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March 28, 2007

エンジニア都市伝説

本件に入る前に、

松下電器:3万人対象に在宅勤務制度導入 国内最大規模
MSN毎日 より)

何か、すげー悔しいんだけど。。。
まぁ、仮に1年前にこの話が出てても、やっぱり辞めてたかな。

というわけで、
これも伝説の1つかもなぁと思いつつ月影です。

こんばんは。

Tech総研のこの記事ですが、
読みながら「ねーよっ」と思うやつばかりだったので放置だったんだけど、
スラドで取り上げられてたので、
都市伝説オレオレ版というのを思い出してみるのも一興かもな、
ということで、ちょっと書いてみるです。

オレオレ7不思議ならぬ、7伝説。


その1. 不具合は帰り際に報告される。

定時まではそこそこ平和なのに、
定時過ぎてから、なぜかいろいろ問題が報告されてくる。

というか、問題なさそうだ、よかったよかったと
安心して帰り支度を始めると、何かしら「待った」がかかる。

これの拡大版としては、
納期間際に要望や仕様変更が殺到するとか。。。


その2. 通らないと思ったものは通る。通ると思ったものは通らない。

企画とか、仕様とか、コンパイルとか。

こんな無茶な仕様ありえねぇ!と思ってたら、
お客さん「それでOK!」、当方「うそぉぉーん!?」みたいな。

大体のお客さんで技術部と現場の意思疎通がうまくいってなくて、
そういう仕様は後から「やっぱりこうしたい」といってくることが、
まぁ8割以上だったわけですがね。

プログラムでも、この法則が発動することがある。

1Kステップくらい一気に書いて、
とりあえずコンパイルかけて出たエラーを潰していこうと思ったら、
一発で通っちゃったり。。

逆に、10行くらいちょちょっと書いて、
絶対通ると確信してたコードが通らなかったり。。。

この場合、大体スペルミスとか型が違ったりみたいな、
とても些細なミスなんだけど、
なぜかそのミスの部分をなかなか見つけられない。
最初に絶対の自信を持っちゃってるから、
どこか間違っているはずがないという先入観が強いのですな。


その3. テストケースバグよりもモンキーテストバグの方が深刻

テストというのは、
大抵どのシステムでもテストケースというのを洗い出して、
そのパターンを全ルート試すというシナリオを書いてやるんだけど、
そこで上がってくるバグというのは、
概ね大して重いものがないのです。

まぁ、テストケースのつくりが甘いという考え方もあるけど、
そもそもテストケースというのは、
開発者としても想定しているルートを通しているわけで、
上がってくる不具合も大体予想通りだったりするのですな。

しかし、ケース外のテスト、
これを業界ではモンキーテストという(らしい)のですが、
(私自身、フリーになってからこの言葉を知った)
テスタが思いつきで「こんなことしちゃったらどうなるんだろ?」
みたいな、いわば興味本位みたいな操作を試すことがあって、
そういうところで見つかったバグは、なかなか難物が多い。。

100%再現すれば良いのだけど、たまーに再現する、とか、
超神がかったタイミングで入力してみたりとか、
いろんな(まず運用ではあり得ない)条件が揃ったときに再現するとか、
よーく見ないと判別できないようなビジュアルの違和感とか。。。

こういうのが徹夜のタネになったりすることも多々でした。


その4. 不安に感じた部分は十中八九問題になる。

その3にも関連するけど、
かなりレアケースでまず実運用ではあり得ないから、
不具合の可能性もあるけど放置でいいや、と思ってるような箇所は、
ほぼ必ず、後で「あり得る」ようになって問題になる。

あと、ちょっとコードの意味に不安があるけど、
動くからいいや、と思ったような箇所は、ほぼ100%バグになる。

だから、(今は大丈夫そうだけど)少しでも不安のあるという箇所は、
必ずテストまでには、最低でも納品までには解明しておくべしです。


その5. 仕様書が厚いほど問題も多い。

シンプル・イズ・ベスト、ってことです。

仕様書がないシステムは問題だけど、
仕様書が異様に厚いようなシステムも要注意で、
大体その内容は関係者に読まれてません。
(品管も形式のみで細部までチェックできない。)

全部が全部というわけでもないけど、
特に「顧客に納品するだけの目的でつくられた仕様書」というのは、
開発、保守の参考にならないこと多々です。。。


その6. 「こんな会社辞めてやる!」と声高にいってるヤツほど辞めない。

いや、そういう人を知ってるだけなんですが。。。
んじゃ、はやく辞めろよ!と。


その7. プロジェクト最盛時に面白いゲームが発売される。

いや、そういうことが結構あったというだけなんですが。。。
DQ8とかFF12とかは、かなり絶妙なタイミングでした。



なんか、ずっといわゆるデスマーチだったってことなのか…。

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March 25, 2007

緊急地震速報

昨日は10年ぶりの再会飲み会でありました。

10年前はみんな20代前半だったはずなんだけど、
30超えてもみんな当時と全然変わってないことが、
むしろ驚きだった。。

逆に、安心を覚えたのも正直なところ。
(それの良い悪いは別として。)


