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December 31, 2007

来年こそ

この年末年始は帰省する予定だったんですが、
いろいろありましてこちら(横浜)へいることに。

やっぱりギリギリまでひっぱるというのは、
何にしろ良くないってことなんすね。
何で人は期限ギリギリまでコトを完遂しないんですかね。
もう自分も含めこれが不思議。


うちのアイロンが絨毯に倒れてしまって、
板が毛だらけになってこびり付いてしまってるので
(今年春に買ったばかりのアイロンだったのに!)
新しいアイロンを見繕いに電気屋に寄ったのです。

アイロンって何気に高いんですよね。

フツウのグレードのを買おうとすると
軽く5000円は超えて1万円くらいが標準的。
鉄板を熱くするだけなのに、
何でそんなに高いんだろうとこれも不思議なんですが、
まぁいろんな安全機能があるんだろうなと、
あきらめ気味に品定め。

しかし最近ほとんどコードレスなんですね。
コードレスアイロンが最近だなんていってる私は
多分だいぶ時代遅れなんだろうと思いますが。

で、コードレスのやつはおよそ7000円から1万円ちょい。

どうせワイシャツを伸ばすくらいしか使わないから、
そんなオシャレなもんでなくてもいいやと
有線のやつを選んでレジへ持っていったら

 「14800円になります。」

…えっー?

なんで。コードレスの方が高いんじゃないの?
線がついてる方が絶対安いと思ったのに。
でも、レジまできて値段まで告げられて、
ここでやっぱり違うやつというのはあまりにカッコ悪いわけで、
半泣きでその14800円のアイロンを購入するのでした。

値札確認しろよってね。
それにしても、ワイシャツ伸ばすくらいにしか使わないのに
14800円か。

で、どんだけ高性能なアイロンだよと、
家に帰って箱を開けてみたら、
えらい巨大なアイロンが登場なさるじゃないですか。

そういえばコードレスのやつは大抵小型だった。
箱の大きさはみんな大体同じだったんだけど、
コードレスアイロンの場合、
その台(充電するやつ)が嵩張ってたんですな。
コードレスじゃないやつは、
アイロン本体だけで箱の大きさが同じだったと。

あーなるほどねー。

って納得しても、虚しさは変わらず。


来年こそは、もっと確実な道を生きるようにしないとね。
って、そんなもんないんだけど、
要は、確認できることは確認して進むようにしたいですね、と。


皆様、良いお年を。

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December 26, 2007

ひとりごと

メリークリスマス。

日付かわってるよ?

あーわかってるよ。ええわかってます。
いや、ボクはアメリカの人たちにいったんですよ。
アメリカではまだクリスマス。

どうも最近、いや最近に限らないんだけど、
自分が常に人より賢いんだぜっていう人ばっかりで、
実は自分がバカだという想定が全くないあり得ない仕様が多くて、
そんな人たちばっかりだから
世の中には負の感情しか鬱屈しないんだと思うのですよ。

何か話せば自分は賢いんだぜっていう人がしゃしゃり出てきて、
それは確かにもっともだが、しかしね、そんな考え方はだめなんだ、
もっとこうあーだこーだ…とかなんとか
したり顔で説教を始めたがる人がいるわけです。

まぁ実際に説教する人もいれば、心の中でバカめと思う人もいる。
実際はそっちの方が多いんでしょうけど、
いずれにしろ、自分の考えの方が上である、という立場は変わらず。

要は、相手の話もちゃんと聞けってことです。

最初から聞く耳持たずとはこのことで、
自分の考えの方が上策であると見込んでいるうちは、
相手の話なんか右から左なわけですよね。

まぁ聞け。まぁ座れ。もちつけ。

世の中がもし何らかの法則で動いているとするなら、
そこに発動している現象というのは、
再現性を要とする法則というものから、
かなりかけ離れてるよなぁ、
なんて思うのは私だけではないはずだ。

本当に科学の肝である規則性なんてものが重要なのか?
とさえ思えてくる。

でも、その表象の断片を見る限りは、
確かにある規則性や法則がそこにあるのであり、
それが科学文明の社会をここまで発展させた礎でもある。
それは厳然としてそこにある事実。

ここに妙があるね。

部分的には法則性があるのに、全体としてカオスなのは何故。
科学の“科”というのは科目の科であり、
つまり分野別に敷居をつくって、
それごとに物事を分析していけば確からしいことが導ける、
そういう学問なんですわね。

そういうやり方が今の成功を生んでいる、ともいえる。

しかし、ずっとそういうやりかたでは、
もう今後進歩はないだろうなぁ、
と思ってそこを壊してくれる人は現れないかと思ってるのだけど、
なかなかそういうパワーのある人もいなさげ。

じゃあオレサマが?

