は人間自身の手でどうにかなる流れではないのかも?
と、そんな気がするという話。


そもそも、人間はなぜいるのか。


…根本的過ぎました。

こういいかえよう。

人間は何のために地球上に存在するのか。

まだ漠然としてるな。

世の中の存在というのは何か意義がある。
意義があるからそこにある、という立場にたったときに
人間というオブジェクトはどう見るべきなんだろうか?
ということなんだけど。

例えば、自動車。

自動車というのは、人を乗せて走るための機械です。
即ち、人を運ぶ、というのが車の意義であり役割であり、
人を運ぶという使命を持って製造されているわけです。

つまり、人を運ぶために、この世に生まれた。

エアコンは温度調節するためのもの、
冷蔵庫は食品を冷やすもの、
ガスコンロは調理をするためのもの、
ペンは書くもの、紙は書かれるもの。

じゃあ、人は?

人に限らず、地球上に存在する動植物には
そもそもそういう目的ってないですよね。

地球上に限らない。

この自然の中にあるものには、
その役割とか意義とか目的とか
そんなものはない。

ない、ように見える。あるかもしれないけど。

少なくとも、人が考える要不要でいう意義というものは
特にないんですよね。

上であげた何か意義や役割が明確なものは、
人間の手によってつくられた“道具”です。

それは、人間がつくったものだから
その意義や目的がわかりやすい。

というか、人間がその必要があってつくったのだから
人間の理にかなった存在ということになるわけです。

そうでないもの。非人工的なものというのは、
そういう方向で意義を見出そうとすること自体が
無意味で無駄ってこと。

それは人間自体を含む。

だから、人間は
人間でない何者かから必要とされて存在しているのか
なんて考えるのは意味ないってことになるんじゃないか。

もしかしたら、そんな誰かがいるかもしれないけど
個人的には、そんなものはいないと思いたい。

いたとしても、
アインシュタインよろしくスピノザの神ですな。

とにかく、もし、
自分は何でこんなことしてるんだろう、
自分の存在なんて意味がないんじゃないか、
なんて考るのは損だってことです。

それが純粋に哲学的な類のものなら
大先生になって大いに悩んで頂いて結構ですが、
そうではない方向の悩みの場合ってことね。

それでも、そういう自然的な流れだったとしたら
外野から思いとどまらせようとしても
そもそも無駄ってことなのかもしれないけど。


いえね、先日、10歳そこそこ?の小学生が
サラッと自殺してたじゃないすか。

いや、サラッとじゃないかもしれないけど
そんな年端もいかないような子供が
何をそんな悩むことがあるんだろうかと。

てか、10年そこそこの人生で悩む要素があるの?

そのうち5歳までくらいなんて
まだ物心ついて、ようやく何か考えられるかな
って程度の精神じゃないか。
としたら、実質まだ5年かそこらの人生ですよ。

そんなのをみてると、思い詰めるって感じではなく
本当に、何かもう死ねばいいや
みたいな感覚でいる人が多くなってるのかなと
そんな潜在的な?空気を感じる。

とにかく、今子育て中の親御さんは
子供しっかり見といてやらないといかんですね。


しかし、今朝の夢(?)は
もうちょっと長いこいと突っ込んで見られてたら
何か悟れた気がするんだ。

(気のせいです)

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February 19, 2009

麻生政権はバカなのか

政治の話を書き出すと
次々とルサンチマンが沸いてくるから始末が悪い。

こうして続けざまに日記を書いてるときってのは
大抵ヒマなときなんですけどね。


ちょっと冷静になって今の政治について考えてみる。

日本のマスコミはみんな口を揃えて
麻生内閣はもう終わりみたいな論調で報道してるんだけど、
彼の政治はそんなに酷いだろうか。

彼が内閣総理大臣に就任したのは、去年の9月下旬。

その前の2人の総理が政権投げ出しような格好で辞めてるので、
自民党という政党に対する信頼や支持率自体が落ちていた中で
バタバタと発足したのが麻生内閣。

そんな背景もあって
もともとあまり期待されていない内閣だったわけだけど、
ほぼ時を同じくして例のリーマン破綻がきてたわけです。

その影響は間もなく日本にも現れはじめ、
おそらく戦後最大級の経済危機に見舞われたと。

麻生政権はいきなりその対応に追われたわけですが、
去年末の第一次補正予算で実施された景気対策について
ちょっとみてみる。

 「安心実現のための緊急総合対策」、「生活対策」
 及び「生活防衛のための緊急対策」のポイント

 (kantei.go.jp : PDF)

雇用維持の対策、非正規雇用対策、医療制度の修正、
年金問題のフォロー、子育て支援、中小企業の資金繰り救済、
地方公共団体への交付金、及び暫定税率失効中の地方税補填。

ざっとこんなもんか。

あれ?っと思うのが、話題の定額給付金なんだけど、
それは二次補正の方に含まれている。

本当は二次の方も去年成立させて施行したかったけど
野党からマスコミから与党内部からまで大ブーイングにあって、
え?ダメなの?何がダメなの?って感じで今年にズレ込んだと。

