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December 31, 2004

良いお年を

21:35の夜行列車で帰省間際にblog更新しているという、
やっぱり後押しがないと何もできない自分に気づきながら
年の瀬は電車の中かよ、みたいな心境(どんな心境だよ)の月影です。

こんばんは。

今現在19:40です。そろそろ出ないと間に合わないです。
でも、とりあえず最後にここを更新しとこうかなと思いまして。
えらいですね。私。
自分でいうな。

最近、本当に困憊するほど頑張ってるのに、
人に褒められるということが全くないのです。
まぁ、褒められるために何かしているわけではないのですが。
それでも、やっぱり人間ですから、
やる気とか生きるモチベーションとか、
そういうものがちょっとでも上がるような何かは欲しいわけですよ。

てことで。
来年は、そういうのを自分から見つけていく年にしたいかなと。
待っているばかりでは駄目ですね。
もう大台に乗るし。(それは関係ない)

そんな気持ちを持ちつつ、さて帰省するとします。

ここを覗いてくださっている数少ないお客様のためにも、
来年も頑張って更新していきますので、
どうか見放さないでお付き合いくださいませ。

ではでは、みなさん、良いお年を!

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生命宇宙の世界(5)

みなさん、こんばんは。

今回は、数学が現象の解析の道具である、ということについて、
もう少し考えてみます。

ちょっと思い出してみましょう。

小学校までの算数と、中学校からの数学。
ここで、何かが大きく変化したはずです。
何が?

記号ですね。
中学校数学から、xとかyなどの文字を数式に導入してきたはずです。
例えば、y=ax+b という簡単な一次式。
この場合のa、bは定数で、x、yが任意に変化する変数です。
自然科学で、この現象はこうだ!ということは、
この定数a、bの発見と、どの値を変数に当てるかということを導く
ということにほぼ同義です。
(実際は一次式以上の高次を扱います。)
これを微分したり積分したり、それをグラフにしたりして、
より現実の現象に近似した表現にしていくわけですね。

微分というのは、その式が描くグラフの傾きを求めることで、
積分というのは、そのグラフの曲線が描く図形の面積を求める…
みたいなものです。

ちょっと大雑把ですかね。

例えば、y=ax+bであれば、
xが1のときのyと、2のときのyの値の差分が傾きaになります。
一次式だとこのaはこれで決まってしまいますが、
2次以上になると、グラフは曲線になりますね。
y=ax^2+bx+c とか。("^"は乗数表現)
その傾きはxの値によって変化します。
この場合の傾きは微分によって求めます。
微分というのは、曲線の接線の傾きを求めるということです。
x=1の点とx=2の点を結ぶ直線の傾きはすぐ求まりますね。
この2つのxの値を次第に近づけていく、
つまり、x=2の点をx=1の点に限りなく近づけていくと、
その直線の傾きはx=1の点の傾きに近づいてきます。
この極限をとる、というのが微分です。

積分も、考え方はこれと同じですね。

ここで、極限をとる、ということがどういうことか。
上の例でいえば、2点の距離が0になってしまうのでなく、
限りなく0に近づいた状態、ということになります。
なので、このような値を実数で表現することはできません。
記号で代替表現することになるんですね。
最初は、パラメータの箱として便宜上使われていた記号が、
次元が高等になってくると、
その記号自体が意味を持ってくるようになってきます。

今の自然科学(特に物理学)のメインストリームでは、
この記号の組み合わせを試行錯誤している、
という作業をしているわけですね。
といっても、闇雲に組み替えているのでなく、
ちゃんと論理的につじつまが合うと予想される(それが見込まれる)
方向へ持って行こうとしているわけですが。

実際、コトが数式に落ちると、
いろいろと現象が扱いやすくなるわけです。
実験や観察によって出てくるのは
質量なりエネルギーなりの数値なわけで、
それが理論で予測される値と一致していれば、
その理論は正解(っぽい)となるわけです。
実験は何度も繰り返して行って、
それが百発百中で当たるようであれば、
ほむほむ、それは理論として成り立つらしい、となるわけ。

20世紀の科学の歴史は、
ずっとこれの繰り返しですね。
理論を立てる、つまり、その方程式を導く。
それが正しいかどうか実験してみる。
或いは、観察される現象からパラメータを取り出す。
その実験値を方程式にあてはめてみて、
正しい結果であれば、それは、
何とかの方程式、とか、何たらの定理、
などと命名されて標準化するのですな。

