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November 23, 2006

ミノタウロスの皿

北朝鮮が日本人を拉致したという問題。

私にはどうにも解せんのだけど、
拉致って、していいの?

どうも日ごろの報道を見てると、
日本は拉致された人を帰して欲しいといっているのに、
北朝鮮の態度は「その問題は解決済みだ」というもの。

我々は日本人を拉致はしたけど、
彼らはもう死んでるから話は終わってるのだ、と。

いやいや。
死んでたらなお駄目だろ。

仮に生きていても、それは大きな問題じゃないでよ、
といっているような感じ。

これって、
日本人を拉致したこと自体は認めてるってことですよね。

どんな理由であれ、ひとんちの子を、
その意に反して連れてきたら、犯罪なんじゃないの?

それとも、彼らは望んで北朝鮮へ行ったのだ、
とでもいいたいのか。

つまり、北朝鮮(の権力者?)の人の考え方って、
全然モノの考え方のベース部分が違ってる感じがするので、
こちらの常識でいくら説得をしても、
そもそも奴らには話の意味すら通じないんじゃないのかと。

それでまた思い出した話がひとつ。

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November 20, 2006

他人の責任かどうかという話

ときどき、何か大失敗したときのセリフで、

 「自分が嫌になる。」

というようなことを聞いたりします。

と、そんなドラマチックなセリフでないにしろ、
「あーオレってバカ」とか、「ごめん、私ヘタなので」とか、
自虐的なセリフは結構日常的に聞かれると。

でも、本当に自分が嫌になるとか、
どこまでもバカだなどと思ってしまったら、
多分人はその先生きていけません。

多くの場合、そういうセリフを他人に吐き出すことで、
自分は自分を責めているのだと他人に認識させて、
多少他から見た自分の罪を軽くできるのではないかと、
そういう打算があることは否定できないでしょう。

実際は、そんなセリフをいってみたところで、
何か失敗した(或いは、する可能性がある)という事実は、
変わらないのだけど。

何かを人にいうことで気分が楽になる、
ということは、自分の中に抱えている荷物を、
多少外部へ分散させる効果があるのは確かです。

まぁ、結局のところ最後は、
人は自分がかわいいから生きていけるのだと。

人は、他人から親切を受けたとき、
その瞬間はとてもありがたいと思う。
その人を良い人だと思う。

その時点で自分にプラスになることをしてくれた事実は、
それだけで原点以上の評価になる。

しかし、その親切が仮に裏切られる結果になったとき、
(仮に、その親切を与えた主に裏切る意思がなかったとしても)
期待が裏切られたというその事実のみで、
自分の中におけるその人の評価はマイナスに転落する。

これは多分、とても自分勝手なことです。

でも、人のコントロールできない部分の心というものは、
そういう動きをするようにできている。
相手を嫌ったり憎んだりといったことは、
多くの場合、意図的にそう思おうとしているわけではない。