とりあえず、上記の一次補正予算による対策は
全部実施済み。

それで何の効果もなかったかといえば、
実は、それで救われてる人や中小企業ってのも
結構あるらしいのよね。

全然そのへん報道されてないけど。

なんかこのへんにマスコミの情報操作というか、
妙な悪意を感じるんだよなー。

小泉政権時代は、「聖域なき構造改革」ということで、
都市部の将来性のある事業の成長は支援され、
逆に地方の不採算な事業はどんどん倒されていってたと。

それで結果的に国全体としては経済成長してるように見えてたけど、
その陰で地方が切り捨てられていたという現実があったわけね。

それはそれで、
小泉政権としての国家成長のやり方だったわけです。

その地方切捨ての事実はある程度報道されてはいたけど、
それで特に強いバッシングというのはなかった気がする。

これは、麻生政権ができてから思ってることなんだけど、
小泉さんはマスコミとすごく相性が良かったのに、
麻生さんはマスコミとすごく折り合いが悪いよね。

小泉さんは、うまくマスコミを利用していたというか、
マスコミもそんな小泉さんを積極的にテレビに出演させて
視聴率を稼いでた。

麻生さんは、どちらかというとネットで人気がある人で、
ネットというのはマスコミにしてみれば目の敵ですよね。

それが理由かどうかはわからないけど、
どうも麻生バッシングが酷い気がする。

上の補正予算の内容を見ても、そんなに酷いものはないし、
むしろそれで地方の企業が救われている事実もあるのなら、
この不況の中そこそこ頑張ってる方なんじゃないか。

あと、麻生さんが漢字の読み違いを何度かしてるってことで
なんだか麻生はアホの子扱いみたいな報道も多い。

マスコミばかりか、政治の議論をすべき野党まで
ここぞとばかりにそんなくだらないところに突っ込んでるし。

子供のケンカですか。

政治家じゃなければ、
日常的にみんなやってるレベルの間違いなんだけど、
確かに、学がないのは政治家としてどうなの?
とは思うけど、それでも突っ込んで取り上げる話じゃない。

あと、麻生さんの発言に一貫性がない、ブレてる
というあたりもバッシングの対象になってますね。

そのうち、定額給付金の実施時期については、
あれは野党やマスコミがあえて実施を遅らせているわけで
一貫性がないということじゃないと思うけど。

与党が二次補正予算を昨年の国会に提出しなかったのは、
実際は、提出できなかった、とのこと。

仮にあの時期に提出しても、
参議院の過半数は野党が占めていているので、
そこで否決されるのはほぼ確実。
その後、衆議院で再可決しようにも期間が足りなかった
ということらしい。

あと、麻生さんは、実は郵政民営化に反対だった、
という発言だけど、まぁ、あれは本音でしょうね。

てか、そうして本音をポロポロ喋っちゃう人だから
裏があんまりなさそうな人だ、と見ることもできそう?
(政治家としては、タブーが守れないのはマズイでしょうけど)

小泉さんは、もともと保守の自民にいながらにして
それを破壊すべく改革路線を突っ走ってた人だったけど、
麻生さんはもともと保守派でしょうから。

で、自身は保守なんだけど、
例の郵政選挙で勢力を増した改革派のご機嫌も伺いながら
保守派も含め党全体をまとめていかなきゃいけないという
板ばさみ状態で党運営を強いられているんじゃないかと。


いえ。別にね。

私も麻生さんが特に好きってわけじゃないです。

ただ、あまりに世間の麻生バッシングが盛大なので
本当にそんなにヒドイことしてるのかなぁ、と思って。

客観的にみて、発言が迷走している以外は
普通に今までの政権と変わらないでしょ。

やることは一応やってるみたいだし。

この世界的な金融危機で、その経済状態の悪化を
どうも誰かのせいにしないと気がすまない国民感情を
マスコミが煽ってるだけって気がする。

まぁでも、発言はブレない方が良いんでしょうけどね。

多分どう転んでも叩かれる。

定額給付金をやってもぶーぶーいわれるし、
やらなかったらやらなかったでまたいわれますから。

どっちにしろ文句いわれるなら、
最初にやる!と言ったことを貫徹する方が
政治家としての信頼も幾分か高まるでしょう。

とにかく、世間は、解散だ総選挙だという論調だけど、
他の誰がやっても大差ないと思う。

少なくとも、今はね。

民主党や他の党の政策案なんかみても、
大体今の政府与党案に似たり寄ったりですよ。

むしろ、それどうやって実現するの?
っていう絵に描いた餅に終わりそうな案も多分に含まれてる。

例えば、民主党案だと、

高速道路無料化、公立高校の授業料を無料化、医師5割増、
子供1人あたり月26,000円支給、農業の個別所得補償制度、
漁業にも同様、などなど。

確かに、それは実現すれば素晴らしいんだけど、
景気が良いときならまだしも、この危急のご時勢に
それらをやる財源どうすんの?ってのがまず疑問。

それこそ、どうみても選挙対策にしかみえない。

その財源根拠に国や地方の歳出カットをあげてるんだけど、
本当にそれはできるのか。

いや、できるなら是非ともやってもらいたいところですが。

上のような絵餅政策をやるには
公務員や議員(の給料)を相当ガッツリ削らないと不可能
だと思うんだけど、それもタダじゃ無理でしょ。

公務員も、いきなり「キミ、首」とか「キミは減給」とかいわれても
簡単に二つ返事で折れるとも思えない。

いわゆるリストラ費用みたいなものが必要でしょう。
その予算はちゃんと考えてあるのか。とかね。

いや、国や地方の歳出カット、というのは
私自身は超大賛成なんですよ。

それだけに、本当に実現できるのかどうかって話。
(やれたら神!そんなレベルってこと)