多分、これ以外に客観的な現象の解釈の方法がないし、
人知の可能な限りで、この手法は最も妥当といえます。
数学が、誰もが平等に解釈可能という性質を持っていますからね。

ただ、逆に、ですね。
人間の知識は、実はその範囲に限定されてしまっている、
ということもできると思うんですよ。
私の望む先というのは、
数学で解釈可能な範囲を出ることはできないだろうか…と、
その辺だったりなんかして。

というか、ただでさえ私たち人間の思考というのは、
私たちが使う“言語”の範囲に限定されているんですよね。
普段感覚したり思ったりすることの全てを
何かの言語に置き換えられるかというと、
それはおそらく無理で、
言語にならない何かもあったりするわけでしょう。
特に、思考は、
ほぼ言語に置き換えられるものにフィルタされています。
言語にならないものは思考に上ることができないということ。

同様に、数学で書けない事項というのは、
それは“ない”のではなく、“考えることができない”のですね。
実際には、そこにも何かあるはずで、
実はそこに重要なものがいっぱい落ちてる気がするわけです。

さてさて、数学で書けない自然とは何でしょうか…。



とりあえず、今回はこんなところで。

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December 30, 2004

良いお年を

また1年が終わります。
今年は長い1年だった…。

来年こそ良い年でありますように。
(いろんな意味で)

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December 27, 2004

年末の愚痴、総決算

更新滞ってますね。はい、わかっております。
生命宇宙も、その先に行きませんね。はい、わかっております。
わかっているんですが、いろいろ余裕なくって、
いろいろやれずに時間だけが過ぎる日々を送っております。

ということで、こんばんは。

今週は休みの予定だったんですが。自分の中では。
やっぱり仕事です。もう最後の最後の日まで。
ただでさえ今年は休み少ないんだから、
ちょっと早めに休みに入りたかったわけですが、
やっぱりそうは問屋が。
部屋も掃除したいんですが。いい加減。

この時期には、今年一年どうだったかなーと
振り返るような内容で締めくくりたいと思うんですが、
思い返しても、
今年は仕様の決まらないシステム開発に振り回されたって感じで、
そればっかりの年だったとしか。
だから、それについて振り返っても、
結局グチにしかならなそうなのでやめます。(´-`;;;

まともにお盆とか年末年始過ごせることが、
この近年本当に稀になってきて、
やっぱり転職するしかないのかなと、
マジで思い始めてます。

でも、転職すると、また1からなんすよね。ちょっと冒険です。
同じ職種であればキャリアということで、
ある程度中途状態からはじめられますが、
この業界自体に、私自身ちょっと疲れてきてるわけで。
ソフトウェア開発を、本当に上手にやれる、
そういうノウハウのある会社ならいいんですがね。

どのプロジェクトを見ても、
失敗の原因は大抵上流工程にあるんですよね。
見積もりであったり、基本設計であったり。
そのへんをミスると、
実際の開発に入ってもズルズルとその尾をひくわけで。
とにかく、仮定でいいから、
最初の仕様をしっかりと作ってほしいわけです。
プログラマとしてはね。
その思想で基本を固めて、
それの下に実際にコードを組んでいくわけですから。
で、その基本を崩すような変更が要求されたら、
それは仕様変更なわけで、
別途工数(つまりお金と期間)を要求することになるわけです。
そこの調整がうまくできてないから、
結局下っ端プログラマは、
限られた工数の中で毎日サービス残業に苦しむわけです。

そのへん分かってますか?>関係業界の管理職の皆さん

思うんですが、今の管理職のオジサンたちは、
ソフトウェア開発会社の管理には向かないですよ。きっと。
頭が最近の事情についていってないもん。
つまり、うちみたいな、旧来の大手メーカー傘下で、
本社から出向してきてるオッサン達が上層を占めているような会社より、
ベンチャーで若い人が立ち上げた新しい会社の方が、
よっぽど上手く立ち回っているように思うんですよね。
この業界に関しては。
本社のネームバリューだけで生きてる感じがするんだよね。



やっぱし、喫茶店でも作るか…?