ただ、「自分が嫌になる」という感情は、
実際は自分でつくっている、いわばイミテーションの感情だと思う。

客観的な自分は、確かに自虐的になることができる。
しかし、本心の部分では必ず保身がある。

ええと、それが良い悪い、ということをいいたいわけではなく、
人の心ってどういうものだろう、という事実を書いてみたら、
およそ上のようなことになるのではないかと。

ここでいいたいのは、
人とはそういうものであるということを認識しなければならない、
ということ。

どんなに心の広い優しい人でも、感情がある人ならば、
その人のマイナスになることをして嫌な気分にならない人は、
おそらくこの世にいない。

それを許すか許さないかは、
本心とは別の理性の部分が制御しているということ。
つまり、イミテーションの感情で抑え込んでいる、
ということになる。

どんな人であっても、
まずは自分を守るようにできているはずなのです。

あー、この考え方から派生して思ったこと、
もうひとつ書いておこう。。。

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November 18, 2006

擬音語の怪

今日、帰りの電車の中で、
ぼほーっと妄想してたことを書き記しておこう。。。

ほぼ満員の電車のどこかしらから、
赤ん坊か小さな子供らしき人間の鳴き(泣き)声が聞こえてきた。

 うひぇ~ん、びょぇ~ん、ウィッウィッ。。。

擬声語にすると、まぁそんな感じ。
書くと、何か変ね。

そう、赤ん坊の泣き声を、
日本では「おぎゃあ」と表現する。

 おぎゃーおぎゃー。

そうやって子供は産まれてくるのだと。

 おぎゃー。

まぁね。そう聞こえないこともないけど。

人によっては、それは「うぎゃー」かもしれないし、
「もぎゃー」もあるし「うんぎゃー」かもしれないし、
「ほげー」とか「うぎょー」とかもあるし、「ばよえーん」もある。
(「ばよえーん」はない。)

人によってその泣き声は様々だと思うんだけど、
人はみんな、赤ん坊の泣き声を一律にして
「おぎゃー」なる言葉に置き換えてしまうから、
それは「おぎゃー」という言葉だと思い込むわけである。

普段何気なく使ってる日常的な言葉だけど、
よくよく考えたら、それってどうなの?そもそもどういう意味?
という言葉が結構ある気がする。

犬はワンワン、猫はにゃーにゃー。ニワトリはコケコッコー。

犬は、バウバウかもしれないし、ふゃんふゃんかもしれないし、
猫は、ぅぇあ~ん、とか、みぇ~ん、とも聞こえなくもない。
ニワトリは、ウゴゴッゴェゴー!っぽい気がする。

車はブーブー。

ブーブーってことないだろ?
ブーブーってのは警笛音を象徴してるのかな。
でも、普通の日本の一般的なセダンならビーッと鳴る。
大型車ならフォーンとなる。

じゃ、エンジン音か。
最近の車のエンジン音はブーブーではない気がするけど、
確かに昔の車なら、そんな音だったのかもしれない。。

電車はポッポー。

なわけないぞ?

ポッポーは蒸気機関車の警笛だと思うけど。
電車というのは、その名の通り電気モーターで動く列車。
でも、最近の人(というか主に都市圏の人)は、
ディーゼル車や蒸気機関車までも電車と呼ぶ。

風はびゅーびゅー。ときに、ひゅーひゅー。

ひゅーひゅーだよ!(古っ?)

これは、まあ妥当な擬音語かも?

といっても、空気の流れ自体に音があるわけではなく、
その空気が物体と物体の間に流れ込むときに、
笛の原理で鳴る音なんだけど。


何か、どうでも良くなってきた。。。

ええと、いろいろな現象や聞こえてくる音を、
既に定義されている言葉に置き換えて認識する
ということは、つまり、
定義されていない音は聞こえなくなるってことじゃないのか、
なんて思ったわけです。

未知の音は、聞こえないのと同じ。

聞こえる音でさえ、
本来いろんな波形や波長の音であるはずであろうのに、
擬音語、擬声語という言葉に翻訳されてしまうわけで。

そう、今回書き留めておきたかったことはココなんです。
(多分。)

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November 16, 2006

楽にお金を稼ぐ方法

今日、帰りの電車の中で、
ぼほーっと妄想してたことを書き記しておこう。。。

何か楽してお金を稼ぐ方法はないものか。
しかも、月50万とか60万とかのレベルじゃなく、
松坂みたいな、一夜明けたら60億どかーん、みたいな。

いや、まぁ、あれはそれだけの努力の結果であって、
決して楽して一夜にして、とかではないんだよねぇ。

ええ、私も60億とか分相応でないことは分かってますよ。

でも、その60分の1で1億でもいいっすよ。
(全然わきまえてない)

それが努力せずして、ポンッと稼げないかなぁ。。。
そう、楽して。ここポイント。

そういえば、どっかの掲示板の管理人が、
どっかの大学の学祭にきて利口げに講演してたっけな。
(伏せられてないぞ)