ところで、件の定額給付金。

あれはもともと自民というより公明党案らしいんだけど、
やっぱり創価学会の意向が見え隠れするよね。

まぁ、ここまできたらやるんでしょう。

これも、みんな貯蓄や借金返済にまわすとかで
消費に回らないから効果はない、といわれてるけど
ひとり1万円程度なんて(中途半端な金額)もらっても、
それって貯金とか返済とかの足しになるかしら。

私なら普通に使っちゃいますが。

ゲームか、本か、でなければ宝くじとか、
おそらくそのへん買うと思う。


あれ、宝くじって消費にならないんだっけ。

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February 18, 2009

酔っ払い国家

あの場面は、白川さん突っ込み入れるとこだよね。

「何いうとんねんキミィ!」(ペシッと)


こんな日本はどうなんですか。

今は世界的に経済がかなり凹んでるし、
みんなボロボロよね。

ここぞとばかりに
麻生政権の能無しっぷりをアピールする報道が
いつにも増して盛んなわけですが、
実際のところ、麻生政権も今までの政権と
それほどの大差はないんですよね。

まぁ、おバカ発言は目立つけど
麻生氏や中川氏があいいう人だってことは
実はみんな知ってたでしょ。

特にマスコミの政治部の人たちは、知ってて
そうなることを手薬煉引いて待ってたんじゃないの?
って思うんだけど。

景気が良いときは、
政治はあまり何もしなくても支持率は安定するのだけど、
それは政治が良いとか政治家が有能とかいうわけじゃなく
みんな特に政治に興味がないだけなんすよね。

それが不景気になると、
大抵その景気回復は政治頼みになってくる。

すると、普段より政治に対する期待や注目が集まってきて、
そこで上手く立ち回れない政権だと、
その支持率はどんどん下がっていくと。

これは日本だけでなく、アメリカもそう。

オバマさんは今でこそ高支持率だけど、
この後も経済状況が上向かない状況が長く続けば
その人気急落は必至です。

何とか上手く切り抜けないと、
あの期待が裏切られたとなった後の経済状況は
目も当てられない。

で、こういう状況になって
あちこちでやっと、本気で、経費節減しなきゃイカン
って空気になりつつあるんだけど、
やっぱり尻に火がつかないと動かないってことだよね。

良い機会です。
ここで徹底的に無駄な経費を削っていけばよろしい。

ところで、その経費というのは
光熱費とか消耗品とかの使用量もさることながら
実際は人件費が一番でかい。

ただ、だからって下から切っていくのは間違っていて、
削るなら、まず上の方から削っていくべき。

政治家や高級官僚の給料が
バカみたいに高額なのはここで何度もいってることですが、
政治や役所にとどまらず、民間企業の役員以上の給料も
その仕事の割りに高過ぎね?っていう話。

いわゆる大企業といわれている会社の
会長、社長、専務、常務あたりのクラスの役員の年収は
大体平均して1000万~3000万円くらいらしい。

一方、いわゆる派遣社員の一般的な年収は
大体100万~300万円程度(月収10万~30万円弱として)。

ざっと10倍の差がある。

これを単純にいっちゃえば、
役員1人が派遣10人分の人件費を食ってるわけです。

そのことを察した企業は、
早々に役員給料のカットを始めてるわけだけど、
まだまだそこに踏み切れない企業もいっぱいある。

先日、たまたま、今話題の「かんぽの宿」の経営難について
ニュースで特集されてたのをみたんですが、
その役員?の年収は6000万円とか7000万円とかいってて、
もうね、逝って良し(死語?)って思ったもん。

役員でそれだから、従業員の給料も
そこそこ高いことは想像に難しくない。

さすが、お役所下がりの企業だネ。
しかし、その体質を変えるために民営化したんじゃなかったのかと。

こういう政治やお役所肝入りの企業や団体とか
役人の天下り先の常連になってるような企業、団体は
大体みんな同じような体質なんじゃないかしら。

某電話会社とか。某道路会社とか。

これは憶測ですが。

てか、この「かんぽの宿」みたいなおバカ経営は
もっと大々的に報道すべきだよ。

とにかく、下を削るより上を削る方が10倍効率的だってこと。

簡単な話です。まず、そこに気づけみんな。

どっかの会議で
どっかの大臣が酔っ払って鼻水たらしてたとか、
そんなんもうどうでもいいです。

むしろ、今の日本は
まさにああいう状況じゃないのかと。

そろそろ酔いを覚まして
真面目にそういう体質を改善をしていかないと、
それこそアル中に落ちていくしかなくなる。


そういう意味では、この経済危機は
良い酔い覚ましかもしれないよね。

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February 17, 2009

日曜日の日記

アインシュタインが

「箱の中の猫は生きているか死んでいるかどっちかだ」

といったら、ボーアは

「箱の中の猫は、猫だ!」

といっていた。


正解です。


BDレコーダを買ったので
VHSのテープメディア映像をBDへ移そうと思って
BDの空メディアを買ったんだけど、
やっぱし高いのね。

DVD-R/Wとかだと、10枚で3000円とかありますが
BD-REの場合、下手すると1枚3000円とかね。
(もっと安いのもありますけど。)