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December 22, 2004

携帯変えました

めずらしく早く帰宅できるその理由が、
駐在先の職場の皆さんが忘年会ということで、
フロアに誰もいなくなるということだったわけで、
決して仕事が終わったからではなく、
実は明日も休日出勤の巻という現実に…

こんばんは。

中途半端ですみません。
毎回誤ってますね。
いや、謝ってますね。
いや、やっぱし誤ってるのかもしれませんね。
人生…

ボーナスで何を買おうかと考えていたわけですが、
自分の使っている携帯電話が、
そろそろ使い始めてから5年ほどが過ぎようとしているということで、
最近の携帯電話のライフサイクルの速さを思えば、
なかなかロングランということで、
思い切って携帯を変えることにしました。

携帯電話なんて、
私はあまり人に電話する方でもないし、
かかってくることもあまりないし、
ならば今のやつでも十分かなーと思ってたんですけどね。

どうも最近の携帯電話はインターネットにつながるのですね。
ネットならそこそこやるかなと。
しかも、電車でふと人が操作しているのに目をやると、
電話でゲームしてるじゃないですか。
ファイナルファンタジーとか。
そんなことまでできるんだ…なんて衝撃を受けている私は、
やっぱし時代に乗り遅れてますよね。

てことで。
日曜はヨド○シへ携帯電話見に出かけてみました。
私はauなので、そのへんで適当にみつくろうかなと。
するとぉ!
au特価。なんと全機種1円!とかやってるじゃないですか。
こいつはタイミングいいやと早速店員さんに、

私「すませーん。いっこくださーい。」

なんてマヌケにいってみるわけです。

店員「どれになさいますか?」
私「んん、どれがいいんだろう?ソニー製ってありますか。」

私はソニーのクリクリ回すジョグダイヤルになれちゃってるので、
ここは同じ操作性のやつが良いかと思ったのですな。

店「こちらになりますね。」
私「クリクリありますねぇ。じゃ、それください。」
店「えーと、こちらWINという機種になりますがよろしいですか?」

WIN。何かよくわからんけど、面倒なので…

私「はいはい。いいすよ。」
店「契約形態が変わりますので、こちらからお選びください。」

で、広げられたパンフレットに4種類ほどのプランが。
ん?んん?何か高いな…。
一番安そうなプランSというのでも月額7000円超えてるじゃないか?

店「お決まりになりましたか?」
私「ん?ああ」

まぁ、最近の携帯ってのはネットもできるし、
こんなのが普通なのかなぁ…。

私「じゃ、このSで。」
店「かしこまりました。ではこちらの申込書に…云々かんぬん…」
店「…では、お会計、一万云千…になりますー。」

私「え?1円じゃないの?」
店「機種変更ですと、こちらのお値段になりますねー。」

うは。そ、そうだったのかぁ…。

後から分かったんですが、
auは、WINじゃなくて普通の契約形態もあったみたいで、
私は高い方の契約をしちゃったみたいなのですな。

ちゃんと調べてから買いに行けよって。

こないだ同僚がFOMAを買ったといって、
そのプランが月額8000円とかいってたのを聞いて、
「マジ?たけぇ!」
なんてのたもうたばかりですよ。
ほとんど変わらないじゃん。

ま。使い倒してやります。
なんかパケット定額みたいなので、
ネットしまくってやります。

携帯電話。もう、電話じゃないですよ。
カメラもついてるし。
そっちのが明らかに通話機能より金かかってるし。
“ケータイ”っていう端末ですね。これは。

今まで、電車なんかで携帯いじってる人を見ると、
何をそんなに老若男女みんな揃ってメールとかすることがあるんだ?
なんて思ってましたけど、
ゲームもできればWebも回れるものだったんですねー。

そんな私も、あの老若男女に仲間入りです。

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December 16, 2004

生命宇宙の世界(4)

みなさん、こんばんは。

徐々にトンデモっぷりを発揮していこうかと思うわけですが、
その前にもうちょっと地に足をつけていたいかなということで、
今回は、自然科学の最高の道具である数学について語ってみます。

数学。

…というからには“数”の学問ですわね。
モノを、ひとつ、ふたつと数えていく。

ただ、数学の起源をたどると、
数える、というよりは、
モノを測る(計る、量る)ための概念として導入されているようです。
(とりあえずウィキペディア参照。)

