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November 27, 2008

クラウドコンピューティング

うおぉー犬飼いてぇー。


世の中には“ネットブック”なるものが出回ってるとか。

ネットブック?

そんな商品名かとも思ったけど、
機能をほぼネット利用の為の機能のみに抑えて
ハード、ソフトとも最小構成にしたノートPCのことらしいです。

価格も大体4~6万円程度。

PCでやることといえば、Webみてメールみてオシマイ
確かに、そんな人にはその程度のPCで十分用が足りる。

使わん機能はいらん。その分安くしろ、と。

ここ最近、機械に高性能、多機能はあまり追求されず、
どちらかというと使いやすさ、シンプルさ、分かりやすさ
そんなあたりが求められているようです。

そして安価なこと、か。


とにかく手間も金もかけずに、
まさに必要な機能に素早くアクセスしたい。
合理主義ね。

ただ、そうはいっても多くのビジネスシーンでは
ネットブックだと力不足という感はやはりある。

でも、それすら補完してしまおうぜ
っていう動きもあるのですな。

ネットブックには
ワープロやスプレッドシートのようなソフトがないので、
出先などで文書の作成や編集ができない。

ネットブックのディスク容量では、
あまり多くのデータを保存できない。

ネットブックのCPUパワーでは、
文書検索(Grep)が遅くてストレスを感じる。

何とかしてよドラえもん!

そんなワガママに応えて、上記のようなリソースは
ネット上で提供しちゃえってことになってきてるらしい。

WordやExcelがない?
そんなアプリはネット上で利用できるんだよ。

ディスク容量が足りない?
そんなのネット上に保存すればいいんだよ。

検索が遅い?
そんなのネット上で検索すればいいんだよ。

という風に、従来は自前のマシンで行ってた作業を
ネット上で提供されているサービスを使って実現する。
これを「クラウドコンピューティング」というそうで。

FF7の主人公ではないよ?

インターネットやTCP/IPネットワークは、しばしばクラウド(cloud=雲)と表現される。ここから、インターネット上の“どこか”にあるハードウェアリソース、ソフトウェアリソース、データリソースをユーザーがその所在や内部構造を意識することなく利用できる環境、ないしその利用スタイルを「クラウドコンピューティング」という。
 (@IT - クラウドコンピューティング より)

クラウドというのは“雲”のこと。
即ち、ネットワーク(インターネット)のことなんすね。

この雲のサービスがさらに強化されていけば、
確かにクライアントPCにはそれほどパワーは要らなくなりそう。

自PCにない機能が必要なときは、その雲を利用すれば良い。

自分では高性能なハードを用意する必要もないし、
高価なソフトを購入する必要もなくなるのか。

画像処理や音楽なんかをやるクリエイターや、
PCでゲームをやるゲーマーでもなければ、
確かにネットブック程度で良くなるんでしょう。


よくよく考えれば、Web検索ひとつとっても、
今まで辞書やらいろんな文献やらを必死で当たっていたのが、
キーワード一発で瞬時に答え(に近いもの)が出てくるのよね。
これだけで調べものという作業の革命ですよ。

と考えると、クラウドコンピューティングというのは、
意識してそれを利用する、というものじゃないかもしれない。

知らず知らずのうちにそれを使っていて、
いつの間にやらそれなしでは不便を感じてしまうようなもの。
なのかも。


てか、もうネットというインフラ自体が
なくてはならないものになってきてるしなー。

(それなしでは我々の商売はできないし!)