BD1枚はDVD数枚分の容量はあるわけだけど
それでもやっぱり高いって感覚はありますわね。


それはそれで。

テープメディアは、
セルものから録画したやつまでかなりあるんですが
(まぁ、録りっぱなしでほとんど観てないんだけど)
どれからやっつけようかなーと
ゴソゴソとマイビデオライブラリをあさってたら
「アインシュタインロマン」全6巻が出てきたのでした。

あれ、こんなの買ってたんだ。

と、自分で買っておきながら驚いたんだけど
そういえば昔買った気もする。

これからやるかってことで
日曜日は1日引き篭もってダビングデーでした。

だって、VHSからBDだと倍速とか高速とか無理ですから。
等速でダビングするしかない。

せっかくだから、久々にその
「アインシュタインロマン」に浸っていたわけです。

いやー懐かしい。

懐かしいっていうか
今見ると、これはこれで新しい発見がありますね。

昔これを観たときの私はまだ若かったってことで、
ふーん程度の認識だったと思われる話とか演出とかも
今見ると、あーそういうことかもしれんなー
とか、新しい知見が自分の中に沸いて出てくることがある。

これ、結構楽しいです。

初めてこれ観たのは、確か小学生くらいの頃ですよ。
その頃の記憶といえば、
何だかにゃーにゃー猫が鳴いてたなぁとか
なんかグニャグニャした奇妙な映像だったなぁとか
そんな程度。

2度目に観たのが再放送だったかこのビデオだったか
その辺は定かじゃないけど、
そのときに、アインシュタインってすげーなー
って思ってたような気がします。

やっぱり、今見てもアインシュタインってすげーなー
ってのは変わらないんですが、
でも、何となく言ってることが理解できるようになってるので
根拠のないすげーではなく、
こんなこと思いつけるなんてすげーって感じになってる。

ただ、彼が常識破りなのは周知の通りなんだけど、
逆に、結構頑固な人かもしれない、とも。

相対論なんて、柔軟な頭を持ってないと発想できない
と見ることもできるけど、
アインシュタインの頭の中には既にその方向の発想ができていて、
その信念に従ってまっすぐ理論化されたもの
と見ることもできるんじゃないかなと。

であるが故に、量子力学を受け入れることができなかった。

「神はサイコロ遊びをしない」という有名な言葉がありますね。
彼が信じる神があるとすれば、それはスピノザの神であると。

要は、全ての現象は最初から法則によって確定していると。

それは真理なんでしょうけど
多分、人間には永遠に語ることのできない真理でしょう。


なんてことを、ビデオ見ながらウトウトしてたら
テレビからニャーニャー聞こえてきて
冒頭の面妖な夢をみてしまったと。


なんか、真理とかどうでもよくって
結局、人間にとって目の前の事象が全てなんじゃないか。

ええ、猫は猫です。

見えることが真理。感じられるものが真理。

その裏に何かあるかもしれないけど、
それは実質的に関係のないもの。

実は、それが真理なんじゃないのか
とも思えてきた。

つまり、裏なんてない。

見て感じてるものが全てであると。

ただ、人間が見て感じられるもの、というのは
他の観察者より極端に少ないんじゃないだろうか。

それはなぜかといえば、
人間が知性を持ってしまったから。

あらゆる現象を知性の元で認識しようとしてしまうことが
感覚のフィルタとなってると。

知性というのは概ね言語による理性的な理解なんだけど、
人間は感覚を無意識に言葉に置き換えてますから。

その時点であらゆる現象が欠け落ちてしまってます。

さらにそれを表向きに表現しようとするとき
言葉を組み立てて文章という表現に変換する。
ここでまたさらにオリジナルの現象が削られる。

でも、人間はそうして文章化された結果を
文化的で美的なものとして受け入れてきたので、
そうした何らかの文脈に沿った発展を遂げてきたと。

といえど、知性を得なかったら
現象を見て考える、なんてことはできなかったでしょうけど。

多分、ラジオボタンみたいなもので
完全な知性を得るか、完全な感覚を得るかは
排他的なものかもしれない。

アインシュタイン方程式というのは、端的に言えば
時空と物質をイコールで結んだ式なんですが、
時空というのが主観(自分たちがいる場)であるとするなら、
物質はその主観から見た客体(他者)ってことじゃないのか。

つまり、主観、即ち、対象。

見てるものが自分自身。

灯台は他者は照らせるけど自分は照らせないから、
自分は永遠に見ることはできないんだけど
照らしてる相手は実は鏡像なのかもしれません。

してみると、宇宙がもともと何かひとつだったとしたら、
それは唯物で見るのではなく唯心で見た方が
よりそれの近似っっぽいという気がしてくる。

そう思いませんか。

宗教的ですか。とですか。

ええ、そうですとも。

ていうか、意味わかりませんね。


まぁとにかく。


知性的に生きるのが幸せなのか、
感覚のままに生きるのが幸せだったのかはわかりませんが
(そもそも幸せって何なのかって話ですが)
実際のところ、私たち人間は知性を手に入れてしまった為に
ある意味盲目になってしまっているのかもしれないなー
なんて思ったのでした。