 「年収は、日本の人口よりちょっと多いくらいかな」

ということは、1億2千万ちょいってことですな。

よくよく考えてみれば、
日本人全員に「1円めぐんでクレ~」といって1円出してもらえば、
それで1億2千万円になるわけだ。

まぁ、その中には子供や年寄りもいるだろうから、
生産人口を(少なく見積もって)その半分としても、
1人1円で、6000万円。
1人2円なら、1億2000万円。

なんとなく、アフィリエイトで稼いでる人がいることも納得。

1クリック1円としても、
1日1万人にクリックしてもらえば1万円。月30万円。

しかし、どうやってそんな人を呼び込んで、
さらに宣伝広告リンクをクリックさせるか、というところが問題。

アフィリエイトは儲かるぜ、とか、
その上手いやり方教えます!みたいなサイトはいっぱいある。
それ自体、アフィリエイトだろうし。

でも、そんなところを見て勉強して儲かるなら、
誰も苦労はしてないってね。

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November 14, 2006

百億の星と千億の生命

私はあまり人に本を薦めたりすることはないのですが。

最近のあまりの無節操な社会や政治について、
私のいいたい事がほぼ書かれている本がありますので、
この機会にお勧めしておきたいのです。

一見、宇宙とか生命とかに関する本かな、
と思わせるタイトルだけど、
実際は、カール・セーガン氏の現代社会に対する考え方、
或いは、忠告や警告のような内容になってます。

セーガン氏は、実際科学者でもあったので、
そういう観点からの鋭い指摘が多いし、
私自身、彼の意見のほとんどに同感です。

その中で、最近日本で議論すべきだ何だといっている核武装について、
(というより、軍拡について、かな)全否定してる部分があるので、
以下に抜粋(引用)して紹介しておきます。

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November 13, 2006

社会不適合者

ここのところ、
世間では「いじめ」の問題が騒がれております。

そのことについてここでは書くまいと思ってたんだけど、
やっぱり、今私が思ってるところを書いておこうかと。

「いじめ」というのは、
いじめられている本人がそのことを意識することで、
はじめてそういう問題になる。

たとえ「いじめ」という行為があっても、
いじめられている本人がそれを気にしていなければ、
あまり大きな問題にはならない。

といっても、
いじめ行為をすること自体は褒められた話ではないんだけど。

人は、いじめられることで、心身が傷ついて、辛くなるから、
登校拒否にもなるし、自殺も考えるんだろう、ということです。

じゃあ気にしなければいいじゃないか。

いじめられて傷つく人、というのは、私が思うに、
やっぱりそれでも集団にいたいと思ってる人なんじゃないか、
友達が欲しい、そういうつながりを大事にしたい人なんじゃないか、
そう思うんです。

だから、自分が一番、みたいな人とか、
他人なんかどうでもいいや、自分は自分、みたいな人とか、
自分の趣味や何か没頭してることがある人とか、
そういう人は、いじめられてもあまり苦にならない。

その良し悪しは別の話で。

そうはいっても、いじめられて全く苦にならないことはないんだけど、
自殺するしかない、という気分までいかなだろうということ。

本当は仲間に加わりたいのに、その仲間に入れてもらえない。
仲間でいるためには、何か辛い苦しい状態を強いられる。
仲間からはずされたら、もう自分の居場所は無い。
誰も助けてくれない。助けを求める先も無い。

ああ、もうこの世に夢も希望もない。。。

となって、思いつめるんだろうと思うんですが、
どうですかね。

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November 10, 2006

はらたいらに3000点

この秋は知ってる人の訃報が多い。。。

 漫画家はらたいらさん死去
 (asahi.com より)

63歳は若いですよ。

とりあえず、大橋巨泉より先に逝くとは思わなかったよなぁ。

漫画家としてのはらたいらを私はよく知らないのだけど、
クイズダービーでいつも正解している人という印象がありました。

正直、あまりに手堅すぎるので、
教授のクセになかなか当たらない大穴の篠沢教授の方に
愛着があったことを自白しておこう。。。

ご冥福をお祈りします。

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地球温暖化はデマだという話

今年は、11月だというのに日中は暖かいし、
北海道では竜巻や突風が発生してるし、
これは近年の異常気象を象徴するものではないか、
という見方をするマスコミの報道もちらほら見受けられます。