数というのは、何かを定量的に決めるときに便利です。
すべての基準となるべき概念、というか、
ゆるぎない「ものさし」となれるのですね。

リンゴが3つある

といえば、リンゴというものについて思う概念は人それぞれであっても、
3という数字は3でしかありません。

この数学を発展させると、
人間の頭では実際には理解しづらい(できない)世界も描くことができます。
簡単なところで“0”という数。
0というのは、何もない、という意味になるのでしょう。
でも、人間の脳は本当に何もないという状態を思考することができません。
さらに0より小さい値。負の数なんてのも出てきます。
実数ではなく小数、自乗して負になるという虚数、
他にも、現実の世界では想定しにくい数がたくさんあります。

今物理学の標準である量子力学などは、
まさにそういった数で組み立てられる世界なのですね。

いや、もはやそうした具体的な数ですらなくなっている…

私がモノゴトを数学的解釈ばかりに依存したがらない理由を、
ここにひとつあげますね。

量子力学は、
ハイゼンベルグの運動方程式というもので描くことができます。
それはこんな形をしています。

これは、時間(t)に応じて変化する物理量(A)を、
ハミルトニアン(H)という行列を使って記述したものです。
この交換関係は、量子力学の考え方の基礎になってますね。
一般に、これは行列力学と呼ばれています。

難しいっすねぇ。
ま、ここでは「こういうのがある」とだけ分かっておいて…

実は。
量子力学を表現する方程式はこれだけではないのです。

もうひとつの量子力学。
それはこんな形をしています。

みたことのない記号はおいとくとして、
これもやはり時間(t)に応じて変化する物理量(ψ)を、
ハミルトニアン(H)(厳密には、こちらのは正準量子化という処理が施されている)
を用いて記述したものです。

ご存知の方はご存知でしょうけど、
こちらは波動方程式といわれる書き方になってますね。
上記のはシュレーディンガー方程式として知られています。

量子力学というのは、
この行列力学と波動力学、2者が存在するのです。
しかも。
この2つの力学は“全く同じことをいっている”というのです。
ただ、記述の仕方が違うと。

面白いですねぇ。

ここが実証主義のプラトニックなところで、
結局、理論的に正しければ、
“その言い方はどんな風であっても良い”と主張するのです。

つまり、ここで、既に数学というものはあくまで道具であり、
数学の世界が具体的に実現しているわけではない、
ということを認めているわけですよ。
…というか、実証主義的な人にいわせれば、
実現されている結果より、
それを求める過程の方に着眼しているのでしょうね。
最初から。

地球が回っているのか、
地球以外の天体が地球の周りを回っているのか、
そんなことはどうでも良い。
…それが現代物理学の思想の基点になっています。

相対論然りですが、
重要なのは、そのような現象をどう記述できるか、ということ。




次回も、もう少しこのあたり、考えてみますね。

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December 14, 2004

ひげよさらば

まぁた日を更新しちゃったいっと思いつつ終電近い電車に乗って、
月曜から飲んでアルコール臭いオヤジのハゲ頭をにらみつつ、
やっぱ脱サラしてぇー!と夢見るサラリーマン月影です。

こんばんは。

やぁ。今晩は。いや、今夜は、ふたご座流星群ですね。
しかし、横浜の空は明る過ぎで、
しかも若干雲がかかっていてさっぱり見えませんが…。
本当は車でも出して、
昔みたいに湘南平あたりでボーッと空眺めていたいものですが、
終電で帰るような身ではなかなかそんなわけにもいきませんで。

さて。

そんな今の仕事から、いよいよ離脱できる日が。
いつも仕様書全然読まないN○Kの人たちと会う前に、
さっさと離脱して他の仕事にトンズラですよ。

さらば鬼のPL。さらば暗黙の呪縛。さらばさらばいろいろと…。

…って、システムのコアの部分を組んでしまったので、
なかなかスッパリそういうわけにもいかないんでしょうけど。

それにしても、
多分この終電まで頑張れや的雰囲気からは逃れられそう。
もうこのサービス残業が問題になって、
だんだん社会でも声高に叫ばれ始めている昨今、
ほぼ定時で勤怠つけて終電という逆行を歩むこの仕事は
どうにも納得いかんのでしてね。

外注会社の方がよっぽど待遇いいよなぁ…これじゃ。

とりあえず、
次の仕事は研究所っぽいところの仕事らしいので、
のんびり本当に定時あがりでやらせてもらいまひょ。
(うひょひょ)