もし、人が完全な感覚を手に入れたかったのだとしたら、
パンドラがあの箱を開けたのは最大のミスでしたね。


…などと妄想してたらガチャンッとビデオが停止して、
はたと現実に戻される。

そういえば、ビデオって巻き戻しって作業があるんすね。

(うぃぃーんキュルキュルキュル)

なんかこれ、昔は面倒だったけど
今久々にやると、妙に趣がある。ってか新鮮かも。


そんな日曜日でした。

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February 13, 2009

学級委員長

「おまえ、朝ごはん、ちゃんととってる?」

「ん、朝ごはんって何?それ食えるの?」

「いや、むしろ食いもんだから」

って突っ込んだところで目が覚めた。

(へんな夢。)


鳥取の小学校は「学級委員長」なし 「なれない子供が傷つくから」?
(j-cast.com)

ズバリそうでしょう?

ちなみに、昔、その鳥取の小学校で
学級委員長の常連でしたが、何か。

副委員長というのもいて、
そちらは大抵女子でしたね。

ただ、それになったからといって特に何をするでもなく、
週に1度ある学級会(HRですね)とやらで
クラスで何か話をするときに進行をするくらい。

あとは普通の生徒と変わらない。

ああいう役回りって、一度選ばれると
次もアイツでいいんじゃね?っていう雰囲気になって
結構惰性で同じ人が何度も選ばれたりするもんです。

それで得したと思ったことはあまりないんだけど、
ひとつだけ、子供心に良かったと思えたのは、
名札の下に学級委員長のバッジをつけられたのですね。

子供って、何か特別なものをつけるのが好きなんです。

その意味で、他のみんながつけていないものを
自分だけがつけてるってことで、
「これ、カッコイイかも」と思ってた気がする。


で、その程度の学級委員長になれるなれないなんてことが、
傷つくとかどうとかいう話になるものなんですか。

私の場合はともかく、一般的に、
学級委員長なんて面倒なものなんじゃないのかな?

一応、あんまり悪いことができない。

他の生徒の模範として行動しないといけないみたいな
責任感というか格好つけないといけないというか
そういうものがついてまわることになる役なわけで、
最近の子供って、むしろそういうのって
なるべく避けたがるんじゃないの?と。

で、学級委員長というのがなくなってたらしいんだけど、
今回それを復活させる動きがあるってことで、その理由が
「誰かがしてくれるだろうと考え、社会性、自主性が育たない」
というのも、また違う気がする。

学級委員長ができたら、
逆にその委員長にいろいろ任せちゃうんじゃないの?

いずれの場合も
学級委員長はエライという前提に立ってる気がするんだけど、
多分そこが間違ってると思う。

学級委員長なんて全然偉くないです。

普段は他の生徒と何ら変わらない。

学校で、クラスの生徒主導で何かやるとなったときに、
そのまとめ役になるのが学級委員長ということで、
そんなシーンで、まとめ役以外にも重要な役割りは
他にいくらでもありますよ。

そしてそれらは全く平等です。

これって、学校という場からそういう思想だから
国全体でも、官僚とか政治家とかが勘違いして
あんなエラそうにしてるんじゃないのかと。

その古典的な考え方は、いい加減終わりにしないと。

主役は生徒全体であり、国民全体ですよ。


と、そんなことを書いてたら思い出すことが。

集団のまとめ役となるからには、
やはりある程度の模範的な存在でなければなりますまい。

ところで、模範的ってのは何だろうか。

常に良い行いをしていれば良いってことですか。
じゃあ、良い行いって何ですか。
悪いことじゃない行いですか。

何ですかこの言葉の循環は。

良い悪いなんて実はよくわかってないんだけど、
あまり人に不快感を与える行動はしないようにする
ってことで、結局、それって行動を制限される
ってことになるんですよね。

自分がやりたいと思ったことでも
それが周囲にウケが悪い行動だったとしたら、
それはやっちゃいかんということになる。

本来、リーダってのはかなり損な役回りなんじゃないか。

それにすすんでなりたがる人ってのは、
よほどの目立ちたがりか、純粋にそういうのが好きな人か、
あとは自分の理想を広めたいという宗教的なやつか、
そんな感じでしょ。

そうでない人は?

そんな面倒な役回りになるからには
それ相応の見返りが設定される必要がある。
となって、政治家の給料は法外に高額になり、
それ目当てでそこに飛びついていく人も少なくない。