いろんなIT企業がここにお金のにおいを嗅ぎ付ける
その気持ちはとてもよくわかる。


むう。ここで何かスパークしろオレッ。

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November 24, 2008

信頼

連休になると風邪で寝込むというのは仕様ですか。


いろんなことで社会がネガティブになっていて、
もう何を信じて良いのかわからない
みたいな苦言をよく聞くようになっている昨今。

確かに、年金問題とか、食品偽装とか、
自治体の不正とか、振り込め詐欺とか、
ここのところいろいろ噴出してますが。


そこでふと思ったこと。

実はそれって、
ほとんど今にはじまったことじゃないよね。と。

今までみんなうまーく騙されてたってことで、
それが今になってバレてるってこと。

昔はこんな人間不信な世の中じゃなかったのに
なんていうご老人もいるんだけど、
実はその昔からみんな騙され続けてたわけでね。

それが隠蔽されて表に出てなかったから
一見平和にみえてただけなのかもしれない。

最近の話でいえば、
いろんな大学で大麻が売買されてたって話があったけど、
あれも最近に始まったことなのかどうかアヤシイところ。

実は昔からそういうことはあったんじゃないか。
ただ、バレてなかっただけじゃないか。

とかね。


よくよく考えると、
目の前に(手に入れられる)快楽がぶら下がっていれば、
大体の人間はそれに飛びつこうとするよね。

少なくとも迷う。

役所とかに勤めていて、
そこで管理しているお金を自由にできる権限があれば、
ちょっと着服してやろう、なんて魔が差すかもしれない。
その当人がお金に困っていればなおさらね。

普通に、100人同じ権限を持つ人がいれば
そのうち1人くらいはそういう人は出てくるんじゃないか。


自動車台数と交通事故発生数は比例関係にある、
という話があります。

アタリマエじゃないの?と思うかもしれないけど、
それがどういうことかといえば、
交通事故の発生確率というのはほぼ一定である
ということ。

例えば、交通事故発生率が1%とすれば
100台走れば、うち1台は事故に遭うってこと。
1000台走れば10台、10000台なら100台は事故る。

これは、運転者がどんなに注意していてもそうなる、
集計すれば必ずそういう数字として出てくる、という
確率統計的な話になってくるんですよね。

早い話、車が走れば必ず事故は起こるんです。


何がいいたいかというと。

政治家や役人だって人間だということ。
そしてそういう立場になれば、
自分の欲求を満たす手段が大幅に増える。

その中には不正もありましょう。
むしろ、真っ当なことを地道にやるより
不正に手を出した方が手っ取り早く快楽に浸れる。

人間がそういう状況にあるとき、
どこまで正当な立ち位置に踏みとどまっていられるか。

中にはいるんです。やっちゃえって人が。
必ず出てくる。人間だもん。

多分、これも交通事故と同じ話だと思う。


じゃあその交通事故を減らすにはどうすれば良いか。

運転者にさらなる注意喚起を促すか?
交通規則をもっと厳しくするか?
車の安全性能を向上させるか?

いずれも否。

そんなことをしても、
交通事故発生率は変わらない。

仮に事故発生率1%なら、
100台走れば必ず1台は事故に遭うのです。

一番単純なのは、車を運転するなということ。
走る車の台数を減らせば、当然事故も減ります。

同様に。

役人や政治家をもっと減らせばよろしい。

てか、やっぱり政治は機械にやらせ(ry


実際、人間のやることなすことに対する信頼というのは
最初から幻想ですよ。

相手も自分と同じ人間だとすれば、
もし自分がその相手の立場だったらと考えてみるといい。
果たしてその相手に全幅の信頼を置くことができるか。

何か約束をしたとき、相手がその約束を果たすかどうか、
100%の確証なんてない。

人間の場合、大事なのはその姿勢ですね。

同じ約束を破られた場合でも、
最初からやる気がなかった、或いは騙す意図があった約束なのか、
できるかぎり努力をした末に果たせなかった約束なのか、
これらは(全く同じ結果でも)全く別の評価になる。

人間に対する信頼というのは、
その結果よりも姿勢の方なのかもしれませんね。

あーちなみに。
私自身はどちらの信頼もゼロですヨ。

というより、やれる見込みのない約束は
最初からしないというスタンスですので。(あははっ)


今の政治家や役人はどうなんだろうか。

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November 19, 2008

誤報

テロ事件と通常の殺人事件との違いって?