さて、今朝9時40分頃、
北陸地方で大きな地震があったみたいですね。

私の住んでるところも微妙に揺れてたみたいなんだけど、
それより今朝は風が凄くて、
そのせいで建物が震えてるのかなという感じだった。。。

というか、
昨日しまい忘れたパンツが窓の外で踊り狂ってたので、
慌てて取り込んでましたが。

地震といえば、去年から気象庁が始めたという
緊急地震速報の話を思い出すんだけど、
今回この速報は発令されてたんだろうか。

民間では有料で地震情報を流すサービスがあるみたいですが、
今のところ企業、団体向けのサービスみたいですね。

「地震が来る!」を知らせる「緊急地震速報」サービス
BCNランキング より)

緊急地震速報というのは、地震予知ではない、
地震が来る数秒前であることを知らせるものなので、
リアルタイムにその情報が得られないと意味がないんですよね。

だから、やるなら携帯電話などで、
すぐその情報が受信できるようなサービスにならないと、
有効性があまりないということ。

これ、個人向けのサービスになる場合、
やっぱり有料なのかな。

気象庁が主体でやってるなら、
国民は高い税金を払ってるんだから、
国の予算でやってほしい(タダにして欲しい)ところです。

しかし、例えば、風呂に入ってるときとか、
トイレで用を足してる最中とかに速報が入ったら、
そんときゃどうすればいいのかね。。

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March 24, 2007

シャム双生児

手塚治虫の「ブラックジャック」の一話で、
頭蓋結合のシャム双生児が登場するものがあります。

携帯で1話ずつBJが配信されるというサービスを利用してて、
今週分のBJがその話題だったんですけどね。

シャム双生児(結合双生児)というのは、
本来身体が分離して双子で生まれてくるはずだったところが、
体の一部がくっついたまま生まれてきてしまった子供のこと。

私は1981年に生まれたベトドクの話題は、
今でも結構記憶に残ってますけどね。(今は25歳か)

シャム双生児自体は年間200例ほどあるというけど、
(これ予想以上に多いんだけど)
頭がくっついて生まれてくる例というのはあまりない。

BJのその話は、
脳が2つで体が一つという状態の子供の分離手術をする、
というもの(切り取られた方の脳は死ぬしかない)。

それで、この子供は、
お互い頭の中で意思疎通をしているんだけど、
実際これどうなんだろうなぁ、と。

まさに、自分会議。

身体は同じだけど、脳が別ということは、
認識としてはお互い他人なんだろうか。
でも、意思疎通は結合した脳内でできちゃうわけだから、
認識は同じであり、お互い自分だとみるべきか。

実際の頭蓋結合双生児の例はどうなんだろうと、
いろいろ調べてみてみたけど、
どうも大抵は知能が未熟なうちに死に至っていますね。
或いは、寄生型という形で、
片方の脳は人格として機能していない状態(?)だったり。

ただ、脳でないにしろ、
体の一部を共有しているという状態は、
自分の境界がどこにあるのかということを考えると、
何か不思議な感じがします。

例えば、兄が手で氷に触ったら、
その手を共有している弟も「冷たい」と感じるんだろうか…。

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March 22, 2007

読み逃げ

「mixi読み逃げ」ってダメなの?
(itmedia.co.jp より)

何とも人聞きの悪い話です。

別にいいじゃん。読み逃げで。
というか、
そもそも「逃げ」てるわけじゃないでしょう。

Webというのは、それが公開されたその時点で、
誰でもそれを閲覧することが許可されたものになる、
というのが基本理念だと思うんですがね。

見られるのが嫌なら最初から公開しなければ良いし、
見たら必ず何かメッセージを残せなんてのも、
それこそ地雷というか、罠というか、横暴ですよ。

あえて閲覧条件をつけたいのなら、
ログインが必要とかhtaccessを設定するとかすれば良い。

「いや、SNSは公開Webとは事情が違うんだ」

なんていう文句も飛んできそうだけど、
そのSNSに参加している以上は、
同じSNSの参加者であれば基本的に誰でも見ることができる、
というポリシーを了承した上で利用しているはずです。

いえね。
こういうところで私がいつも感じるのは、
かくも自己中心的な考え方が横行しているんだなぁ、
ということ。

Webの黎明期なんて、個人サイトを開いたら、
それを見に来てくれた人は「お客さん」であって、
「こんなつまらないページを見てくれてありがとう!」
という精神が少なからずあったと思うんだけど、
今は逆ですもんね。

「オレ様のページを見やがったな。」
「見たら何か感想書いていけや。」

「読み逃げ」はマナーが悪いというより、
むしろ「読み逃げ」なんて精神がある人のマナーを疑う。

上の記事にもありますが、
自分の書いた記事を見てくれたときに、
それについて何かコメントを残していってくれる人がいるなら、
それはとてもありがたいことです。

ただ、それを前提にしちゃいかん。

自分の記事を見てくれる人なんて、全体のごく一部です。
その中でもわざわざコメントを書いていってくれるなんて人は、
よほど仲が良いとか親密な人でなければ、
奇特中の奇特な「すごくイイ人」だと思うべきでしょ。