どうもズレてる気もするけど
まぁそれで国は回ってるんだから良しとしよう
ってことなんですか。

良いことばっかりしてると疲れるし、
たまには悪事も働こうってリーダさんも
いっぱいいらっしゃいますよね。

そしてやつらの悪事の規模はでかい。

人間だから、常に正義を貫くというか、
いわゆる良いことばっかりして生きていくというのは
そりゃ無理だってのはわかる。

酒やタバコは体に悪いとは思いつつも
それをやってしまうのが人間です。

でも、そのバランスってのがあるんでね。

そう、バランスですよ。

仕事しないで遊んでばっかりいると、
だんだん自分ってずっとこんなんで良いのかなー
とか思うようになるじゃないですか。

なりませんか。

そうですか。

いや、なるんですよ。人間なら。

良心の呵責っていうか、
そういうのが人間にはあるんです。

それがないと、人間社会とっくに終わってます。

むしろ、最後にはその良心があるから
人間社会はどんなに荒んでも
何とか持ってる、成立してるようなもんです。


で、何の話だっけ。


学級委員長。

学級委員長なんて、別にいてもいなくても良いと思うんだよね。
リーダがいなけりゃジャンケンで決めれば良い。
少なくとも小学生程度のリーダなんてそんな程度です。

そんなところを議論するより、
委員長とか、リーダみたいな人はエライんだぜ
っていう偏見というか誤解のようなものがあるので
まずそういう教育の傾向を修正する必要があるんじゃねーの?
と思ったってこと。

長だろうが短だろうが、みんな同じ人間であります。

ペコポン人でありますよ。

みんなそれぞれに必要な役が割り当たっていて、
みんな同じく偉いんだゼっていう教育をする方がいいよ。多分。

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February 07, 2009

政府紙幣

もるもるもるもるもるもる。


何でも、与党内で「政府紙幣」の発行が議論されているとか。

同じ議論が、5年ほど前、やはり日本の経済が落ち目のときに
いろんなところでこの話題が挙がっていたらしい。

てか、政府紙幣って何ぞ?

って話になるんだけど、政府が発行する紙幣(お金)、です。

まんまじゃん。

それ以前に、今私たちが使ってるお金は政府紙幣じゃないの?

実は、今流通しているお札は
日本の中央銀行である日本銀行が発行している通貨で、
正式には日本銀行券(日銀券)といいます。

この日銀券は、政府といえども勝手に発行することはできず、
基本的に政府や一般の銀行が日銀から融資を受けることで
発行されるようになっています。

端的にいえば、日銀に借金をするわけですな。

つまり、今私たちが使っている日銀券というのは
間接的に国や銀行からいつか(日銀へ)返済されるお金なのだ
という信頼で成り立っているものということですかね。

これは日本だけでなく、現在の多くの先進国の通貨は
国の中央銀行からの融資で発行される仕組みになってるようです。


で、対する政府紙幣は?

これは、日銀ではなく政府が直接発行するお金ってこと。

この場合、政府は日銀に借金をする必要がない
ということになるのですな。

確かに、今の日本は借金まみれです。

国が借金をするときには国債を発行するわけだけど、
国債の総額は今や700兆円を超えるといわれている。

んなもん返せるんかい。

ってことで、政府紙幣というのが国の経済を救う
最初で最後の手段だともいわれてますが、
私は、それもちょっとどうなの?という感覚なんすね。

んー、最後の手段っていうか
それは最後の手段過ぎね?っていう。

ちょっと経済の基本を思い出してみましょう。

あ、ちなみに、前もって書いておきますが
私は経済のことなんか全然シロウトです。

それこそ学校の社会科で習った程度のことしか知らない。
ので、以下の理屈もその程度のことってことですよ。


まず、基本的に、お金はタダでは手に入りません。

当たり前ですね。

何らかの物品や労働などと引き換えに
それと等価なお金を獲得する、というのが基本です。

例えば、Aソウさんという人がいました。

Aソウさんは、とりあえず生きていくために
お金を稼がなければならない。

でも、元手がゼロでは何もできません。

ということで、Aソウさんには商売を始めるための
資金が必要になってきます。

その資金は、まず銀行などからお金を借入れて
店舗を準備し、売り物を仕入れ、人材を雇い、
あとは自分の生活費として消費しながら、
徐々に利益を積んでいく。

その利益から、最初に借りたお金を
銀行へ返済していく、ということになる。

晴れて借金を完済したAソウさんは、
その後得た利益分を預金していくことになるでしょう。


で、この例のAソウさんが日本という国で、
その銀行というのが日銀だと思えば、
大体認識としてあってるんじゃないかな。

必ず返済しなければならない、というのが
銀行(日銀)が発行する紙幣の信頼にもなっているし、
日銀側も、預金ができることで
新たな貨幣を発行する根拠を得ることができる。


ここで、もし、上記のAソウさんが、
「うわぁ、やっぱり商売失敗しちゃったよ。あははっ」
てなことになり、じゃあ自分でお金作ればいいよね
とばかりに、そのへんの紙にマジックで
“1まんえん”とか書いて出されても、
馬鹿なの?死ぬの?ってことになるんじゃないか。

日銀券も政府紙幣も、どちらも国の信頼を背景に
発行される通貨であることには変わりないんですが、
その発行されるまでの流れがだいぶ違うんじゃないか
と思うんですよね。

日銀券は簡単に発行できないように制御されているけど、
政府紙幣は政府判断で勝手に発行できてしまう。
そしてその両者が同じ価値として扱われるようになる
となれば、じゃあ日銀券の制限は何だったの?
って話になりそうな。

逆に国の経済が崩壊しかねない気がするのよね。

実は、政府紙幣は日本には(今は)ないけど、
政府貨幣はあるんですね。

私も知らなかったんですが、紙幣ではない硬貨(コイン)は、
日銀ではなく政府が発行してるものらしい。

何でそんな区分けをしてるのかよくわからんのですが、
硬貨は紙幣に比べて流通量が小額なので、
経済にそれほど大きな影響はない、とのこと。


ちょうどニュースが重なってたから思ったことなんですが、
件の「円天」の話があるじゃないですか。

運営会社のL&Gは、円天市場とやらで
独自の擬似通貨「円天」を発行しまくって経営破たん。
(あの経営破たんは確信犯だという噂もありますが。)