そう上手くいくかどうかは、いってみないと分かりませんが。

そろそろ年末。その前にクリスマス。
この時期、街は沸き立ちます。




今年も…仕事…なのかなぁ……。

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December 13, 2004

とある忘年会にて

更新せにゃならんなーと思いつつも、
無理やり更新しようと思って書く記事が面白かった試しがないのだけど、
それでもやはり悪あがきをしてみようと頑張ってみる月影です。

こんばんは。

毎度いっとりますが、
もう最近の私は仕事とゲームしかない生活でして、
これといって皆様にご報告するような行事はないんですが、
まぁそうはいっても、
たまには人と顔をあわせることもしないとなので、
とあるコミュニティの忘年会へ混ざってきました。

私の場合、決まってああいう場所では、
隅っこの席でまったり飲んでるだけになるんですがね。(´-`;;
ま、今回のは、クオリアMLという、
普段こんなことを同僚とかに話したら
「お前、頭どうかしたんじゃないか!?」
って言われそうな内容でも受け入れてくれそうな集まりなんで、
ある程度いろいろ話すことはできました。

会社の飲み会で、宇宙とか心とか、そんな話まずしないもんね。

なので、MLEXP.でもこういう集まりしてみたいんだけど、
なかなかみんなシャイでして、
普通は出てきてくれないのですよねー。
やっぱり主催者のカリスマが違うんだろうなー(笑)

思うんですけど、
ああいうところから今の自然科学を突き抜けられるのかというと、
結構馴れ合いの雰囲気があってはダメで、
つまり、気の合う人間同士で集まって、
お互いに「そのとおりだねぇ」って言い合っているのでは、
やっぱりいつまでも現状維持って気がするんです。

問題そのものは難しいんですけどね。

自分のことは棚に上げていってるわけですが、
まぁ「生命宇宙」の話は、何の根拠もないフィクションですので、
そこらへんの研究を専門に仕事としてやってるのとは、
また次元が違うのです!(笑)

自然科学が非科学と異なっている点は、
その「反証可能性」にある、といわれていますね。
理論を立てて、それがそうなることを証明できるのは当然として、
そうならないことも反証することができるかどうか、です。
反証されれば、その理論は誤りと認めざるを得なくなる。

心身問題とか、脳科学の分野は特にそのへんが曖昧で、
なかなかその反証可能性が見出せないんですよね。
そこをぶち破ってくださいまし誰かぁ!ってとこです。
(他人本位?)

えー。こっちはこっちで、
おそらく反証不可能だろう生命宇宙論を展開しときます(爆)

なにか?

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December 10, 2004

火の狐

先頃、Mozilla.orgからFireFoxというWebブラウザ(正式版)がリリースされました。MozillaというのはブラウザのLinuxみたいなもんで、コアとなるソースコードが公開されていて、世界中の人がそれに改良を加えていくことで進化させようやみたいなプロジェクトです。

使ってみた感想…

はえぇぇ!

ネスケは重くて遅い印象があったんだけど(Mozillaはネスケと源流は同じ)これは軽くて速いです。そういうコンセプトで作られたブラウザみたいだしね。スタイルシートなんかに一部対応してないみたいだけど、サクサクページを見て回るだけなら、この「火の狐」はお勧めかも。

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December 07, 2004

貧乏暇なし

男はへばったり、倒れたり、リタイアしたりするととてもカッコ悪いのに、
女性だとそれが何故か絵になって可愛いとさえ思えるのは反則だと思いつつ、
世界で一番涙が似合う俳優はトム・ハンクスだろうと思い込んでいる月影です。

こんばんは。

脈絡なくってすみません。

えー。とりあえずボーナス出ました。冬の。
明細見て毎回納得いかねーって思うんだけど、
この貧乏人の私から
○万も(○の中に本当は数字を書きたいくらいだが…)税金だけで持ってく
このお国というのは鬼ですか。
そんなに税金払って、この国に何かしてもらったと実感できたことが
いまだにないんですが。私。

ま、これは私だけが思っていることじゃないでしょうけどね。

これがロケットを飛ばす為とかに使われるならまだ納得できます。
でも、毎年歳末に例によって例のごとく道路を掘り返す様を見ると、
(思いっきり指差して)
「そこぉー!そこそこそここぉっ!ムダムダムダムダァッッッ!!」
って叫ぶわけですよ。(心の中で)

だってさぁ。道路どこも痛んでないじゃん。
他にも水道やらガスやら電気やら、
メンテしてるんだかリプレースしてるんだかよくわからんけど、
工事の前も後も全然変わってないし。
まぁ、変わらず運用できるように修繕してるっていうんでしょうかね。