どうも物騒な事件が起こってますが、
それに派生して変な方向で祭りになってるようで。

毎日新聞、「Wikipediaに犯行予告」と誤報→各テレビ局も釣られて報道
(blog.livedoor.jp)

んー要約すると。。

Wikipediaの社会保険庁長官の項で、
元次官の下村氏と吉原氏が殺害された
という旨の編集がなされたと。

その編集されたタイムスタンプが
例の襲撃事件発生よりも前だったことから、
これは犯行予告だという報道が流された。

でも、そのタイムスタンプは協定世界時(UTC)であり、
日本時間(JST)よりも9時間遅い。
(これはWikipediaの仕様。)

つまり、記事が編集されたのは
実際に事件が起こった後だったわけで、
犯行予告という報道は誤りだったと。

おかげで、編集した人が予告犯罪者扱い。

この内容はオンライン記事ばかりじゃなく、
新聞(紙媒体)の紙面にもしっかり掲載されたらしい。


ひどいよね。

多分、この毎日新聞の記者は
「こんなのに気づくのってオレだけじゃね?」的なノリで
スクープとったつもりだったんだろうけど、
これじゃゴシップ誌やスポーツ新聞と変わらない。

報道に情報の速さが求められるのはわかるけど、
正確性がなくなったら意味がないですよ。

しかも、今回のは裏を取るとかそれ以前の問題で、
記者がUTCというのを見落としていたなんてのは
(或いは、UTCの意味を知らなかった?)
ただのマヌケもいいところでしょ。

てか、電子記事のタイムスタンプを
そんなに信用して良いのか?と。

最近は新聞記事を書くにも
Wikipediaの情報が結構参考にされてるらしいんだけど、
参考どころか、それが元ネタになってやしないか?
などと勘ぐりたくなる。

例えば、
Wikipediaに要出典(情報元が不明な状態)の記事が書かれて、
それを元ネタにどっかの新聞が記事を書いちゃったとする。

当然、新聞はその元ネタがWikipediaなどとは書かないから
後から、その新聞の記事がWikipedia記事の情報元である、
なんて編集が入るかもしれない。

循環参照。

何がウソでホントだかって話ですよ。


今回、さらにひどいのは、
発端の記事を他の報道機関(テレビ局)も鵜呑みにして
大々的に報道してたってこと。

報道って、そんなもんですか。

そもそも、新聞記事で報じてる同じ内容を
またわざわざテレビで紹介する必要なんてないよね。
ぶっちゃけ手抜き?

今一番信じられる情報ソースは2ちゃんねる
というのも、何か解せない話ですよ。


あとね、最近の報道みてて気になってること。

まぁ人間のやることだから
百歩譲って誤報やらかすのは仕方ないにしても、
何かその事件の対象者(今回の場合はWikipediaを編集した人)
に対して悪意を感じるのは私だけですか。

あからさまではないにしろ、どうも「コイツを叩いてやろう」
という風にしかみえない(聞こえない)報道が多い気が。

週刊誌やワイドショーが話に色をつけるのは
ひとつの演出として(快くはないけど)まぁわかりますよ。

でも、報道は違うでしょ。

まずは事実だけを堅実に伝えるべきで、
そこに妙な意図や解釈を入れる必要はない。
てか、入れちゃ駄目。

記者やジャーナリストとしての意見はあってもいいけど、
それはあくまでコラムや社説などとして、
報道とは別枠で主張することなんじゃないかしらね。

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November 18, 2008

現代用語とか

今朝の東横線は酷かった。


近頃、日本語がおかしくなってきている。

ということが世間でよくいわれるんですが、
言葉というのは変わっていくものなんすね。
先週の爆問でそんな話をしてたんですが。

# そこでは抽象と具体について面白い話もしてたけど、
# それについてはまた書こうっと。

確かに、平安時代の日本語と現代の日本語は、
多分大きく違うんでしょう。
少なくとも書き言葉(書物として残っているもの)は
今の日本語と昔のとでは全然違う。

高校には“古文”なんて教科があるくらいだもんね。
(あるよね?今も。)