その「円天」は当初、リアル(日本)円と等価交換できる
との触れ込みだったけど、やっぱりとても無理な状態になり、
円天に多額の出資(円天を購入)をしていた会員が
甚大な被害を受ける可能性がある(てか、確実に受ける)
というニュースが、今ちょうど流れてますよね。

日本という国自体があいいうことにならないかと
ちょっと疑心暗鬼になってるのかもしれませんけどね。

でもやっぱり、お金に困ったからお金をつくる、というのは
近代の国のやることじゃない気がするなぁ、という感想。

そう、動機が不純なんですよ。結局ね。


# のび太王国を思い出した。

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February 04, 2009

Amazon の使い方

そういえば
「月に1つはアマゾンからモノが送られてくるんだよ」
といっていた人がいました。

まぁ、あえて突っ込みませんでしたが。

Amazon といえばオンラインブックサービスのはしりで
本店(米国)は私が学生の頃からあったわけですが、
CDやDVDも扱うようになり、最近は家電まで買えますね。

そうしてサービスが拡大してくると
大抵は顧客一人ひとりへのサービスは低下してくるんだけど、
Amazon も例外ではないようで。

というのも、最近私もそのトラブルに遭遇したのですな。

以前にとあるゲームソフトを Amazon で予約注文していたのです。

1/28発売の某ゲーム。

で、27日に「商品を発送しました」とメールが入ってたので
翌日28日には届くかな、と思ってたんだけど、
29日にも30日になっても届かなかった。

いつもなら発送メールの翌日か翌々日には届いてたので、
おかしいなーと思って Amazon に問い合わせてみたのです。

すると、本人受け取りを必要としないメール便で送ってるから
ポストに投函されてないか、誰かに預けられてないか
確認してください、との返答。

うん。確かにいつもならポストにネジ込まれていたよ。

今回もそうだろうなーと思ってたんだけど、
ポストにはない。

まして誰かに預けてあるなんてこともない。
(お隣近所なんて、誰が住んでるんだか知らんです。)

ということで、やっぱしねーよ!と再度問い合わせてみる。

すると、今度は「配送中にトラブルが発生したために
商品がお手元に届いていない可能性がある」とのこと。

で、交換商品を発送すべきところが
対象の商品は既に在庫切れの為に発送できましぇーん
ということで、結局そのゲームを入手できませんでした。

当然、返金してもらうことになり、
お詫びのしるしにということでポイント300円分もらった。

誠意ってことですか。300円は微妙ですが。

まぁ、とりあえず買ってみるか的なゲームだったので
今回は「ま、いっか」って感じなんだけど、
これがすごく楽しみにしていた商品だったらと思うと、
ちょっと、てかかなり凹むでしょう。

こういうトラブルの可能性があるので、
あんまり Amazon なんか使わない方が良い
という話になるんだけど、
それでも便利だから使ってしまうわけで。

本当に欲しいものは Amazon で買うな、ともいわれるけど、
そもそも、買うからにはそれが欲しいから買うわけで、
全くどうでも良い商品なんてものはないはずですよね。

で、これは最近知ったことですが、
自分への備忘録も兼ねる意味でメモしておくのです。

そもそも、配送トラブルというのは、
商品の発送に「メール便」というものを使っている為に
起こりやすいといいます。

メール便というのは、郵便ではない
宅配業者が扱ってる簡易的な冊子小包ですね。

これは、普通の郵便物のように
受け取り確認の必要がなく、ポストに入れてオシマイ
という宅配サービスです。

家を不在にすることが多い独身な人には
むしろ都合の良いシステムだったりもするのですが、
その受け取り確認がない為に、
届けたぞ、受け取ってないぞ、というトラブルを生んでいる。

なので、要は、そのメール便を使わせなければ良い。

Amazon のヘルプをみると
「一定の大きさまたは厚さが2cm以内の商品」
はメール便になる、とあります。

一定の大きさ、というのは、
一般の週刊誌1冊程度の大きさだと思うのですが、
その大きさ以下の商品は大体メール便になる。

なので、CDやDVD程度のサイズの商品1つなら
ほぼメール便になると思って良い。

ならば、それを超えたサイズにすれば良いのです。
要は、他にもついでに何か買って一括配送にすれば、
通常の宅配便で届きます。

ついでに買うものなんてないよ、とか、
それじゃ Amazon にハメられてるみたいだ、という場合、
商品が「お急ぎ便」に対応していれば、
その「お急ぎ便」を使うと良い。

「お急ぎ便」というのは、
実は、何のことはない宅配便らしい。

メール便ではなく宅配便を使って届けるから、
配達時間が約束できるということなんですね。

なので、別に急いでなくても、
商品を確実に受け取りたいという場合は
お急ぎ便で注文すると良いらしいです。
(この場合は送料が有料になります。)