異常気象の原因のひとつとしてよく取り上げられるのが、
地球温暖化の問題ですね。

特に、二酸化炭素の増加による温室効果によって、
このままだと、100年後の日本に冬はなくなる、
春夏秋の三季になってしまうという予測もあります。

事実、ここ数年の地球の平均気温をグラフで見ると、
着実に上昇してきているように見えます。
二酸化炭素の濃度も指数関数的な延びを見せていて、
このままだと、100年後は900ppmを超えてくると。

この問題は、誰も疑わない、世界で一致した見解だろう、
(問題に真面目に取り組むかどうかは別として)
と、最近まで思っていました。

ところが、地球温暖化問題というのは、
政治的なデマだ、という主張があるらしい。

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November 08, 2006

モスキートノイズ

人間が聞き取れる音の周波数域というのは、
大体20~20000Hzの間くらいらしい。

しかし、歳をとるにつれて、
人は高音域の音が聞こえなくなってくるのだそうです。

そういう話自体は、
昔、Nスペかなんかで見て知ってたんですが。

昨日、ネプ理科を見ていたら、
モスキート音という、とても高周波で、
授業中でも先生には聞こえない着メロがある、
として話題に上がっていたのです。

番組では17000Hzくらいの音を流していた(っぽい)んだけど、
これが、全然聞こえないのがショックで。

どうも、20代の人には聞こえてるらしい。

私は往生際が悪いので、
きっとテレビのスピーカーじゃ精度が悪いんだ、
他の雑音が入ってるんだ、などとひとりで言い訳しつつ、
そういう周波数の音を探してみたんですが…


 聞こえない。。。(´ー`;;)


拾ってきたので、ここに置いておきます。

 ・18000 Hz (172.3K)
 ・17000 Hz (172.3K)
 ・16000 Hz (172.3K)
 ・15000 Hz (172.3K)

 ※直接クリックしてプレイできないときは、
  右クリックで「対象をファイルに保存」してみてください。

私は、15000Hzなら、なんとか聞こえます。

でも、16000Hz以上はダメ。
何となく頭の裏側に響いてるのかな?程度の感覚にはなるけど、
“聴き取れる”というレベルじゃないです。
てか、ホントに音なってる??


やっぱ、30超えたらこんなもんかぁ。。。


ちなみに、上のファイルはwave形式だけど、
これをmp3にエンコードしようとしたら0バイトになった(笑)
(音が無いのと同じという判定。)


モスキート音てのは「蚊の羽音」ってことです。
そういえば、最近、蚊の飛ぶ音、聞かない気もしてきた…。

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November 06, 2006

立冬

月も変わって、冬の様相も見えてきた感じです。
暦の上では立冬なんすね。

今年は、近年にしては珍しく、
時間の流れを緩やかに感じてます。

去年までは、ホント何も考えるヒマもなく、
それこそあっという間に過ぎ去った感じだったのが、
今年は、「まだ11月か」という感覚なのです。

今年はいろいろ変化があった年だから、かな。

春先に会社を辞めて、フリーになって、
職場も3回変わって、いろんな人に会って、
1年のうちにこんなにいろいろ変化があったのは、
私にとって近年稀にみるってやつです。

つまり、会社にいた頃は、
それだけ変化が無く、ただ忙しい日々だった、
忙しいけど同じことの繰り返しだったんだなぁ、と、
改めて思うわけで。

新しいこと、新鮮なことが続くと、
時間の流れは緩やかになる。

前にも書いた話かもしれないけど、
子供の頃の遠足で、その行きの道のりで見た景色や、
道端にあったくっつき虫みたいな雑草をとって、
友達に投げつけてくっつけ合ったりして遊んだりみたいな、
そういうことはいろいろ覚えてるのに、
その帰り道のことについては、
同じ距離を歩いて、同じ景色を見て、同じような遊びもした、
そのはずなのに、あまり記憶に無かったりする。