ところで、書き言葉というのは、
昔は形式ばった言い回しという印象が大きかったんだけど、
今は必ずしもそうじゃないですね。

ネット文化が浸透してきた今となっては
むしろ書き言葉の方が砕けてる感じになってる。

メールやWeb掲示板なんかでやりとりされる言葉なんか、
実際には喋らないだろう表現って結構あるよね。

それは書き言葉だからフォーマルな感じなのではなく、
面と向かってそんな喋り方したら殴り合いになるぞ、
みたいな言葉が当たり前に飛び交っているわけです。

その典型が2ちゃんねるとか。

書き言葉、というか、ネット用語というべきか。

さすがに紙媒体の書籍や雑誌なんかにまで
そんな言葉が使われてることは(まだ今は)ないですが
(それ系の専門誌は別としてね)
そうはいっても、ネット文化がそういう一般文化方面に
徐々に影響し始めているような気配はありますよね。

基本的に文字だけの文化なんだけど、
その文字だけで凄い表現力。
そこで展開されてる絵文字や壮大なAAなんかみてるだけでも
面白かったりするもんね。

あと、そういう表現がひとつの文化になるように、
そこに書き込まれる文章も、かなり独特。

本来は、です、ますで書く人も、
その板に書く段になったらえらい横柄な物言いになったり、
むしろそういう書き方をしなきゃいけないんじゃないの
的な雰囲気すら漂ってますよね。

例えば、何かを教えてもらう立場であるはずなのに
「おまいら知ってたら教えろ」みたいな。

といっても、常にそういう態度で通るかといえば
そこはその板の空気を読めないと
たちまち槍玉に挙げられるわけですが。

下手(したて)に出ないと駄目な場か、
ちょっとくらいデカイ態度でもOKな板なのか、
流れから見極める必要がある。

そこには砕けたなりのコミュニティルールが
暗黙にできあがってるんですね。


あれ、何の話だっけ。

言葉は変わるもんだって話だ。

爆問では「あ゛」(“あ”に濁点ね)という言葉(文字)は
今は正式な日本語ではないんだけど
そのうち定着すれば日本語になるんじゃないの
みたいな話してましたが。

そのうち、絵文字も辞書に載るようになるかもしれない。

AAとかどうなんすか。

てか、現代用語の基礎知識って本があるらしいんですが、
それの2008年のラインナップがカオス過ぎるんですが。
(あー、この「カオス」ってのもその類かなぁ)

「アサヒる」「初音ミク」「ローゼン麻生」、現代用語の基礎知識に
(itmedia.co.jp)


ちょっと面白いから、
ここでちょっといくつか取り上げてみる。

Continue reading "現代用語とか"

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November 12, 2008

特別給付金に思う

いろんなものが下落してます。
私のお腹も。。。


やっぱり納得いかんのですよ。


なんで政治家や公務員の給料は固定なの?
財源がないなら、増税の前にまずそこでしょ。

国や自治体の財政なんて、
民間企業だったらとっくに倒産してて良い状態でしょ。

なんでそんなことを書いてるかというと、
特別給付金って話があるじゃないですか。

各家庭に1人1万円ほど配るってやつ。

そいつの所得制限を設ける云々で
何かすったもんだしてたじゃないですか。

そこで、もし制限するとなった場合、
自治体の負担が増えるとかいってましたよね。

つまり、お金を出す担当の自治体(社保庁?)が
各世帯の所得を把握する必要があって、
それを調べる手間がかかるとかどうとか。

でも、それって、そんなに手間か?

