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October 31, 2007

無知の知

渋谷駅で、昨日オヤジがゲロ吐いて寝てた同じベンチに、
今日はキレイっぽい女性が座ってた。

知らぬが仏。

さすがに汚物がそのままってことはないんだけど、
知ってたら絶対避けるところよね。

何でもそうだと思うんだけど、
やっぱり知るより知らない方が幸せなことは多々ある。
無知でいるのが長生きの秘訣だとか誰かいってたけど、
それは実際正論ではありますよ。

でも、どんな辛いことであっても、
それがどういうものかまで知りたくなるのが人間。

それが激辛であると知っていながら、
それでも食べてみたいと思う気持ちというか。
怒らないからいってみろ、というので、ぶっちゃけたら
やっぱり怒ってしまう人の気持ちというか。

してみると、知る、ということは2段階あるんだね。

まず、そのコト、そのモノ自体の存在を知ること。
そして、そのコト、モノについて知るということ。
で、その最初の段階、存在を知ってしまうと、
それが何かまで知りたくなる。

だから、真に無知でいようと思うなら、
存在すら知らない状態を保たなければならないと。

今日そこに座っていた女性は、
その同じ椅子に昨日は汚物が盛られていた、
という事実それ自体を知らないから、
とりあえず幸せでいられるわけです。

ここで仮に、昨日その椅子に何かあったらしい、
という事実(の存在)をその人に教えたら、
おそらく彼女は、それは一体何だったの?
ということまで知りたいと思うだろうと。

そして、その事実の詳細を知ってしまうと、
彼女の肝のすわり具合にもよるけど、
少なからず彼女の心の平和は破られる。

幸せでいるために肝要なのは、
真実の存在自体を知らないでいることなんです。

バカでいるのが一番幸せ。

ということは、賢い人は大分損してるのかもね。
いろいろ知り過ぎていると、
悩みの種もそれだけ増えるということでもある。

最近は賢くないと生き残れない時代ではなく、
無知でも元気に生きていける世の中なので、
むしろ大いに無知な方がお得なのかもしれませんな。

そうはいっても、
できればバカより賢くありたいと願うのも人間でして、
意図的に無知でいる人はそういないんでしょう。

自分は無知だと思っている人は実は賢くて、
自分は賢いと思っている人ほど無知である、
といったのはソクラテスだったか。

不条理にみえて、
実はそれでうまくいってるのかもね。


とりあえず私は、
あの事実を知っている以上、あの椅子には座りたくない。

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October 28, 2007

Trick or Treat

名探偵コナンは字が多すぎて読み疲れるね。

10月も終わりです。
そしてマンションの契約更新です。
いつもの倍の家賃を払わにゃならんのです。
くそー。

ところで、自分がカッコイイと思っていることのほとんどは、
他の人にとってはどうでも良いことなんだね。
ということが多くの場面で考慮されていないために、
いろんなすれ違いや誤解を生んでいるのであります。

と、書き留めておく。


とりあえず、Happy Halloween!!
(ふぉっふぉっふぉっふぉっ・・・)

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October 21, 2007

終わらない仕事はない

今夜はオリオン座流星群の極大です。

最近、馬車馬のように仕事をしながら思ったこと。

何か目標を立てると、それを達成するために努力しなければならない。
そんな苦労をするくらいなら、最初から目標なんかつくらなければ良い。
でも、目標が何もないと、じゃあ自分は何のために生きているんだ?
ということになってくる。

つまり、人生=苦労の連続というのはそういうことなんす。

かつて、フランスの哲学者メーヌ・ド・ビランは、
自らの存在を認識するトリガとして“努力すること”を提案していた。

どういうことかというと、
何も抵抗がない、何もかも自由、そのような状態というのは、
生きている実感をもたらさないはずであると。
この浮世で何か実感を経験できているということは、
そこに自らの中に動機が発火し、
それを達成するために何らかものに逆らって努力をしているから、
その努力をすることが、すなわち生きる実感であり、
自らがそこに存在する証と認める、というわけですな。