そして、そんな「すごくイイ人」は、
世の中にそういるもんじゃない。

つまり、こういうことです。

何か店を開いても、そこに入ってくるお客さんは、
通りを行き交う人々のうちのごくわずかであり、
さらにそこで商品を買っていってくれる人なんてのは、
その中でもさらに限られている。

そういうことを、どこまで常識として理解しているかです。

商品が売れるには、その商品の需要や魅力が必要。
中に入ったからといって押し売りするような店は、
悪徳以外の何者でもない。

Webの場合の商品はコンテンツ(記事)であり、
そこでの見返りが訪問者のコメントなのであれば、
何かコメントを書いてもらえるような記事かどうか、
ということを考えましょうと。

そう考えたら、記事を書く方も見る方も、
書きっぱなし、読みっぱなしで良いようなものが、
お互い一番気楽にやっていけると思うんですがね。

そんな中で、予期せず何かコメントが残してもらえたなら、
そのときの喜びも大きいというものです。

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March 20, 2007

格差よりも

前にも何度か書いたかもしれないけど、
今しきりに巷で取り沙汰されている「格差問題」。

ぶっちゃけ私はこれを問題だとは思ってません。

裕福なヤツはどんどん裕福になって、
ビンボーなヤツはどんどんビンボーになる。

わしゃあマジメに30年も働いとるのに、
何であんなバカが羽振りが良くて、
わしこんなに貧しいんじゃろうか。。。

そんな状況になると、
どこか不公平があるんじゃないかと言いたくなる気持ちは、
わかるにはわかるんですがね。

業種や職種による格差、業態や雇用形態による格差、
地域による格差、出生(環境)による格差、
災害によって引き起こされた突発的格差、などなど。

いずれも経済格差なんだけど、
それらは起こるべくして起こっている格差でしょう。

儲かる商売もあればそうでない商売もある。
そしてそれは社会の情勢や時代背景にも左右される。
都市部が発達して山村は過疎る。

これはこれで道理です。

もしその格差に異議があるなら、
自分も儲かる方向に動けば良い。

世の中、何もしないで(何も変えようとしないで)、
いつか生活は好転するなんて都合よくはないんでね。

貧乏なら貧乏なりに、
どうすればその状況を脱せるかを考えないといかん。
考えても良い案が浮かばなかったら、
結局それまでだったということです。

資本主義って、そういうことなんじゃないのかな。

その格差があるから、
人は生産意欲を持てるんじゃないのか。

つまり、何か成功して、それが評価されて、
平々凡々やってる人よりも優位に立てるというのが、
経済活動の原動力になってるんじゃないのですか。

どんなに稼いでも、みんな平等に、
トントンに均されるなら、共産主義国家でも良い。

で、ですね。

私はここで
「儲けてるヤツが至上だ」といってるんじゃないです。

中には、いわゆるズルをしているやつもいる。
大して頑張ってもいないのに、不正を働いて、
ズル賢く稼いでるヤツも多分にいます。

そういうのは、成功者とはいわない。

資本主義国家の政治政府に対して、
この格差を何とかしろと文句をいうのは筋違いだけど、
(だと私は思うんだけど)
ズルをしているやつをもっと取り締まれというのは、
大いに結構なのです。

某政治家がしきりに繰り返している
「ワタクシは法に何ら違反していない」
とかいってることに象徴されるように、
今の法ではズルをする為の抜け道が多過ぎる。

というか、まず政治家がズルしちゃってるもんね。
法律つくるのは政治なのに、どうすんの。

もっとそういうところを
監視したり取り締まったりする仕組みが必要ですよ。

国民投票は、憲法改正とかじゃなくて、
こういう政治家の信任投票の方に使おうよ。
そうすれば、もうちょっとマジメになるんじゃないかなぁ。。

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March 19, 2007

コーヒーか紅玉石か

最近、Webシステムの設計やプログラムをやるようになって、
しょっちゅう思うことがあります。

それは、「一体、どの言語やフレームワークが良いんだ?」
ということ。

同じWebアプリを作るにしても、
それを「何で(どのアーキティクチャで)作るか」というとき、
言語やフレームワーク、そしてDBなども考慮に入れると、
これが選び切れないくらいうんとこさあるわけです。

言語なら、Java、C#、PHP、Ruby、perlなど。
フレームワークは、Struts、ASP.NETなど。
DBは、Oracle、PstgreSQL、MySQLなど。

あと、最近はO/Rマッピングのフレームワークや、
デバッグ、ロギング、AOPのフレームワーク、
その他いろいろな支援フレームワークが登場しています。
クライアントサイドのスクリプトなども考え出すと、
その組み合わせパターンは10や20じゃすみません。

まさに、フレーム問題。

私自身、ずっと制御系(非Web)のプログラマだったんだけど、
その時代は、こんなことあまり真面目に考えてませんでした。

とにかく、要求された機能が実現できれば良い。

そして、私が既に習熟している言語でそれが実現できるなら、
選択肢は1択か2択でした。

私は、C++とDelphi(Pascalもどき)を得意としていたので、
物理層に近い制御はC++(若しくはインラインのアセンブラ)で、
画面制御はDelphi(もしくはVB)で、というようなパターンで、
ずっと不自由はなかった。