と、素朴に思ったんですが。

住民票出すときに
住民情報調べる程度の話なんじゃないのか。

世帯ごとの所得はまた別部署管理になってるってこと?
でも、自治体は各世帯の所得を把握してるからこそ
健康保険料とか住民税とか決められるんですよね。

いや、どんな理由であれ「調べるのに手間がかかる」って
公務員として職務怠慢なんじゃないの?って話。

今回、所得制限をするって話になったとき、
各自治体からかなりブーイングが上がったらしい。

でも、自治体も市民から税金をもらってる以上
市民の生活を支援するのが仕事(てか義務)なんだから、
市民の所得を調べろといわれたら
文句言わず調べるくらいしたらどうだろうか。

その作業をするのに時間や人手が必要になって
そこに余計な税金が使われるとなると本末転倒なんだけど、
もしそうなら、それって普段から情報の整理ができてない
ってことよね。

それこそ職務怠慢じゃないの?

って思うんですが。


結局、官公庁とか自治体とか
そういう場所の体制が縦割りで非効率的なままだから、
あっちからこっちへの情報の受け渡しにすら
時間がかかってしょうがないって話になるんでしょ。

この書類をあの部署に出すには
どの部署の誰ソレのハンコがいるとか、
まだそんなことやってるのかな。

実作業をする職員は悪くないのかもしれないけど、
その体制や情報管理を監督すべきエライ人?が
仕事しないでフラフラと遊んでるんじゃないのかと。


私は、給付金とか所得制限するしないとか
ぶっちゃけそんなんどうでもいいんですが、
その件で国と自治体とがやってた問答をみてて、
どうも腑に落ちない感覚になったということです。


本当に損得抜きで危機感を持って変えようと思う人が
官僚とか自治体の内部にいないと、
ぬるい体制はぬるいまま変わらないんでしょうな。

だって、仕事しなくても固定給だもんね。

まずそこ変えないと。実力、実績評価にしないと。

毎日ハンコついてるだけのオッサンに
月100マンも200マンも払ってる場合じゃないよ?


私より高い給料もらってるクセして
絶対私より仕事してないもんなー。

くそー。

もう、トイレ行ってこよ。
(食事中だったらごめんなさい)

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November 08, 2008

X-ファイル 真実を求めて

観てきたので、とりあえず感想。

 X-ファイル : 真実を求めて
 (foxjapan.com)

ネタバレありなので、
これから映画を観る予定の方はご注意ってことで。


最初に、ちと前置き。

TVシリーズを観ていた人ならわかると思うけど、
シリーズ中のストーリーには大きく2つの流れがあって、
ひとつは“陰謀モノ”、もうひとつが“超常現象モノ”。
(そんな正式呼称があるかどうかは知らないけど)

陰謀モノの方は、
政府が異星人と何らかの接触を持っていて、
その2者の間で何か悪巧みが進行しているとして
その陰謀にモルダーとスカリーが迫っていくという内容。

で、モルダーは過去に
彼の目の前で(おそらく異星人に)妹を攫われる
という体験をしていて、今なお行方不明の状態。
(これってまだ解決されてないよね。その生死も曖昧)

調べていくうちに、その誘拐は
陰謀に巻き込まれたことによるものだと分かってきて、
モルダーがしつこくそこを追求しているのは、
彼の妹を探し出すという目的もあるってことなんすね。

この陰謀モノは、X-ファイルのシリーズを通して
メインストリームとなっている話。

一方、超常現象モノの方は、
各地で起こっている不可解な現象を調査するというもの。

こちらは異星人とか政府陰謀という括りはなく、
地方の伝承、伝説や宗教的なオカルトの話だったり、
お化けや怪獣の話だったりとノージャンル。

話によっては続編があったりもしますが、
基本的にはそれぞれ単発でストーリーが完結します。

で、今回の映画ですが。

私はてっきり前者の陰謀モノの方だと思ってたんだけど、
観てみたら実は後者の類の話。

それもあって、TVシリーズの1話が
ちょっと長くなったような内容だなぁ、と感じました。

今回のテーマは“現代のフランケンシュタイン”ですか。

FBIの女性捜査官が行方不明になる
というところから話は始まって、
その捜査にある神父(超能力者?)が関わってるんだけど、
彼にはその犯行の様子の映像が見えるというのですな。