いや、ボクはバカですから。
馬鹿。馬と鹿に失礼だ。


実は馬や鹿の方が全てマルっとお見通しなのかもしれないよね。


いや、もう年末とは信じられん。

さっき2007年始まったと思ったのに…。
それは言い過ぎだが。


以上、今日電車に揺られながら思ったことメモ。

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December 16, 2007

架空の敵

出かけようとしたら、駅がすごいことになっていた。
新横浜でサッカーあったんすね。

最近帰りも遅くなって見えなくなってしまったんだけど、
以前、爆笑学問という番組の中での太田さんの言葉が、
このところ頭の中をぐるぐる回ってます。

といっても正確ではないんだけど、
第二次大戦中、日本とアメリカが対峙していたとき、
日本はアメリカを鬼畜だといい、
アメリカは日本を悪魔だと呼んでいたことについて、
それは彼らがお互いの国(の人)について
勝手に想像したイメージなんじゃないか、ということ。
(何かそんなニュアンス。)

どういうことかというと、その当時、
アメリカ人は日本人のことをよく知っていたわけじゃないし、
生身の日本人と会ったことすらなかったわけです。
同様に、日本人もアメリカ人を知っていたわけではないし、
会ったこともない。

このとき、アメリカ人は日本人を憎んでいたわけじゃなく、
アメリカ人の頭の中でイメージされた架空の日本人像に対して
憎しみを抱き、それに敵対していたのではないか。
日本人も同じく、架空のアメリカ人に敵対していたのではないか。

これは、実は戦時中だけではなく、
現代社会の人間心理の中にもあるんじゃないかと思うわけです。

例えば、つまらないことで人とケンカをして別れたとする。
別れた後、防衛本能から自己弁護の心理が立ち上がり、
その相手が自分のことをあれこれ悪く思っているだろうけど、
自分の方に正当性があるので相手のその主張は誤りだ、
などと思ったりする。

でも、そのとき、
相手が自分のことを責めているとは限らないんですよね。
むしろ反省しているかもしれないし、
そんなことはすっかり忘れているかもしれない。
事実がどうあれ、とにかく自分という心の中には、
自分を悪く思っているだろう相手の偶像がいるわけです。

これは実際に会ったことのある相手でさえそうなるんだから、
会ったこともない相手だと、
なおその偶像の真実性は薄くなっていくはずです。

にもかかわらず、会ったことのない、
よく知らない相手であればあるほど、
その偶像はより悪質化、悪役化して、
それに対する憎しみや怒りの度合いが大きくなるような気がする。

ただ、こういう心理が現れるのは、大抵の場合、
その相手が自分に対して
何らかの被害や悪影響を及ぼしていることが条件ですけどね。
(無害な相手を憎むほど荒んでいなければ。)

これは人に対してでなく、
国や企業といった集団に対しても同じですね。

特に自分の日常の生活がままならなくなってくると、
それを誰かのせいにしなくては気がすまなくなる。
その相手は大抵政治や役所です。
あるいは、インフラに不満が出てくると、
そのインフラを管理している企業や団体に白羽に矢が立つ。

実際その責任があるんだから、
それを管理している集団が攻めを負うのは当然ではありますが、
それにしても最近、
みんな人のせいにしすぎだろう、と思うことが多々あります。

本当にそれは、自分(アナタ)自身に責任は全くないんですか。

何となく、その架空の敵といえる偶像が大きくなり過ぎて、
その敵を倒さないと気がすまない状態に陥っているんじゃないか、
何かといえば敵をつくらなければ気がすまなくなっているんじゃないか、
そんな人が最近多くなってきているような気がする。

本来は、誰それが悪いんだ、そいつが何とかすべきだ、
と不平をいう前に、何か自分にとって不都合なことがあるのであれば、
それについて自分自身に何かできないか、と考える方が先決です。

その努力をした上で、自分の力では何ともならないなぁ
となったところで、人の手を借りることを考えるべきでしょ。
そしてそのとき、それをしてもらうのは当たり前だ、という精神ではなく、
良かったらやってもらえないだろうか、の精神であるべきでしょ。

国に対しては税金を払っているんだから、
それ相応の恩は返してもらわないといかんと思うのは正論ではあるけど、
国民がみんなそんなことをいいだしたら、国は一気に潰れるでしょう。
不満を表に出さず黙々と納税している良心的な国民もいるから、
なんとか国は立っていられるんだというのも事実なわけで。

あー何がいいたいかというとね。
最近みんなケンカっ早過ぎ。ということですよ。

デフォルトで他人は敵になってませんか。
助け合うべき相手、ではなく、対抗すべき相手、になってませんか。

…などといっている私の心の中にも、
そういう偶像(ルサンチマンを持つ人々)が踊っているわけですがね。

敵は少ないほうが人生は楽しいのに、
何でみんなそうやっていっぱい敵を増やしたがるんだろうかと、
そんなことを思う年の暮れなのであります。


ま、それでも平和なら、それで良いですが。

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December 08, 2007

MT

あー今週も休日出勤であります。
くそー。

私の車もだいぶ年寄りになってきまして、
もう買って10年過ぎてることもあって、
ディーラーからしきりにカタログが送られてくるのです。

今まではそんなもん買う余裕もなく、
カタログとか見向きもしなかったんですが、
フリーになってからだいぶ生活にも余裕が出てきて、
車買うかマンション買うか、いっそ島でも一個買うか?
みたいな気分になってきたわけです。

それはまぁ、言い過ぎですが。

島はともかく、
とりあえず車とマンション両方は買えないので、
今後貯金するにあたっての目標を立てるかな、
という気持ちの余裕がほんのり出てきたと。

で、車のカタログとか久々に眺めてみたわけです。
そこでまず衝撃だったこと。

MT(マニュアル)車がないよ?