DBMSも、商用ということになれば、
大抵はOracle、たまにSQLServerかSybaseという感じでしたかね。

Webも、基本的には「機能が実現できれば良い」と考えてましたが、
どうやらそういうわけでもないらしい。

制御系システムというのは、
大体5~10年程度の耐用年数を考えて設計されるので、
最初からガッチリした仕様を決める必要があります。
(これがまたなかなか決まらんのですが。。)

ところがですね、Webシステムというのは、
「仕様というのはしょっちゅう変わるものである!」
という前提で作られるようなのです。

ここがまずカルチャーショックでした。

まぁ、仕様がしょっちゅう変わるというのは、
制御系でもお客さん次第で多々あることではあったんですが、
それはあくまでイレギュラーケースとしての位置づけでした。
(散々泣かされましたが。)

Webアプリの場合、そのライフサイクルは長くて3年程度、
まぁ大体1年くらい周期でリニューアルというケースが多い。
しかも、細かい動作に関しては日々カスタマイズしたい、
というケースも少なくない。

そんなんどう対応するんだ?

というときに、
Webシステムのフレームワークが登場してくるわけですな。

もともとフレームワークというのは、
使用頻度の高い一連の処理を部品として用意しておいて、
それを使うことで高効率、高品質な開発、保守ができまっせ、
というものなんですが、
昨今、フレームワークというのは、動作設定の集まり、
というかお化けみたいなものになりつつあるある気がします。

つまり、条件や設定などはプログラムの外に出して、
プログラムの改変なしに動作を柔軟に(簡単に)変えられる、
というものにする方向なのでしょう。

Webの場合は、WebのHTMLデザインや細かい動作と、
そのバックで動作するプログラムをなるべく切り離す意図で、
いろいろ試行錯誤されたフレームワークが作られてるっぽい。

しかしね。

制御系でも、設定ファイルというものは存在します。
それはCSVだったり(Win)INI形式だったりするんですが、
これがまたいろいろ柔軟に変えたいという意向を汲み過ぎて、
やたら設定ファイルだらけになって、
さらにその設定ファイルの解釈や意味づけを設定するための
メタ的な設定ファイルまで出てきたりと、
非常に複雑怪奇なシステムを何度か扱ったことがあるんですわ。

今のJavaフレームワークなんかみてると、
フォーマットこそXML形式という今風な姿にはなっているけど、
流れ自体は、設定ファイルのモンスターになりつつある、
あの日の苦い思い出がありありと甦ってくるわけですよ。

Servletひとつ使うにも、
コンテキストの設定ファイルと、web.xmlを書かなければならない。
さらにStrutsを使うならstruts-config.xml、
log用にlog4j.xml、Hibernate用にhibernate.cfg.xml、
他にもAOPにSpring、独自のJSTLを使うならtaglibも、などなど、
こんなにあれこれと設定しなきゃならないなら、
さくっとプログラム1行変えた方がはやいよ?と思うことも。

実際、これは「もうJavaは終わってるよ」
といわれる大きな理由の1つのようで、
それらフレームワークを支える設定XMLの仕様もかなり複雑で、
素人がそれを把握するのはかなり時間がかかるはずです。

そこで、新たな候補生としてあげられるのが、
最近流行り(?)のRubyだったりするんですね。

結局、設定ファイルもプログラマが設定することになるなら、
最初から全部プログラムでもいいじゃん、
(よくいじる変数や定数はdefineやstaticで切っとけば良いし)
というのは、極端だけど正論ではあるのかも。

どうせWebアプリは、長くて3年、大体1年の使い捨てなんだから、
その程度のコストしかかけなくても良いものであるべきじゃないか。
となれば、RubyやPHPでいこうじゃないかと。

Javaなんかで重量級のシステムを組むより、
RubyやPHP、或いはperl(JSPやASPのみでも良い)あたりで、
ささっと書いて1人月程度のモノで十分。

まぁこうなってくると、昔のCGIに戻るイメージなんですがね。

でもまぁ、Java(ASP.NETもだけど)を使ったシステムは、
信頼性という意味では、
サーバスクリプティングのようなものよりも高いことは高い。

スクリプトだとセッションがプロセスとして動作するけど、
Javaや.NETなら基本的にWebサーバのスレッドで動作するので、
その分リソース消費も少ないし、速度もそれなりに速い。
Apache、Tomcatなんかは分散やクラスタリングにも対応してるし。

なので、1度に500とか1000とかアクセスがあるような場合は、
やっぱりJavaや.NETになるんでしょう。

要は、結局ケースバイケースってことか。

多分、1度に100アクセスもないようなシステムなら、
RubyやPHP、或いはperlなどで組むのが向くのかな。

動作をちょっと変えたければ、
設定ファイルをいじるよりもスクリプトを一部変えた方がはやい、
開発やメンテも少人数(1人とか2人とか)、
そういうのは、Javaは大仰過ぎでしょう。