その後、行方不明になる人が他にも何人か出てくる。

それは、ある組織(?)が誘拐してるからなんだけど、
その目的は、ある人物を生きながらえさせる為に
さらった人たちの臓器を継ぎ接ぎするため、なのかな。
最後は頭を挿げ替えてしまおうとするんだけど。

ネタバレすれば、その超能力者の神父には
犯行現場にいたその人物の見ている映像が見える、
ということだったんだけど、
これって、TVシリーズのX-ファイル本編でも
似たようなネタがあった気がする。

今回は、神父とその人物とが
命までも一心同体だったみたいですけどね。
(その男が死んだのとほぼ同時に神父も死んだっぽい)

観終わってみて、私はあまり満足感はなかったんですが、
この中途半端な感じは、X-ファイルらしいといえばらしいか。

逆に、らしくないところもあって、シリーズ本編では、
モルダーとスカリーは男女(そういう関係)として描写されることは
まずなかった(つかず離れずって感じだった)んだけど、
今回はもうそういう間柄として演出されてますね。

さすがにシリーズ終盤で2人の間に子供までできてるので
(明確じゃないけど、2人の子供だろうってことになってる)
ここでまた離しちゃうのも逆に不自然なんでしょうね。

でも、夫婦ではないようで。
(劇中でスカリーは「夫ではない!」と否定している)

あと、X-ファイルのシリーズを見たことのない人には、
登場人物や作中のネタのいくつかがわからないかも。

モルダーはひまわりの種が好物とか、妹の写真とか、
暇になると天井に鉛筆を刺して遊ぶクセがあるとか、
途中で登場するスキナー副長官は
モルダーとスカリーのFBI時代の上司だとか、
このへん作中でほとんど何の説明もないのよね。

X-ファイルのファンならニヤリとするところですが。

まぁ知らなくてもストーリー自体は追えますが、
知らないとネタ部分が意味不明に終わっちゃうので、
あまり面白くないかもしれません。

今回の感想をひとことでいえば
映画にするほどの内容じゃないかも?
というのが正直なところ。

クリス・カーター(X-ファイルの製作総指揮をしている人)は
このネタに何か特別な思い入れでもあったのかな。

シリーズの1話としては面白いとは思いますけどね。


てか、モルダー復活したなら、
X-ファイルまたシリーズやらないかなぁ。

(ドゲッド版はもういいけど。)

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November 07, 2008

筑紫哲也

秋というのは訃報が続くイメージがありますが、
これは私の中で一番インパクトでかいかも。

筑紫哲也さん死去、ニュースキャスターで活躍
(nikkei.co.jp)

左寄りだとか弱腰だとか(批判されても反論しないから?)
何かいろいろいわれてたみたいですが、
メディアで持論を展開するという職業である以上
あちこちから叩かれるのは宿命ですからね。

私の中では、もはや唯一まともなコメントができる
ニュースキャスターでありジャーナリストでした。

筑紫さんのコメントには
いつもそういうだけの根拠や理由となる知識があって、
これはこうだから自分はこう思うんだ、ということを
自分の言葉で伝えられてた人だったんですね。

根拠もなしに思い込みだけで喋ってるようにみえる、
或いは誰かの受け売りや言わされている感のある
最近のキャスターやコメンテーターとはそこが違ってた。

私は筑紫さんの話全部に共感してたわけじゃないけど、
なるほど!と思わされるところも結構あって、
(実際、私にとってはそこが大きいと思うけど)
その話はいつも興味深かった。


NEWS23は中学生の頃から見てましたよ。

私がニュース番組なんてものをマトモに見始めたのは
NEWS23が最初だったんじゃないか。
中間、期末試験の勉強とかしてても、
その時間になったら23だけは必ず見てましたね。

