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September 10, 2005

国家の必要性

先月中に終わると思っていたモノが、
意外と長引いていることにちょっと悔しさを感じつつ、
それは仕様がいまだに決まらないところがあるのと、
必要な機器がいまだに揃っていないという、
いわゆる外的要因にあるんだと思いつつ、
結局、それの完成が遅れるのは、
いつもその作り手のせいにされることに、
常々納得いかないと不満モンモンの月影です。

こんばんは。

世の中不景気、お先真っ暗、将来たかが見えている…
なんていうのみんな政治のせいにして逃げているのが
大半の日本人でしょうよ。

 民にできることは民へ

このセリフで思い出したんですが、
「エースコンバット3」というゲームの世界観が、
実に資本主義政治という感じだったな、と。

どんな風かというと、
世界は、いわゆる国家によって動いているのではなく、
巨大な2つの企業によって、
世界の経済が統治されている、というもの。

これはゲームなので、
その2大企業間で戦争するという展開になるわけですが、
国家の力が無いに等しいくらい小さくなって、
全てが民間に任されるようになるということの極端な例が、
その世界観にあるのかもしれないなと。

例えば、世界は、日本とかアメリカとかロシアとかではなく、
IBMとかソニーとかSUNとかいう話になるわけです。
それぞれの企業の社員が、
今の世界でいう国家公務員みたいな感じですね。

警察の役割だけは国家に任されるけど、
実質、それぞれの企業は軍事力を持っていて、
警察権力は市民の治安維持のみに努める弱い存在。

国家がない世界では、当然税金などない。
国家に相当する権力者である企業は、
自らの資本と経営で経済統治を図っているわけです。

市民は、税金を支払わない代わりに、
誰からも何も生活保障はされません。
全て自己責任の下で生きていくことになる。
福祉などという言葉も死語です。

もし、本当にそんな世界になったらどうですかね。

もう「政治が悪い」などという不平もいえなくなる。
そもそも政治がないわけですから。

あるのは市場原理のみ。

そうなると、おそらく弱者は徹底的に排除され、
生き残るのは、本当に能力のある者に絞られてくる。
社会には使えるものしか必要ない。
そういう理屈が正当化されていくでしょう。

怖いですねぇ…。

でも、そうなったときに自分はどうするか、
と考えることは有意義だと思います。

自分はどれだけ国家に頼っていて、
どれだけ自活できるのか、という閾が見えてくる。

また、これは国家がやるべきことで、
これは特に国家がやらなくても良い、
などという話も出てくる。

これは国にやってもらわないと生きていけない、
という要請も浮かんでくる。

日本人は、全てを政治のせいにする前に、
自分で政治を考えることをしたらどうか、と思う今日この頃…。

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