例えば、言語はPHPで、フレームワークもなし、
DBもMySQLとかPostgreSQLあたりのフリーなやつでやる、
というのが安上がりで良い。

そして、同時アクセスが100を超えるとか、
処理能力やシステムとしての信頼性が求められる場合は、
やっぱりJavaや.NET C#などになるんだろうか。

DBは、コネクションプールやバッチ処理、XMLDBなど、
いろいろ強力なツールを使いたいなら、
やっぱりOracle、SQLServerあたりになるんでしょう。
余計なものはいらなくて普通にRDBで良いなら、
MySQLやPstgreSQLでも良いか。

ちなみに、mixiはperlとMySQLらしいですね。

mixiって、結構大規模なシステムの部類に入ると思うんだけど、
よくそれでやれてるなぁ、というのが正直な感想。

何かで聞いた話では、
ハードウェアを増やして分散させて対応しているということだったけど、
それにしても、あれだけのシステムが、
Javaはおろか、PHPでもRubyでもないというのが驚きです。

やっぱり、スクリプトは、プログラムを簡単に変えられる、
というのが最大のメリットだとは思うんですが。
処理能力的には、perlではちょっと不安が。。。

とにかく、当面私が関わっている今のシステム。

一度に500アクセス以上想定の大規模システムの予定なんだけど、
これ、まだつくる前なので、
JavaにするかPHPにするかなんてあたりも考える余地があるんです。

さて、どうしたもんかと。。

これもやっぱり、仕様は途中で簡単に変わるものだ、
という前提で設計せにゃならんのでしょうね。


(しかしなぁ、Web開発の経験1年にも満たない私に設計やらせるか?)

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March 18, 2007

大掃除

土曜の昼から部屋の片付けを始めたら、
意図せず模様替えに発展してしまい、
結局作業が夜中の3時までかかってヘトヘトな月影です。

こんばんは。

片付ける前に、
ごまかしで部屋の隅に固めてあった本やら箱やらを、
一度だーっと派手に広げるわけですが、
これが予想以上にありやがんの。

ついでにホコリも。

これを移動するだけだと元の木阿弥なので、
折角だから部屋のスペースの使い方をもうちょっと考えよう、
なあんて考えたのが失敗でしてね。

収納にあるものを一度全部出して、
使うものと使わないものに仕分けたり、
出したものを元に戻しちゃうとバラした意味が無いから、
なんとか別の形でキレイに収めようと考えたりしてたら、
これが全然片付きません。

夜の0時過ぎてみても、
むしろ始める前より酷い惨状になってしまっていて、
しかもうちは一部屋なので寝ることもできないと。

しばらく茫然自失。

とりあえず、
今出ているものを全部収納に収めることを考えて、
なんとか3時には全部片付いたんですが、
キレイに収納するということがこんなに難しいことだったのかと、
今にして思い知るのでした。

まぁ、とりあえず電話会社の人くらいなら、
中へ入れられるくらいにはなりましたよ。
(足の踏み場はできたということ。)

しかしね。

はりきって片付けたは良いけど、
肝心のNTTさんからの返事がありませんで。
一体いつ工事にきてくれるのか。。

申し込んでから結構時間かかるものなのかな。

別に困りはしませんが(CATV接続は切れないので)、
その日までにまた散らかってしまったら、
この掃除の意味も無いってもんです。。。

まぁ、ホコリ払っただけでも良いか。

とにかく、模様替えするなら、
何をどこに移動するかとか、
それが(サイズや重量的に)そこにちゃんと収まるか、とかを、
あらかじめ計画してからやらないと、
行き当たりばったりでは酷い目にあいますわね。

ちなみに、掃除してたら、
何年前のかわからない昔のお札
(正月に実家に帰ったら必ず持たされる)
を入れていた袋から隠れキャラ1万円が出てきました。

(バアさんだな、これは。とりあえず、ありがたし。)


朝起きたら、体中が筋肉痛でした。。。


あ、TomcatでDBにつながらなく理由が分かったです。
ここにメモっといたので参考までに。
(結局DBサーバがヘボいからだったよチキショウ。。)

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March 15, 2007

近況

とりあえず急いて走り出したは良いけど、
どこに向かっているのか分からない月影です。

いろいろ書きたいことがあるけど、
とりあえずダイジェストしておいて、
後でゆっくり考えて書きます。。。

○ゲーム
ただ今、逆転裁判2の中盤くらい。
久々にゲームやりながら寝てしまった。
とりあえずGBAの3も買っといた。

○PS3
買ったは良いけど、
リッジレーサー以外ゲーム買ってません。
つか、ホコリかぶってます。
去年6万くらいで買ったのに、
今60GBモデルでも4万くらいになってる。
いと悲し。

○Wii
いつになったら買えるやら。
どうもネットで売りさばくようなやつらが、
集団で買い占めてる悪寒。。。

○仕事
片手間でやってます。ええ、仕事が片手間。
相変わらず楽勝です。
Strutsも、ASP.NETも、難易度そう変わらんね。

○買いかぶり
どうも私は今のプロジェクトで、
「設計も開発もできる人」ということになっているぽい。
まぁいいんですが。
実は、Webシステムに関する限り、
今プロジェクトが初だったりして。(うへぁ)

○そんな私だから
Eclipse+Tomcatで時々DBにつながらなくなるんだ。
sqlplusではしっかりつながるから、DBMSは落ちてない。
そして設定は間違ってない(はず)。
その証拠に、Tomcatの再起動を繰り返してると、
突如つながるようになる。意味わからん。

○フリーランス
今は楽勝だけど、
いつまでもひとりでどうにかなるというもんでもないかなと。
どうするか。会社つくるか。
やっぱりマスターになるか。なりたいけどなぁ。。
お金がなぁ。

○ケータイ
W44S。
バイブが発動するとアンテナがビリビリ鳴ります。
バイブの意味ねぇぇ。

○フレッツ光
申し込んでみた。
もともとCATVだから必要ないと思ってたけど、
3ヶ月無料だというから騙されてやったさ。
てか、NTTの使い魔は新聞屋よりしつこい!