社会に出てからも、時間までに帰宅できたら
必ずTBSをつけてたし。
(さすがに録画まではしてないけど)

時間過ぎたら「ああ、今日は筑紫さんに会えないな」
とか冗談いってたもんなー。

そんな具合で23を見ることは私の日常だったんだけど、
去年筑紫さんが降板してから、全く見なくなったのよね。

何か、他のキャスターのコメントって
ただ余計だとしか思えなくなってしまった。

後継キャスターである後藤氏のコメントも何度かみたけど、
彼の場合、何か当たり前のことしかいってないのよね。
市民が誰しも思っているだろうことを喋ってるというか、
キャスターがわざわざテレビでいうことじゃない。

そうなってしまって、
もうニュースにキャスターなんかいらないと思うようになった。

ニュース番組は出来事だけ伝えてくれれば良い。
それについて何を感じるかは視聴者に任せてくれと。

最近は、テレ東のニュース番組とか見てますよ。
あとはNHKニュースとか日テレNEWS24とか。
もうそんなんでいいです。

こうしてみると、私は23でニュースをみるというより
筑紫さんのコメントを見てたってことかもね。


もう20年近く私にとって日常的な人だっただけに
今回の急逝はちょっと(てか、かなり)ショックです。


とにかく、お疲れ様でした。

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November 05, 2008

よ、大統領

どうやらオバマさんに決まったようで。

史上初の黒人大統領。

それが実現した背景には
TVドラマ“24”のヒットも影響してるんじゃないか
って思ってる人は私だけじゃないはず。

ところで、“黒人”って言葉は
差別用語じゃなかったっけ?

アフリカ人系、というのが良いのか。

ま、どうでもいいや。


何色の人が大統領になるかなんてことは
そもそも本質的には大した問題じゃなく、
その彼が一体どれだけの政治力を発揮するか
ということの方が当然重要なのです。

とにかく、今のこの経済をどうにかしないと。

経済だけじゃなく、
アメリカが世界中に撒いてきた戦争の火種も
この際きれいに掃除してもらいたいもんですね。

アメリカが世界の警察を気取るのは結構ですが、
ケンカの元をつくってるのもアメリカだったりするわけで、
マッチポンプといわれても仕方がない。

そういうムダなポリシーを省いていくことも
大きな経済効果につながるはず。

ところで、民主党は内政重視、共和党は外交重視
とよくいわれてるんだけど、
オバマ政権ではどうなるのかな。

経済の建て直しもまず国内からとなれば、
海外企業が締め出し食らう可能性も
少なからずあるんですよね。

当然、日本企業も例外ではない。

てか、むしろ日本の企業が
アメリカの国内産業を脅かしてる部分が大きいので
(自動車とか電気機器とかいろいろと)
日本に対する風当たりは強くなるかもしれないね。

ま、内政重視で戦争に向かないというのであれば、
それはそれで結構な政権かもしれません。

共和党はどうも好戦的なイメージあるし。


とりあえず、平和ならそれでいいです。

平和を目指すことも経済効果は絶大ですよ。
(デカ過ぎる軍事費ちっとは削れってこと)