デカルトの「我思う、故に我あり」はあやしいぞ、
ということで、存在する(それを感じる)ということは、
もっとリアルに発現する何かを伴うべきだろう、
という考え方らしいんですがね。

人はみんな地獄に落ちたくない、と考えてるだろうけど、
地獄が何らかの苦労を強要される場所だと定義されるなら、
実は、この世自体がむしろ地獄といえるんですな。

しかしだからって、
私はこの地獄から逃れようとは思わない。

先日、爆笑学問で福岡伸一の回を見ていて思ったんだけど、
生物を構成している物質それぞれは、
実は宇宙誕生時からずっと続いてきたものであって、
今ここで、例えば私の体の一部として生まれたものじゃないんだ、
という話をきいて、そりゃそうだ、当たり前だと思いつつ、
ああそうえばそうだったなぁ、と、
全く逆の納得をしてしまったんですよね。

世の理のひとつとして、
エントロピー増大の法則というやつがある。
物事は秩序から混沌へ推移するってやつ。

そのエントロピー増大の法則があるにも関わらず、
生物だけは秩序を保とうとする方向を持っているようにみえる。

なぜそんな風になっているかというと、
生物は、物理によって秩序が自然崩壊する前に、
それに先んじで自らを壊している、というんですね。
自分を構成している部品をまず破壊して、
新たな部品を再構築している。

そうして一個の生物という状態を保っている、
ということになる。

そういう状態にある意味固執している生物というのは、
一体何者なのか?

という疑問は果てしないので、とりあえずここは、
我々は折角そういう状態に留まっている希少な状態だ、
ということだけ理解して、
あえてそこから逃れるのはもったいないことだ、
と思うことにしよう、と。


そしてまた明日から仕事の嵐でありますよ。
努力感どころか、努力し過ぎ。生きてる実感あり過ぎ。

GABAのCMを思い出しつつ、
頑張るしかないね。。。

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October 18, 2007

Busy Beaver

領収書を溜め込んでる箱をよく見たら、
去年まとめたやつも一緒くたになっているのに気づいてゲンナリ。。。

ついに、とうとう、やられました。

完全なる風邪です。

人に気をつけろといったり人からいわれたりもするんですが、
いくら気をつけてもやっぱりやられるときにはやられます。
先週末あたりからアヤしい雰囲気は漂っていたんですが。

急に寒くなった感じの上、このところ毎年恒例というか、
年末に向けて大分仕事の方がヒートアップしてきていて、
普段ならダルいとサクっとズル休みとかする私も、
なかなかそうも状況が許さなくなってきた感じで、
これは息つく間もなくバテた感じですかな。

体中がダルいし、微妙な頭痛があるし、
なんかね、耳の裏あたりが痛いんです。

ところで、この忙しさ、というのは、
実はいろんなことに向けて格好の言い訳になるのよね。

別に望んで忙しいわけじゃないんだけど、
その忙しさゆえに、他にしなければならないことが放置される。
その状況は好ましくはないんだけど、
それよりも仕事の方が優先であるから、
どうしても仕事ばかりになって他方を切り捨てる。

でも、仮に忙しくなくても、忙しいときとあまり変わらず、
すべきことができていなかったりする。

それは例えば、部屋の掃除であったり、洗車であったり、
溜まった本を読むことだったり、服を買うことだったり、
喫茶店巡りをすることだったり、美術館巡りをすることだったり、
コミュニティをメンテすることだったり、Web更新することだったり、
やってないゲームをすることだったり。。。

そう、遊びすらも放置しているわけです。

ある意味、その気になればいつでもやれる、
と思っていることを、あえてしてないんじゃないかと気づく。
だから、そのうち時間ができたらやらないといかんなぁ
と思うのだけど、そういうことを考えるときというのは、
大抵そんなことをする暇がないくらい多忙だったりする。