筑紫さんもいってましたけどね。
かつて田中内閣は土木財政で地元ワッショイしたわけですよ。
それこそ湯水のように金を土建につぎ込んで工事しまくったと。
その新潟。あの大地震でどうなってますか。
道路をどれだけ補強したか配管をどれだけ整えたか知りませんが、
結局、壊れるときはああして壊れちゃうわけです。

工事するなとはいわないけど、
年末はああいうことにお金を使わないと損だ、
というような財政のあり方がイケてないわけですよ。

毎年毎年あれだけメディアにもいわれてるのに、
いまだにそういうのを続けているというのは、
頭悪いんじゃないの?
っていいたくなりますよ。多分、私でなくても。



いや、またグチってしまいました…。
この時期、どうもグチっぽくなっていけません。

まぁ、ちょっとではあるけどボーナスでたし、
何か自分の慰めになる買い物でも見繕うとしましょうか…(´-`;;;;

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December 06, 2004

ドラクエ三昧

やばいっす先生。
もう買う前から分かってたことなんですが…。
買ったら絶対そうなると思ってたんですが…。

ドラクエ8、ハマってしまいましたぁ!

寝不足街道まっしぐら。
毎晩、てか早朝までガキのようにやってます。
いい歳してゲームかよ!なんていわないで…。

ていうか、やってみ。
往年のドラクエプレイヤーなら絶対ハマるぞ。

てか、ごめんなさい。
やっぱり、生活に余裕ない人はやらないように。
寝る時間なくなります。

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December 05, 2004

生命宇宙の世界(3)

みなさん、こんばんは。

この生命宇宙論の物語はまだ始まったばかりですが、
今回はそのキモといえる“生命”について軽くお話してみましょう。
生命については、今後も頻繁に取り上げて生きます。
だって、生命宇宙論ですもんね。

さて、前回は、
現在の宇宙論のメインストリームは数学体系だという話をしました。
でも、宇宙は本当に数学なのかというと、
そうではないのではないか、という疑問符を与えてみました。
では、宇宙は一体どういうものなのか。

そこで私は、宇宙は“生命”だ、というわけです。

ま、これだけでは三流SF以下なので、
このことについて今後論じていこうというわけですが。

まず、世の中で認識されている“生命”というのはどんなものか。
辞書をひいてみると、

 せいめい【生命】
 (1)いのち。生物が生物として存在できる原動力。
 (2)物事の存立、維持の原動力。
                     旺文社国語辞典 より

などとあります。
第一義は、それが生物たる原動力とありますが、
生物というのは、生物学的な定義にそうとするなら、

 ○外界と区別される自己の枠内で自立的に組織化する。
 ○自己複製、または生殖により次世代をつなぐ。
 ○エネルギーを生産、消費する代謝を行う。

というようなものになります。
もっと厳密な定義があるかもしれませんが、
大雑把に、生物とはそういうものということ。

ここで、生物と生命は次元が違うことに注意です。
生物は、そういうモノですが、生命は、そういうコトなんです。
平たくいえば、手で触れるか触れないか(笑)
(平た過ぎ)

私は、その生命というコトは、
何も生物のそれのためだけにあるものではないと考えたわけです。

生命は、それで体系化できるシステムでしょう。
この“システム”という言葉についても後々触れていきますが、
一般にいうシステムは、およそモノの組み立てに定義される言葉ですね。
いくつかの部品が集まってひとつの機能を成立させるとき、
その集まりのことをシステムといいます。

で、このシステムも、モノだけのためにあるのではなく、
原理、法則にも同様に適用できる考え方だと思うわけです。

次に、辞書の第二義を見ると、物事の存立、維持の原動力とあります。
この「原動力」というのはエネルギーのようなものだと考えると、
それはモノということになります。
モノじゃない何かといえば、やはりそれは抽象概念になる。
コトですね。原理、法則、そのような何かです。
私は、生命は後者だと考えています。

というわけで、ここで私の定義する生命の第一義を書くなら、

 事物を存立、維持する原理、法則、そのシステム

ということになるのですな。
ただ、ここで、それが原理、法則なのであれば、
結局、それは数学に頼ることになるんじゃないかという話になるでしょうね。

ごもっとも。

ただ、私は実証主義者ではなく、
どちらかといえば実在主義に近い考えを持っています。

科学者というのは大きく二種類いて、
一方は、法則を体系的に理論で証明していく理論屋。
もう一方は、実験や観察をすることで法則を証明していく実験屋。
この前者を実証主義、後者を実在主義とくくるとするなら、
宇宙論を研究する科学者というのは、
その性質から実験室で解決できる問題じゃないこともあって、
概ね実証主義になります。