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November 04, 2008

消去シマス

やっべー。
11月ですよ。のーべんばーですよ。
どうしますか。どうしてくれますか。

助けてぇー。

何を助けてなのかはわかりませんが
なんかそんな気分。


そんな心の叫びはさておき、
またアレ系の話が出てたので反応してみる。

「脳から特定の記憶を消去」に成功:タンパク質の操作/マイクロ波等の照射が記憶に影響
WIREDVISION.com

電波で脳に作用するって話があった時点で
こういうのもあるんじゃないかと思ってましたが。

網膜にピカッっとやって記憶を消す
とか、MIBの映画まんまですね。

これ、本当に“正確に”かつ“安全に”やることができるとしたら、
世の中の鬱患者とか精神病患者の大半が救われるよなぁ。

人が心の病にかかるのは、多くの場合
何か心に圧力や衝撃がかかることが原因。
生まれたときから精神病なんて人はいない。

つまり、生まれてから今に至るまでのどこかで
何かその原因となる体験をしてるってこと。

その体験はそういう記憶として心に刻み込まれていて、
あらゆる局面でトラウマとしてその人の心を襲ってくる。

なので、その記憶部分をウマく消してしまえたら
原因となる体験がなかったことになるわけで、
即ちトラウマもなくなるってことになる。


とはいえ、そう良い話ばかりでもないんでしょうけどね。

そういう技術が医療として利用される分には
かなり有効なものだったとしても、
最初に開発されてるのは軍事目的
というのは定石だったりするわけで、
良からぬことに使われる恐れも当然ある。


ま、そんなことが実現できるかどうか
今の時点ではまだ怪しい段階ではありますけど。

人が記憶を無くする、という現象自体は
意図的でなければ実際にあるわけで、
それを外部から何か作用することで発現させる、
ということ自体はアリといえばアリなのよね。

ただ、記憶を志向的に消せるのかどうか、
つまり、どの記憶を消すということを選択できるのか、
というあたりが、ちょっとアヤしいところ。

昔のマウスの実験では
今しがたの記憶を消すことに成功していたようだけど、
長期記憶の中からどれを消すということが
その同じ研究から求めることができるかどうかは
ちょっと注目されるところですかね。
(記憶の物理的な座とか、そういう意味でも。)

てかね。たった今の記憶なら
私なんか常に喪失してますよ。

あれ、今何しようとしてたんだっけ?みたいな。

それってやばい?脳細胞死んでる?
ふー。歳は取りたくないね。

って、そんな話じゃないんだけど。


でも、思い出したくない想い出とか、
つらいとか、悲しいとか、苦いとか
そういうあたりに分類される記憶を消してったら、
ほとんどの記憶が消えてなくなるね。

何か誤ったらそれを修正して
良さそうと判断できる方向を模索するのが人間なので
(てか、脳ミソのある生物は大体そのはず)
その誤りの記憶を消してしまったら、
また同じ誤りを繰り返すってことになる。

要は、学習能力を削ぐって話にもなってくるので、
やりすぎも良くないということは
そういう技術の使用規範に据えておく点ではあるでしょう。


それにしても。

こうして人の記憶も、切ったり貼ったりできるとなると
人は何を信じていけば良いのか不安になるよなぁ。
自分が自分だと感じているアイデンティティというのは、
それまで自分が体験してきたこと、
つまり自分の持つ記憶にほぼイコールでしょ。

生まれたときから今までの記憶というのは
ずっと途切れることなく連続しているはずだ、
というのはもう暗黙の了解事項だもんね。

でも、それが部分的に消せたり
或いは他所から持ってきて挿し込んだりできるとすると、
もしかすると、子供の頃のあの想い出は
実は自分のものじゃないかもしれない、
てなこともあり得てくるわけです。

むしろ、実は日常的に、当たり前に
記憶の組み換えは起こってたりしてね。


んなわけあるかい!とか
確実に否定もできないしなー。


最近、時間が経つのが異様に早く感じるのも、
遠足の原理(と私が呼んでいるもの)かなー
なんて勝手に思ってるんだけど、
実際は、本当に記憶が飛んでたりして。

歳をとると、記憶も量子化しやすいのかね。
(細かいことは全部まるめられてたり)

そのうち記憶だけ電磁的に保存できたりしてね。


うほ。Xファイル。


あ、そういえば
映画化第2弾がでるっぽいすね。Xファイル。
(モルダーさん、病気は大丈夫なのか?)

それにしても、えらいブランクで。
何で今映画化なんだろ。

まぁ観ますけどね。


あーもしかして、この感覚もそうなのか?

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