でも、時間ができたらできたで、
そんなことは露考えず何もしなかったり。。。

ま、それも自由なんだけど。


あー忙し。忙しゅうて趣味なんか走っとる場合やないし、
いつか時間できたときにやればええんちゃうの、そんなこと。
といって、いつまでたっても趣味のガンプラ作りができずに、
箱が未開封のままホコリかぶってまうのか、それとも、

あー忙し、忙しいけど、思い立ったときにやらへんと、
これいつまでも宝の持ち腐れやし、
今これから徹夜で塗装まで仕上げて完璧なもんにしたる、
いうて、ホンマに夢中になって徹夜して朝ボロボロになって、
会社で仕事どころやなくなってまうのかは、

自由だぁぁー。(犬井ヒロシ風)


ガンプラ is FREEDOM。ガンプラ is FREEDOM。。。

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October 16, 2007

らしさ

川の向こうへ渡りたがっているサソリがいた。

サソリはカエルに背中に乗せて向こうまで渡してくれと頼んだ。
カエルは一度はうなずいたが、
やはり思い直して「やっぱり君は僕を刺すだろうから断るよ」といった。

サソリはいう。

「僕は泳げないんだよ。
そんなことをしたら僕も溺れ死んでしまうじゃないか」

カエルはなるほどと思い、サソリを背中に乗せて川を泳ぎ始めた。

しかし、川の真ん中あたりまできたところで、
サソリはカエルの背中を刺してしまった。

カエルは苦しそうに「なんで僕を刺したりしたんだ」と叫んだ。

そこでサソリはこう答えた。
「僕はサソリなんだ。サソリは君を刺すものなんだ。仕方ない。」

サソリとカエルはそのまま川底へ沈んでしまった。

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October 11, 2007

次世代

今年のノーベル物理学賞は
自然科学というよりは工学方面の業績でしたね。
ノーベル賞公式サイト

そういえば、次世代DVDの話ってどうなったんだっけ。
Blu-ray Disk(BD)とHD DVD。
まだこれからの話ですか。

こういう技術は確かにすごいと思うんだけど、
なんかもうDVDで十分じゃないか、
というのが庶民的な見方ですよね。

DVD黎明期も、VHSで十分じゃないか、
とかいわれてたっけ。

こういう流れって、性能云々よりも普及率ですね。

VHSとベータマックスの時代の話でも、
画質自体はベータの方が上だったにも関わらず
VHSの方が普及したので勝負がついた。

今回は、価格の面でいえばHD DVDの方に利がありそうだけど、
性能面を見るならBDの方が圧倒している。
といえど、前例に見るように性能が勝負の行方を決定づける
強固な要因とはなりえないのも事実。

結局のところ、
技術競争よりも営業戦略の方が重要になってくる。
どっちの商品がより多く世に出るか、なんですね。

現時点でぱっと見ではBD陣営の方が優勢にみえる。
高品位な機種を出す主要なAV機器メーカは、
大体BD支持にまわってる。
(SONY、松下、シャープなど)
どちらかというと安価な製品を提供するメーカは、
HD DVD支持にいってる、ような感覚。
(東芝、三洋など)

最近は電気製品自体の価格が下落傾向なので、
消費者はより品質の良いものを求めやすくなってきていて、
そういう意味では、高品位メーカーの製品が
手の届く位置に降りてきているというところで、
もともと安く売っているメーカーには不利な状況といえるかもね。

個人的にはBDの方が好きです。

これは特にどこのメーカー贔屓があるとかではなく、
開発サイドの姿勢の話ですね。

HD DVDの最大の売りは従来のDVDとの互換性だと思う。
これまでのDVDも変わらず利用することができて、
かつ新しいHD DVDも扱えるという点。

これは従来のDVDが変わらず利用できるというところで、
ユーザにとっては魅力だし、
生産サイドも初期投資が比較的低コストで済むというのは、
大きなアドバンテージだと思います。