ただ、それは、
ずっと数学の世界を抜け出すことができないことになります。
数学というのは、それ自体が世界なのではなく、
実在する世界を解析するためのツールということで利用されていますが、
人の認識可能性の限界から、
数学の世界でしかほぼあり得ないような事実が説明されているのが現状。
それでも、理論が破綻していなければ真であり、
そのような世界は実在すると仮定できるわけです。
その仮定が、実証主義の世界では現実になっているということ。

そこなんですよ。

人間の脳ミソでは認識できないレベルの実在があるのかどうか。
これは人間の限界を知るという意味でもひとつのテーマになりそうです。

生命というのは、
その言葉自体曖昧で水物というイメージですよね。
定義が、あらゆる局面でいろいろに書かれている。
でも、上に書いたような基本部分をおさえれば、
宇宙というのは、生命という系のもとにあるような気がしてくるわけです。

とりあえず、要点。
宇宙は数学そのものではない。
あくまで数学は宇宙を説明する道具。
では宇宙とは何か。どういう原理、法則であるか(実在として)。
それは生命というシステムそのものである!

発散してきたかなー。
行き当たりばったりでやってますので、そのへんはご容赦…(汗)

次は、標準的な宇宙論のベースである
数学という概念について考えてみようと思いますです。

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December 03, 2004

師走

仕事。
落ち着くかと思いきや、また別な地獄も次に待ち構えていると聞き、
さらに現状の仕事も別の(良からぬ方向の)展開を見せはじめて、
ふつふつと込上げる不安に苛まれている月影です。

こ~んばんは~。(ややか細く)

ああ。もう今年は精神的に疲れました。
仕事続きで、というのもあるけど、
最近気づきました。
いや、もともとそういう雰囲気はあったんですが、
一緒に仕事してる同僚の○×くん。
私、彼のこと、嫌いかも。

ホモじゃありませんよー。

人間的に。
というか、彼はあれで普通なんでしょうけどね。
どうにも付き合ってて疲れるなぁと、日ごろ感じていたんだけど、
それを受け入れなかったんですよ。
でも、一旦「ああ、そうか、嫌いなんだ」と気づいたらその通り。
同期なんですけどね。
ここで悪口みたいなことは書きませんが、
そういうことに気づいた自分を今発見!みたいな。

そういうことってないですかね。
実際はよくわからない人と付き合っていて、
そうすることが普通の毎日が続いていると。
で、何だか日々疲れる。
一体何で疲れるのかわからないけど、
とにかく精神的に疲れる。
それが、その人と一緒に、
例えば仕事を一緒にしていることが原因だということに、
一向に気づかないわけです。
それがすっかり日常になってしまっているから。

実は、その人は自分には合わない人だったのかと、
後で気づくことって、あまりないですか…。

いや、なんとなくヤラレタ感。

さてさて。今年ももう師走です。
師走って日記に書いたのも最近な気がしていたんですが、
それももう一年前。
でも、早かったなぁーとは感じないかな。今年は。
その理由もまた後になって気づくのかも。

今年の年末年始はあるだろうか…。

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December 02, 2004

生命宇宙の世界(2)

みなさん、こんばんは。
そんなわけで、生命宇宙論のお話、いってみようと思うのです。

まず、なぜ生命宇宙論なのか?

ですよね。
“宇宙論”といわれるものは、既に無数にあります。
要するに、宇宙とは何ぞやを論じれば宇宙論なわけです。
そのうち、自然科学の世界の宇宙論は、
この宇宙の誕生の謎や構造、或いは原理などを、
ある体系に従って理論的に説明しています。

有名なフレーズをあげれば、
ビッグバン、ブラックホール、インフレーション…
大抵このあたりを説明する言説は宇宙論に直結します。
今、一番スタンダードなあたりですね。