少なくなってるだろうなーとは思ってたけど、
もう今や普通クラスの車種では
ラインナップからMTの選択肢は消えてるんですね。

ATとかセミATとか。
セミATってのは、手動でギアを選択できるというだけで、
結局機構としてはATですからね。

ちなみに、今度出たNISSAN GT-RですらセミATですって。
(仮にMTあってもGTRなんて買えないけど。)

車種によっては
カスタマイズでMTに載せかえることもできるみたいだけど、
それだとATよりも高くなったりして本末転倒だしね。

昔は同じラインナップにATとMTがある場合、
MTの方が8~15万くらい安かったんです。

それで、当時学生だった私は、
安いMTを選択して今に至ってるわけですが、
今はもうMT車でないと運転してる感がないんですよね。
特に走り屋ってわけじゃないですが。

AT車は確かに楽チンですけど、
機械を操作してる感がないんですよね。
男なら楽チンよりも、そこにこだわるわけです!

あと、最近ガソリン価格の高騰が激しいわけですが、
ATというのはMTよりも燃費が悪いといわれていて、
普通の感覚で運転すれば(ブンブン噴かすとかせずに)
大体1~2割くらい燃費に違いが出るといわれています。

最近はATの性能も上がってるので、
そこまで開きはないとは思うけど、
それでも1割もガソリン消費削れれば結構でかいし、
エコにもなるじゃないですかね。

そんなわけで、
普通クラスのラインナップにMT復帰求む。

ホンダ車のカタログを見る限り、
タイプRクラス以外のMT車は消え去ってました。

EuroRかシビックか、あとはS2000か。
この中では一番安かろうシビックでも300万近いね。


んー。あとは、軽トラ?

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December 07, 2007

EM

気づけば年末。

今日、スーツのボタンが飛んだんです。
ブチッと。
いや、太ってないっすよ。むしろ痩せてるはず。

あー裁縫スキルが欲しい。


今朝、駅までついたところで
携帯電話を忘れているのに気づく。

あーっと思って引き返しかけたけど、
まぁいっか、と思いなおして、
そのまま切符を買って改札を抜ける。

モバイルスイカなんです。

なので、電話忘れると、
電車に乗るのに切符買わなきゃならない。

で、昼休み、コンビニでコーヒーとか買うも、
あ、小銭がいるんだ、と財布ごそごそ。

そう、Edyもつけてるんです。

もうね。
最近は電話としてなんか使ってないですよ。

まさにお財布ケータイ。

この端末持ってれば、
ホントに財布いらないんだということを、
今日改めて実感した。

電車乗るのも、買い物するのも、
全部この電子マネーってやつで清算できる。
むしろ財布忘れても、携帯あればOKみたいな。

便利な世の中になったもんじゃのう。

都内なら、このスイカとEdyがあれば
結構立ち回れるんだけど、
7-11だけはだめなんすね。

あそこは独自の電子マネー使ってる。

もう片意地張らないでどれかにあわせようよ、
と思うのは消費者が遍く思うところだと思うんですがね。

PASMOが出たときなんか、
あれだけ消費者食いついてきたのは、
スイカとの互換が大きかったと思うですよ。

一種類にしろとはいわないけど、
ああして異種のカードも相互利用できる形がいいよね。

ところで、
電子マネーの運営会社はどうやって儲けてるのかなと
前々から不思議に思ってたんだけど、
電子マネーがチャージされたその時点で、
何も売れなくても入金があるというのが良いのかなと。

やってることは銀行に近いんですかね。

あと、そういう入金があれば、
おそらくそれが全額使い切られることはほぼなくて、
大抵ある程度残る状態になるんですよね。

チャージが少なくなってきたらまたチャージされるし。

で、そういう金額がたとえ小額でも、
利用者が増えれば増えるだけチリ積も式に増額する。

パスネットなんか、最後まで使い切れなくて
数十円とか残った状態のカードが
財布の中に忘れ去られているということが
私なんかは結構ありがちだったんですが、
その数十円も、利用者が増えればかなりになる。


良い商売考えたもんすね。


ところで、最初は「スイカ」もどうかと思ったけど、
「スゴカ」ってネーミングも、どうなの。

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