○その工事
光を入れたら回線の工事があるわけだが、これが問題。
何が問題って、今部屋が震度7の揺れの後、
風速50mの暴風が吹きすさんだ後みたいな状態なので、
これをなんとかしないと、とても人様を上げられない。。

○ということで
今週末は、工事の前に、部屋の大復旧作業必至。
とにかく(読まない)本が多いのだけど、
これが物理的に片付くかどうか。。。(助けてドラえもん)

○床屋
いつも前を通る美容室の正面ガラスに
「デジタルパーマ」とでかく書いてあるのだけど、
じゃあアナログパーマもあるのか。
そういえば、私もいい加減モージャイヘアー。

○汽水域
モージャイで思い出したけど、汽水域がまだ消えずにありますね。
(私が10分で描いた絵も。。)
そこに「作家(予定)」と書かれているのを私は見逃さない。
作家というか、エッセイストぽくなってるけど。
きっとご本人は忘れてるんでしょうな。。

○そういえばコミュニティ
なんかうまい活用方法はないかと考えながら、
ずっと放置状態。
とりあえず名前から変えないと、意味わからんね。。

○宇宙論
思いついてはぶち当たり、一進一退。
それが本性なのかもね。

○あと政治
自分で帳簿つけるようになったからわかるんだけど、
政治家めちゃくちゃやってんなヲイ?
なんぼほど経費につけとんねん!
普通に私よりもガッポリ稼いでながら、さらに税金逃れですか。
議員会館や議員宿舎はタダなのに、
(それだけでも羨ましいのに、だよ)
数百万経費計上って、虚偽記載もいいとこですがな。

○で、思い立ったら選挙
もうちょい先だけど。いこうぜ諸君。
まぁ政治は何も変わらないかもしれないけど、
とりあえず行っとくと、選挙特番が普通より楽しく観られるぞ。

(って、統一地方選の特番ってないかな。。)

いろいろいいたいことはあるけど、また今度。

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March 14, 2007

円周率の日

3月14日は円周率の日だそうです。
円周率はGoogleで「pi」を検索したら出てきますね。

最近、いろんなところで、
いろんな形で数に関する議論をすることがあって、
「数って一体何だろう」なんて、
しみじみ考えたりしてたりします。

いうまでもなく、
モノを1つ2つと数える道具が数なわけですが、
かのピタゴラスにいわせれば
「数こそ万物の真理なり」だそうで、
この世の中というのは、
数理によって支配されているというのですな。

円周率というのは、
そもそも、円の直径と円周との比なんですが、
(だから「円周率」なんですけどね)
この3.14159265……という数が、
円周と関係ない場面でも登場してきたりするから、
なかなか神秘的であります。

物理学の教科書を開けば、
周波数や距離、面積やエネルギーを求める式にも、
このπが登場してくる。

まぁそれは、
いろんなものを回転体の運動とみなして計算すると、
いろいろと都合が良いということなんだけど。

極端な例で、クネクネと曲がりくねった河川で、
源流から河口までの直線距離と実際の長さを測って比べると、
その比率が大体そのπに近いというんですな。

(河川の実距離は最短距離の約3倍強らしい。ホントか?)

そんな話をきくと、やっぱり「数」の世界というのは、
この現象世界を牛耳ってるんじゃないか、
とも思えてきたり。。

残念ながら私はあまり数に造詣は深くないんですが、
世の中には数を直感でわかる(っぽい)人ってのもいるようで。

ピタゴラスもそうなのかな。
あと思い浮かぶのはフォン・ノイマンとかガウスとか。

ガウスの少年時代の有名な(?)エピソードで、
こんなのがありますね。

当時のガウスの先生が、やかましい子供たちを黙らせるために、
「1から100までの数を全部間違いなく足し算しなさい」
という問題を出したと。

先生はそれでしばらく正しい解答は出ないだろう、
と、何度も計算にチャレンジする子供たちを想像していたら、
ガウス少年は一瞬にして正解を突きつけたと。

彼は一体どうやったかというと、
1+100=101、2+99=101、3+98=101、という具合に、
両端から足していけば、その半分まできっと101だろう、
と考えて、101×50=5050 と導出したのですな。

これはどんなに大きな数についてもいえる。
奇数の場合は、1でなく0から加算すれば良い。

頭の柔らかい大人なら、
そういう法則性もちょっと考えれば思いつくかもしれないけど、
それを、少年ガウスはただの一瞬で見抜いたってこと。

こういう頭の構造をしてる人ってのを、
「天才」というんだろうなぁ。。

(人の頭は、絶対平等にはできてないね。)