これらの宇宙論がどういう中身かというと、
その基礎理論は、相対性理論と量子論(量子力学)、
これらをベースに応用、発展した数学体系といえます。
これをイメージでつかむこともできますが、
ホーキングなどの実証論者にいわせれば、
とにかくどのような説明の仕方であろうと、
そのような原理、法則になっていることが矛盾なく説明されるなら、
“それは真である”
という前提のもとに築かれている世界だといって良いと思います。

結局、最終的には仮想的な数式にまとめられます。

実際、数学というのは、現象を解析する最高の道具です。
それは、数というのは、統一的な抽象概念を与えるものだからです。
例えば、“リンゴ”というものは抽象概念ですが、
それは人によって想像する映像や触感は異なります。
それに対して、数字の“1”は、誰が考えても“1”でしかありません。
数式も同様で、観点によってさまざまな解釈があるとしても、
その式自体は、そういう形の式なのです。

数学はエライ!

…そうなのですが、実際、世界が数学の式で描画されているかというと、
違うと思うのですよね。

 ココ!

問題はここなんですよ。世界は、宇宙は、本来数学ではない。
数学は、あくまで道具であって、
数学そのものが宇宙にイコールではないと。
フツーに考えてそうでしょう?そう思うでしょう?

実際、この現状のこのやり方で、
例えば、“人の心”が導けると思いますか。
さっき、帰りの電車で同僚とドラクエの進捗で盛り上がっていたときに、
私の心の中では、今夜はククールを仲間にして寝ようと考えた
まさにその瞬間の心の動きを、解析して数式で解けますか。
…いや、そんなのはどうでもいいんですが。
最終的に、宇宙そのものの説明は数学体系でOKすか?
ということです。

足りないでしょう。きっと何か足りない…。

はい。
そんなあなたに“生命宇宙論”。




次回は、なぜ“生命”なの?ということをお話しましょう。

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生命宇宙の世界(1)

みなさん、こんばんは。

今日からちょっとシリーズモノをはじめてみようかと思いつきました。
思いつきなので、これもいつまで続くかわかりませんが、
まぁ、やれるとこまでやってみようと思うのです。

実は私、宇宙論というものに興味を持っております。
…ま、知ってる方は知ってるわけですが、
私のメインページは、それがテーマとなってます。

んが。
この中のメインコンテンツである「生命宇宙論」が
この数年前からほとんど更新なしで、
まったく絵に描いたモチ状態になりつつあるのですな(汗)
社会人になると、こうも時間に余裕がなくなるものかと…。
いや、それはそれで、
とにかくここらでテコ入れしとかないと、
ずっとあのまんまな気がしているわけです。

生命宇宙論。

これは、私にとっては万物理論に等価なものと位置づけています。
この概念は頭の中になんとなく浮かんではいるんだけど、
それはそういう“概念”なんですよね。
メタ的に文章で説明しようとすると、私のボキャブラリでは、
なんとも平ったい陳腐なものになってしまいそうで、
それもあって、
あそこで「こうだぁ」って披露するのを敬遠していたというのもあります。

あれです。
「ジーンマイク」のエピソードで、
のび太が先生の感動話を説明するみたいなもんです。
…あ、いや、ドラえもんの話なんですが。
ニュアンスが伝わらないと、安っぽくなるってこと。

でも、そんなこと気にしてたらいつまでたっても先に進まない。

ということで、そんな高級に書こうとするより、
むしろこういうBLOGみたいなところで、
逆に最初からアホっぽく書いてしまうのもアリなんじゃないかと。

そんなわけで、生命宇宙論ことはじめ。
とりあえずMLEXP.コンテンツになる下書きみたいな感じで、
ちょっとやっていこうと思います。

まぁヒマなお人たちは、
なんかアホがアホなことしゃべっとるなーくらいな気持ちで
眺めてやってください。




…って、このBLOGが生命宇宙論だけになるわけじゃないですよ。
いつもの、雑談や哲学(っぽいだべり)や日記をはさみつつ、
間欠でいってみるのです。

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ジュース

最近は深夜までスーパーがやってくれているので、ほぼ日を更新して帰宅する私としても非常に重宝しています。近所の東急ストアも深夜1時までやっているのです。今日もそこで、明日の朝食のパンとパックのグレープフルーツジュースを買って帰ったのでした。

で、ですね。そのグレープフルーツジュースを飲んでみると、これが物凄く甘いわけです。よーく見たら、グレープフルーツジュースと思って買ったそれはパイナップルジュースだったのですよぅ!

アッチョンブリケェ~!!(甘ったるいのダメなんです)

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