それに対してBDは、DVDと同じ12cmディスクではあるものの、
ディスク自体の構造がDVDとまるっきり変わっているので、
ユーザとしては従来メディアが使えなくなるし、
生産側も乗り換えるにはハードの全取替えになる。

そこだけみると、HD DVDがいいんじゃないか?
と思えてくるんだけど、逆にいえば、
BDというのは、そういう消費者の大きな懸念を承知の上で、
あえて全く新しい次世代の技術に挑戦しているわけです。

過去の仕様に引きずられずに、
新機軸の上で新しい技術で勝負してくるというあたり、
なんと男前じゃありませんか。

何かを得る為には、
それと同等の代価を支払わなければならない。
等価交換の原則です。
鋼の錬金術師です。賢者の石はないんです。

技術というのは、そうして進歩していくもんです。
(錬金術は関係ないです。)

古いシステムの仕様を下手に引き継ごうとするから、
バグとかいっぱい出るんですよ。
旧システムのデータ構造とか、スッパリ捨てましょうよ。
移行プログラムとか、ロールバック処理とか、
そんなのもう考えたくないです。

時代は変わってるんですよお客さん。
わかりますか。わかりますよね。
時代はASPでもStrutsでもないんですよ。
WebWorkでいいじゃないよ。Struts2ですよ。

あと、旧URLリライトとかやめようよ。
新しいシステムに全置換してよ。

って何の話だ。

つまりね、BD精神が好きです、ってことです。
安藤美姫も好きです。彼女ならコケてもいいです。
ニキビあってもいいです。

ところで、こないだの日米対抗のアメリカ人選手、
アメリカ人なのに日本人っぽいのが多かったよね。

って何の話だ。

いつまでも過去を引きずってるようじゃダメだってことです。
コケてもまた立てば良いのだ。
(でも、会社倒れたら、もう立たないか?)

ところで、BDはなんで“Blue-ray”でなく“Blu-ray”なんだろう。。。

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October 10, 2007

無所属

いつの間にネプ理科終わってんだよ。

最近、職場で言い知れぬ疎外感を覚えてるんですが、
これが無所属という立場の宿命なのか。

ただ、私はこの状況を悲観してるわけじゃないんです。

むしろこういう居場所を望んでたところもあったんですが、
その立場になってみて初めて体験できることってあるじゃない?
まさに今そういう状況を実感しているところだということで。

今の職場には、その会社のプロパー社員だけじゃなく、
パートナー(協力会社)の社員も多くいるわけです。
開発会社ってだいたいそんなもんです。

私が今やってるプロジェクトも、
やはりプロパーとパートナーの混成なわけですが、
パートナーの社員は全員同じ会社から派遣されてきてるんですね。
なので、同じ会社の社員同士である程度打ち解けている。

プロパー社員はこのプロジェクトべったりというわけでなく、
何やら他の社内の仕事もこなしつつ
片手間でこちらのプロジェクトも回してる的な空気があるわけです。

で、私はフリーなんだけど、
今のプロジェクト自体には一番長くかかわっているので、
どちらかというとプロパー社員側の立場で振舞ってる感じなんすね。
その側だと、使われている側のパートナーの面々の不平なんかも、
なんとなく私に蓄積していってる気もしなくもない。

まぁ、いいんですがね。

それが鼻につきだすようなら、この契約を切れば良いと。
これをあまり頻繁にやると信用に関わってくるから
それは最後の切り札なわけだけど、
それでも社員みたいな強制感がない分、だいぶ気楽ではあります。

何より、集会とか面談とか評価シートとか報告書とか、
そういうのをやらされてる社員たちを見てると、
改めて社員には戻りたくないと思うわけで。


それにしても、人ってのは、
徒党を組むと性格がかなり変わるよね。

個人でいるうちは普通の気弱な人が、
集団になった途端に本領発揮?みたいな状態になるというか。
ある程度強気になれるのは確かなんだろうなぁ。

自分だけで行動してると、
その行動が間違ってるかもしれない、おかしいかもしれない、
という恐れや迷いが少なからずある。(あるよね?)