これは、帰りの方が疲れているからというのもあるけど、
行きはいろいろ新鮮だった景色や遊びも、
帰りは、行きと同じことをしただけで新鮮さはなく、
その記憶もあまり残らないのだろう、という話。

結局、同じことを繰り返すこと、その時間というのは、
後から思い出しても、なかったのと同じことになる、
つまり、その時間はなかったことになるから、
思い返せば早かったなぁ、ということになるんだろうと。

子供の頃の時間の流れと、大人のそれとを比較して、
大人の時間の方が早く流れているように感じているというのは、
多分そういうことですね。

去年まで、いつもこの時期に思っていたこと、
「ああ、もう1年が終わる。早かったなぁ」
という感じが、そこまであまりない(全くないわけじゃないけど)
というのは、今年は、まだ、そこそこ充実していたのかな、と。

…て、まだ終わりじゃないけどね。

今年は、そんな立冬であります。

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November 03, 2006

エルミタージュ

今日は上野にある東京都美術館でやってるイベント、
大エルミタージュ美術館展なぞ行って来ました。

“大”なんてついてても、やっぱり都美術館は狭いですから。
絵と絵の間隔が狭いと感じていたのは私だけか。
すごく窮屈な感じ。

ていうかね。
それよりも、人多過ぎ

さすが3連休初日で、しかも快晴。
上野公園は人で溢れ返っておりました。
予想外だったけど、冷静になれば予想できたことだったわ。

まぁ、そんな人混みの中で、
とりあえず無理やり展示されている絵を眺めてきましたよ。

エルミタージュというのは、
もともとロシアの女帝エカテリーナ2世が、
18世紀につくった私有美術館で、
所蔵作品は、そのエカテリーナの好みで収集されたもの。
後に一般公開された後も、
19世紀や20世紀の作品が収集されていったようですね。

実は、私はそこにゴーギャンの絵があるというので、
ちょっとどんなのか見てやろうという魂胆で行ってみたんですが、
ゴーギャンの絵は1つしかなかった。。。

私がこの画家に興味をもっているのは、

「我々はどこからきたのか、我々は何者なのか、我々は何処へ行くのか」

という絵を描いた人だからですが。

この長いタイトルは、いろんな意味で奥深い。
そのまま哲学のテーマになります(てか、なってます)よね。
この絵自体はエルミタージュではなく、
ボストン美術館の所蔵作品なんですけど。

>> ポール・ゴーギャン - Wikipedia

絵自体は南国(タヒチ?)の女性たちを描いただけ、
という感じなんだけど、
この絵にこのタイトルをつけた理由、というか、
そのときのゴーギャンの心情がとても気になってるわけで。


っと、この話はまた別にして。

エルミタージュですな。

どの絵も美術的に素晴らしいのでしょうけど、
私には正直よくわからない。。。(^-^;

で、そんな私が素直に「これ凄いな」と思った絵が1点。

 『ゼーガッセから見たドレスデンの旧市場』
 Old Market Square in Dresden from the Seegasse
  ベルナルド・ベロット

この絵が大きいというのもあるけど、
そこに細かく書き込まれた大勢の大衆と、
周囲の建物の直線がとても印象的でしたね。

定規でも使ったんじゃないかと思えるあの直線が圧巻。
あのどでかいキャンバスによく描いたな、と。
って、本当に定規使ったんだとしたら萎えるけどネ。
あくまで手で描いたものだとしたら、すごいと思う。

それ以外の多くの風景画は、
ボブ・ロスの絵って感じで、あまり衝撃的なものはなかった。

(ごめんなさい、巨匠たち。)

てか、ボブが凄いんですけど。。。

知ってるかなぁ。
昔、NHKでボブの絵画教室みたいな番組が放送されていて、
(制作は、多分NHKじゃなくて海外の局)
彼が、たった30分で1枚の立派な油絵を描き上げて行く様子が、
非常に(ほんと非常だよ、あれ)衝撃的だった。

比べちゃいかんか?

でもやっぱ、ボブ凄いっすよ。

探したら動画があったので、折込に貼っておきます。

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