ちなみに、3月14日は、アインシュタインの誕生日でもあります。

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March 08, 2007

裏切りの数論


 ここに4枚のカードがある。
 そのうち、2枚は赤、2枚は黒のカード。
 これをよく切って裏返して並べる。
 そのうち2枚を同時にめくる。
 もし、そのカードが同じ色であれば、ディーラーの勝ち。
 もし、そのカードが違う色であれば、あなたの勝ち。
 (負けた方は100ドル支払う。)

こんなカケを申し出られたとき、のるべきか、拒むべきか。

とにかく考えるべきは、
果たしてこのカケは公平なものであるかどうか、です。

直感的に、白黒が半分ずつなので、
確率は2分の1じゃないか?
と考えそうですが、実は違う。

これ、ちょっと考えれば、
どちらが有利なものか簡単に分かります。

実は、2枚を同時にめくる、ということは、
1枚ずつ連続して2枚めくる、というのと同じことです。

まず1枚目をめくるとき、
それが赤か黒かの確率は2分の1です。

これはどちらでも良い。

ここでカケの対象になっているのは、
続けてめくられる2枚目のカードの色です。

残るは3枚。
ところで、既にめくられた色のカードは、
その3枚の中に1枚しかない状態になっています。
つまり、続けて2枚目も同じ色である確率は3分の1。

ということは、
2枚が違う色である確率は3分の2ということになる!

このカケは、平等どころか「あなた」に有利なものなので、
のる方が良いかもしれない、ということになりましょう。

(ただし、あくまでカケだから勝てるかどうかは運次第。)

ところで、同じような問題として、
次のようなカケを申し込まれたらどうか。

 あなたは友人とサッカーの試合を観戦している。
 フィールドには11対11と審判あわせて23人がいる。
 そのとき、友人はこんなカケを申し込んできた。

 「 あの23人のうち誰か2人(1組)、
  誕生日が同じやつがいたらお前の勝ち、
  いなければオレの勝ちだ。
  これで晩飯をカケようぜ。 」

あなたはこのカケにのるべきか、拒むべきか。

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ムジュンを見抜く

毎度この話題を書いてますが、
もうすっかり逆転裁判にご執心であります。

やってて、こういうシナリオをつくるのも
大変だろうなぁ、と思いますね。

開発側としては、プログラムのテストするときに、
ゲームシステムのデバッグと同時に、
シナリオ自体にも矛盾がないか?
というのもデバッグせにゃならんのでしょう。

ところで、人が何か犯行におよぶときには、
必ずその動機があります。

状況の矛盾を見抜くことも大事だけど、
人の心理に矛盾がないか見抜くというのも、
ゲームだけじゃなく、
何か議論するときには大事になってきます。

システム開発の場面であれば、
お客さんが本当は何を要求しているか?
というその心理を見抜けると、
かなり手戻りが少なくてすむんだろうなぁ、
なんて思ったりするものです。

(まぁ、実際現場の人が打合せに出ることは稀なんですが。。)

人が何か行動を起こす理由、
つまり動機について、次の2つの原則があります。

 I. 欲求は行動の原因である。

 II. 複数の欲求がある場合、最も欲求の強いものが優先される。

ただし、IIは、実際にその欲求が実現可能な場合に限ります。

ここで。

例えば、何か高度な情報処理の資格が欲しいなぁ、
と思っていると同時に、
あるゲームにハマっちゃって若干寝不足気味、
という状況のエンジニアがいたとします。

彼は、情報処理の勉強をするために、
1冊2000円もするような参考書の(上)(下)2冊、
あわせて4000円分も払って購入しました。

もちろん、家に帰ってその本を広げて、
情報処理の勉強をするためです。

しかし、家に帰ると、なぜかゲーム機を手に取り、
その電源を入れてゲームを始めてしまい、
夜も丑三つ時までやってしまうのでした。

はたと気付くと、
袋に入ったまま開かれることの無い分厚い参考書が2冊…。

なぜ、このようなことが起こるのだろうか?

その彼が高額な参考書を購入するという行動をとったのは、
情報処理の資格が欲しいという強い意志、
そしてその試験の勉強をしようという強い意志、
つまり、より強い動機があった証拠ではないか。

しかも、その本を2冊も購入している!

明らかにこれは、試験勉強をすべきという動機が、
ゲームをするなどということの動機より強いのではないか。

しかるに、実際にその彼がとった行動は、
ゲームを夜半までやってしまうという、
全く不合理で理解できない行動だった。

ということは、
最初に定義した2原則は矛盾しているじゃないか!?

最初に書いた2原則のどちらが間違っているのか。
或いは、両方間違っているのだろうか?