2人以上の集団での行動になると、
それは自分以外の客観も認めている行為であり、
みんなでやってるから正しそうだ、
正しいというか、悪いと分かっていてもやっても大丈夫じゃね?
となって、迷いも恐れも消えて抑制が解放される。

それが良い方向の行動なら良いんだけど、
歩きタバコとか、ポイ捨てとか、狭い歩道を横隊で我が物顔とか、
電車の扉前に固まるとか、一方通行を堂々と逆に進むとか、
節操のない方向に行きだすとタチが悪いってやつで。

あと、集団だと、その空気に同調しようという流れができるらしく、
その会話の中で誰かが悪者に仕立てられてしまうと、
その人は徹底的に悪者になってしまうとか。

それまでは大してその人のことを何とも思ってなかったのに、
その会話の中で、例えば「足が臭い人」になってしまうと、
空気に流されて、実際がどうあるかにかかわらず、
その人は「足が臭い人」ということでFAになってしまう。


何がいいたいかというとですね。

今のお気楽な仕事環境は私の肌に合ってはいるなぁと思いつつも、
無所属という立場上どちらのグループにも入ることはなく、
結果的に私はあらゆる会話の外の人間になっているわけで、
そこの中で私のことが何やら語られてるような雰囲気が
最近感じられてきていて、むにゃむにゃごにょごにょってことなのです。

私が下っ端の使いっぱしりなら別にいいけど、
リーダっぽい位置にいるので、
そこに不満があるとするなら微妙に気になるよなぁ、みたいな。

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October 06, 2007

ペースメーカ

ついに夏休みがとれなかったので、
この3連休で無理やり実家に帰ってきております。

普段ならこんなに頑張って帰省したりしないんですが。
(いつもなら、忙しい年は大体帰省をあきらめてた)

盆くらいにうちの母親がまた手術をしたと聞いて、
年齢的にもいつ何があってもおかしくない歳になってきてるので、
ちょっと今回は無理やりにでも顔をみせとこうと思って
2泊3日というスケジュールで帰省に踏み切ったのです。

帰ってみれば、まぁいつもと変わらず。
無理して気丈に振舞ってるだけなのかどうかはわからんけど、
どちらかというと子供にも心配させたい系の親だし、
そんな頑張ってもなさそうだなと。

前にも書きましたが、
うちの母親はちょっと心臓を患ってます。

で、お盆前くらいに病院で定期的な検査をしたときに、
心不全の一歩手前という不整脈がみつかったらしい。

えらいことです。

それで緊急手術となって、
心臓ペースメーカを入れることになったのですな。

ペースメーカ。

よく電車の車内放送なんかで聞いてた言葉なんだけど、
そいつがこれで一気に身近になった感じで。

携帯電話がペースメーカに悪影響を与えるなら、
もううちの母親は携帯は使えないのかな、と思いきや
普通に友達に電話してたり。

いや、聞けば「普通に」ではないらしいんですがね。

ペースメーカというのは、
大抵肩から首筋あたりに埋め込むらしんんだけど、
そこに携帯を近接させてはいけないということらしく、
そこから20センチ以上離して使わなければならない、
という制限はあるらしい。

なので、通話するときは
ペースメーカがある側と反対側の耳にあてる、ってこと。

この機械は何をする機械なのかというと、
その名のとおり、心臓の鼓動のペースをつくる
という仕事をします。

それ以前に、不整脈というのは、
心臓の鼓動のリズムが崩れること、というより、
心臓の拍動がときどき抜けること、ですね。

心臓はどうやって鼓動しているかというと、
洞結節という心臓付近にある器官から電気信号が発せられて、
そのタイミングで心筋が収縮する、という仕組み。

この信号が常に一定間隔で発信されていればいいんだけど、
洞結節の調子が良くなかったり中継がうまくいってなかったりすると、
その信号が発生しなかったり、心臓まで届かないことがある。
そこの拍動が抜けるのですな。
これが不整脈のメカニズム。