ところで、予約注文の場合には「お急ぎ便」はありません。
予約でなくともお急ぎ便のない商品もあります。

そういうときは、クレジット支払いではなく
代引きで注文するのです。

代引きというのは、荷物受け取り時に
配達にきた宅配業者に代金を支払うってやつですね。
これでも、確実に荷物を受け取ることができます。
(この場合も、商品が1500円以下の場合は有料。)

あと、コンビニで受け取るという方法もあるらしいけど、
コンビニまで取りに行くのが面倒くさい気もするので、
実は代引きが一番良いのかな、と。

ただ、代引きでは配達不可の地域もあるので、
それが可能な地域でのみ、ということになりますか。
(不可能なのは離島地域だと思いますが。)


それにしても、配送トラブルって何でしょ。

間違って他所に配達したとか?荷物を落っことしたりとか?
てか、なぜ配送トラブルがあったと Amazon がわかるんだろうか。
それは宅配業者の手落ちなんじゃないのか。

そもそも、配送方法を指定できれば良いのにね。

メール便にするか、宅配便にするか。
宅配便が使えるなら日時や時間帯指定とかもできるはずで、
それがユーザ側で指定できるといいのになー。

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February 01, 2009

働き方の話

あら!わたくし、ブチ切れますわよ。


最近、派遣社員とか期間社員とか日雇いとか
そういう非正規雇用の形態の人たちが
真っ先にバッサバッサと切られてることを受けて、
そういう雇用形態はなくすべきだ!
というような意見が声高に叫ばれるようになってます。

が。

本当にそうなの?

個人的な意見ですが、私は、派遣とか日雇いとか
そういう雇用形態自体が悪いとは思いません。

雇う側は、必要な人員人材を
必要なとき必要な場所に補充することができる。
必要がなくなれば契約終了。

雇われる側は、仕事(お金)が必要なときに
適当に仕事をみつけて、必要なだけお金稼いだら
そこで契約終了。

全く持って合理的です。

問題は、そのような雇用形態の人々を保護する
法整備なり政策が全くできてないってこと。

日本の法律は、正社員については
結構手厚い保護が受けられるようにできてるけど、
非正規社員の労働者を保護する法律に関しては
ほとんど整備されてない。

問題はそっちよね。

いろいろありますが、例えば年金。

非正規雇用者は国民年金の加入対象者だけど、
彼らの賃金は大抵手取りで月20万円以下、
下手すると10万円を切る労働者もいる。

そこから家賃、光熱費、食費など
諸々の生活費を差っ引いていけば、
お金は手元にほとんど残りません。

そんな中、国民年金の月々の支払は13,800円。

現実的に無理ですよね。

ここに含まれる問題はいくつもある。

正社員は厚生年金で会社と折半で支払っているが、
非正規は国民年金を全額自腹で支払わなければならない。

そのくせ、賃金は正社員より非正規の方が低い。

それは非正規には労組がない為に、
会社(雇用)側が好きに決めた金額を設定できてしまうから。
(悪ければ、法的にギリギリの最低賃金が設定される)

さらに、派遣会社の場合は賃金からマージンが引かれるので、
実際に労働者本人の手に渡るお金はさらに安くなる。

で、上記のようなことは至って合法的。

ここだけみても改善すべきことは3点。

収入が低い、或いは無い労働者であっても
年金の支払いが高額であること。

非正規の賃金がいくらでも安く設定できること。

派遣会社があり得ないマージンを取れること。

そのへんは厚労省がしっかり監視すべきなんだけど、
お役所が監督するのは基本的に正規社員であって、
非正規社員へはほとんど目をくれていない。

国民年金は、支払っていないと滞納という形になって
どんどん累積していくことになります。
そのうちホントに個人で支払えるような額ではなくなる。

年金とか健康保険とか、このあたりの支払は、
名前は「年金」とか「保険」といいながら
実際は税金と同様の扱いのものですからね。

ともかく、国民を保護する為の年金が
逆にその人の首を絞めるという本末転倒な状態に。


これは、基本的に日本が
労働者というのは正社員として雇用されることを
政策として奨励しているから、なんでしょう。

多分、非正規の労働者からは
税金が吸い上げにくいという事情がある為でしょうけどね。

だからといって、確実に全員から巻き上げられる
消費税を上げていこうってのは、どうも乱暴な印象。

こんな対症療法を続けていたら、
そのうち労働政策は破綻しますよね。

時代は刻々と変わってるってこと。

もう終身雇用という時代ではなくなってきているし、
労働者も、正社員でない働き方を望む人も増えてる。

そういう流れもしっかりみて
時代に合った政策を組んでもらわんとね。


とにかく、非正規がガツガツ切られてるから
非正規というもの自体をやめるべきだ、
という意見は、ちょっと安直過ぎるんじゃないかってこと。

非正規でも正社員と同等の賃金と待遇が受けられるような
法整備をする方を考えるべきなんじゃないか。

例えば、現場レベルは正規雇用なんて全部やめて
いっそみんな非正規雇用ってことでいいんじゃね?
(それでみんな条件が同じになる!)
…とかね。

ま、その場合は
当然、雇われる際のハードルは上がりますが。
(全員に正社員採用時と同等の能力が求められる)


とにかく、ここ最近のこの手の報道を見ていて
国の(イケてない)政策をマスコミが煽ってどうするんだ?
と、思ったのでした。

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