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November 21, 2007

信念

ウサビッチが面白い。

頑張るのは損だとは前々から言ってきたけど、
それがわかっていながら頑張ってしまう性格というのもあって、
それ自体が損な星の下にあるのだなぁと感じることつくづく。

そうだ、あのことを書こう。

世の中に確かなものなどない、ということは、
ことあるごとに科学哲学の話の中でいわれていることだけど、
確かなものがないがゆえに、
自分の信じる何かを持っていなければ生きていけない、
という裏返しもあるということ。

そのようなものの典型は宗教だと思うんだけど、
しばしばその信じる絶対的存在のすれ違いと衝突で、
人同士が争うことになる。

そのような所業は我々の信じる神は許さないはずだ。
神の名の下にヤツらに制裁を加えなければならない。
そんな大義名分を掲げて蜂起されたら、
その矛先をあてられた方も、
これは我々の神に対する挑戦であるといい、
そっちもそっちで自分の正義を立てて対抗すると。

そんなことがもう何百年も人類の歴史の中で
ずっと繰り返されているわけですが。

それが不毛だということは、
多分その時代の人類もわかっていたんじゃないか。
というか、今も実はみんなわかってるじゃないか。

わかっていながら、あえてやってる。

だから、人が戦争をいつまでもやめないのは、
人間が学習しないバカだからとか、空気嫁とか、
そういう問題じゃない気がするのよね。

つまり、信じている絶対神が許さない、
という架空の感情が、集団的な動機を発露させて、
ついには最終的な形に転じていく、という
いわば法則のようなものがある。

結局その原点は、人が何かを信じる、
というところに帰り着くんじゃないかという思いがしていて、
人は何かを信じなければ生きていけないのだけど、
その信じるものが動く(ように感じる)からには、
それに従わなければならないように錯覚してしまうんだろう、と。

例えばその人が心から尊敬する誰かさんが、
「キミが彼に怒りを感じるのは当然で正しいことだ」と宣言すれば、
たちまちそう思い込んでしまうだろうということ。

誰にでも何か心の拠り所は必要。

それゆえに、人間(の心)はそれに関して、
かなり融通が利かない部分があるのだ、ということですな。

おそらく、ふむナルホドねとその理屈が解せたからといって、
それでもやっぱりそこは譲れないでしょ。

オレサマの×××を侮辱しやがったなコノヤロウ!
アタシの大切な○○○サマをバカにするなんて許せないッ!

だから戦争も終わらない。

AC6も終わらない。
HARDのアニ機の動き、あれはあり得んですよ。。

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