そういう症状のある人はペースメーカーをつけることになる。

ペースメーカというのは、
要はその信号を洞結節の代わりに発生させる役割を担います。

ただ、常にその信号を発信するわけじゃなく、
洞結節や中継が心臓にうまく信号を届けているうちは
ペースメーカは休止しています。

で、本来電気信号が発生するタイミングで
その電気信号が発生していないのを検知すると
(つまり、不整脈を検知すると)
ペースメーカが代わって電気信号を発生させて、
抜けた拍動の分を補完するわけですね。

この心臓を拍動させる電気信号というのは、
実は身体全体で検出することができます。

健康診断などで心電図をとるときに、
胸や足に電極をつけますよね。
あれは、その電気信号がちゃんと出てるかどうかを
体外から検出してるわけです。

ペースメーカが不整脈を検知する仕組みも同様。

ここで携帯電話がなぜマズイのかというと、
携帯電話で通話時に出る電波ですな。

携帯電話の電波を
ペースメーカが心臓の為の電気信号だと誤認してしまうと、
本来信号を発生すべきときにちゃんと動かずに
不整脈が放置される状態になるわけ。

ただ、さすがに携帯電話で人が死んだ、
という話は聞いたことないですがね。

とにかく、誤動作する可能性がゼロでない以上は、
予想される限りの危険はできるだけ回避しておきたいと。

ちなみに、携帯電話以外だと
電子レンジも高周波の電磁波を発生するので、
同様に注意しないといかんらしいです。
無線LAN程度なら大丈夫みたいね。


私 「ペースメーカーの手術とか高いんじゃないの?」
母 「200万くらいだって」
私 「…」(それ、オレが払わんといかんのかな、やっぱり。。。)
母 「でも、タダだから」
私 「え?」
母 「ペースメーカーいれたら障害者一級になるって」
私 「そうするとタダなんだ?200万が?」

それは、私がこれまでの人生において初めて
お役所も良い仕事してるんだな、と思った瞬間でした。
(私が不勉強なだけ)

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October 02, 2007

神無月

はやいね。もう、なんか。
いろいろはやいね。
何か知らんけど、ちくしょー。

システムのデモを説明するのに
明日客先(私から見ればお客さんのお客さん)へ行くわけだけど、
そのデモの最終版のソフト一式を送った後で、
ボロボロとバグが見つかるんでやがんの。

やっべーよ。

土壇場になってバリデーションとかガッツリ入れたせいで、
動いてたところもエラーではじくようになってるとか。
…まぁ、デモだし。いっか。
よくないけど、精神衛生上いいということにしとこう。


今日は別に何か書く気もなかったんだけど、
なんか日記のトップに「死刑」という文字が
いつまでも踊っているのもどうかと思って、
とりあえず強引に下げておく。

それだけじゃあんまりなので、
今頭をよぎった妄想を書き留めて候。

 1+1=2

これは誰でも知っている。

ところで、私たちはこれをいつ知っただろうか。
知っている、のではなく、理解している?

じゃ、これはどうだ。

 124870+5487=130357

これも、私たちは知っている。

一瞬で回答が出る人もいるだろうし、
しばらく考える人もいるだろうけど、
結局みんな同じ答えに至る。

でも、予言者というわけではない。

答えをあらかじめ知っていたわけじゃなく、
その計算方法を知っている、ということなんだけどね。

この計算方法を、人間の脳ミソは
同じく思考できるのだなぁ。(ここが神秘)

そんだけ。


ちなみに、飲んでるわけじゃありません。
ちょっとhighだけど飲んでません。
寝てないだけでs。

明日はめちゃめちゃいい加減なこといって誤魔化そう。
まさか1+1=2の不思議を語ったりはしないけど。

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