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March 05, 2007

逆転裁判

久々に遅くまで仕事をして、
(といっても、会社にいるときほどではない)
やけに疲れて外に出てみたら、まさに
「バケツをひっくり返した」
という表現が似つかわしい状態に、
びしょ濡れになりながらさらに疲れを増した月影です。

こんばんは。

しかも、JRは信号機故障とかで、
京浜東北線ほとんど止まってたし。

さて、逆転裁判にハマっちゃった!
ということは以前書きましたが、
あまりに病み付きになってしまって、
「逆転裁判2」を買ってしまいました

単純過ぎだと我ながら思うんですが、
まぁ久々に何かに打ち込めてるんだから、
いいじゃないですか。
(よくないか)

ところで、
あのゲームの何が面白いか分かった気がする。

設定がね。こちらは新米弁護士なんですよ。
で、相手は歴戦の検事だったり、
新米と見くびってる証人だったりするわけです。

最初、彼らは自信満々で証言したりするわけです。
オマエなんぞに矛盾が見破れるはずがないと。
でも、そこをいろいろな証拠品を突きつけて、
証言のウソを暴いていくわけです。

証人や検事は、だんだんうろたえてきて、
しまいには弁護側の主張が正しかった!となる。

しかも、名探偵コナンみたいな
コナンじゃなきゃ絶対わからんような謎じゃなく、
ちゃんと自力で解ける(でないとゲームにならん)。

自力で解いて、自信満々の相手を凹ます!
コレがイイのよ。

普通の推理モノゲームと違うのは、
やっぱり法廷が舞台というところですかね。

ずっと野良で調査して犯人を暴き出すというのではなく、
まず事件の容疑者がいて、
その容疑を晴らす為の証拠集めをすると同時に、
真犯人を突き止めていく。

法廷では、当然容疑者が犯人という前提になっているから、
その無罪を勝ち取るというのは、
同時に、必然的に、意外な結末(別の犯人がいる)となる!
これがイイのよ。

ええと。別に私はカプ○ンの手のものじゃありませんので。
(もしそうなら、今さら過ぎだ。)

このゲームで初めて知ったんだけど、
DSのタッチパネルって、息を吹きかけても反応するのね。
指紋をとるときに粉をかけて吹くんですが、
本当にタッチスクリーンを吹くんです。

DSが売れるのは、
こういう新しい発想があるからかもしれない。
というか、DSは、ゲームをつくる側も面白そう。

なんか、今年の東京ゲームショウは、
例年よりも期間が長く設定されているらしいです。
業界が元気な証拠だよね。

実際、ビジネス系や制御系のシステム開発者なんかよりも、
ゲーム開発者の方が絶対やる気あるし、
技術力も、単なる職業プログラマ以上でしょう。

しかもね。
何よりつくったものに対して褒められることがある!

業務用システムなんて、動いてアタリマエの世界だから、
不具合なんか出て文句いわれることは多々あれど、
「このシステム、イイネ!」なんて、
つくったものが褒められることは、まずもって無い!

別に褒められるために仕事をしてるわけじゃないんだけど、
やっぱりモチベーションの問題だから。仕事なんて。


あれ、何の話だっけ。

そう、逆転裁判!

今夜もアヤしくDSをフーフー吹くのであります。。
(電車の中じゃできません。)

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March 03, 2007

解けない問題

いろいろな哲学問題を考えていると、
「この問題には正しい答えがあるのだろうか」
と思うことがあります。

答えはあるのだろうけど、
それが正しいといえるかどうかはわからない、
というのが、実際のところではないか。

では、答えがない問題、
決して解けない問題というのはあるだろうか。

問題がそこにある以上は、
その答えは必ずあると考えるべきか、
問題だけはあるが、答えはない
(或いは永遠に見つけることができない)
ということもあるのかもしれない。。

言葉で、つまり論理で何か考えている限りは、
そういうことは間々あるんですが。

例えば、

 「この問題はなぜ決して解けないのだろうか」

という問題は、決して解くことができません。

これはネタ元があるんですが、その解説書によると、

 この問題が解けたということは「なぜ決して解けないか」の理由が
 わかったということだから、決して解けないという事実が認められ
 なければならない。つまり、いつか解けることがあってはならない。

つまり、この問題が解けたとすると、
問題文中の「決して解けない」という前提が偽である、
ということになると。

要は、シンタックスエラー(文法違反)があるってことですな。

そんな問題はそもそも存在しない(できない)。
存在しない問題は、当然解くこともできない。

そもそも、その問題が正しく成立する問題であるか、
というところから検証する必要があるってことなのです。
解けない問題をいつまでも、これは難問だなぁ、
解けない解けないといっていても骨折り損ってこと。

 哲学の問題は解くのではなく、そもそも問題は無かったことを明らか
 にしよう(解決ではなく、解消しよう=擬似問題だったことを暴こう)
 というのが、20世紀前半に始まったウィトゲンシュタインや論理実証
 主義の言語分析運動だった。

ただ、そのような(解けない)問題も問題ですが、
(何か変なの)
解ける問題が解けたときの答えというのもまた問題。

仮にその答えが「バッチリ正解!」といえるものだとしても、
じゃあそれで何?というか、その答えの意味を考え出すと、
結局振り出しに戻るみたいな。

哲学って、延々そういうことを繰り返してるんじゃないか、
というか、それが哲学ってものなのかとも思ったり。

何か、不毛ですね。

科学も同じか。。。

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