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March 30, 2004

構造の問題

何でパースが遅いのかという問題。
まぁParserのバージョンが3だったのもあるんだけど、
内部で再帰ループで探索してるのが
やっぱり遅い原因なのではないかしらん。
いや、もっと良い方法があるんならいいんですけど。

だーからVC++6.0なんてやめとけといったんだよなぁ。

Delphiなら、VCLに最初からXMLパーサのラッパがあるし、
.NETなら、XMLReaderクラスとかあるらしいじゃん。
サーバ側はC#で、
それと比較されて遅いといわれて、
そりゃこっちは自作に近いクラスなんだしなー、
と思ってみても、
VC++6.0は最初に押し付けられたんだもんなー、
と理不尽に感じつつ…。

ちくしょうめ。

ええ、そうですよ。私がもっと賢くて、
MSやBorlandの技術者以上に素晴らしいコードを書ければ、
そりゃあ速いプログラムも出来ましょう。

ムリ。

理不尽といえば、
自動回転扉に子供が挟まれたあの事故。
あれも構造上の問題でしょうねぇ。
センサーがどうとかいってるんだけど、
センサーが正常に動作しても25cm滑るて…。
要は、そうならざるをえない格好をしたモノなんです。

見た目重視であんな形にしちゃうから。

ホントに安全を保障したいなら、
フツウに左右に開く自動扉にしとくか、
回転式にするなら、自動は諦めるべきですよ。

まぁ、そこをどうにか追求したいのも、
技術者なり芸術家なりの思いであり、
それを売りたい経営者の思いでもあるんでしょうがね。

だってさ、勝手にぐるぐる回ってる扉なんて、
じいちゃんばあちゃん入るタイミングを見つけるだけで
オドオドしちゃうと思うんだけどね。
子供はよく解かってないから、
無鉄砲に突っ込んじゃうだろうし(んでこの事故だ)。

こういう仕様を、こういう格好で満たせ。
そういわれても、
どっかで物理的に不可能な部分があって、
それをどう“ごまかす”か、というあたり。
とりあえず、人の命を奪っちゃいけません。
それは前提で、
見た目なり美しさなりを追求してくださいと。

ああー、そもそも、XMLなんて格好つけなくても、
フツウのテキストデータで通信すれば、
もっと単純で速い処理が実現できたんですよ。

あれ、何の話だったか…。

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March 29, 2004

人間クエスト

さぁ、発売されました。
ドラゴンクエストV。ええ、PS2でリメイクされたやつです。
私の中では、初代3作ロトシリーズを除くと、
5が一番名作だと思うんですよね。
シナリオにしろ、つくりにしろ。
それがPS2で復活とあれば、買うしかないでしょう。
あの頃みたいに、店先に並ぶまでもなく、
発売日の翌々日とかにいっても、いっぱいありました。
まぁ、新作ではないですしね。
すんなりゲッツして、うちに帰って開封。
すると、VIIIのデモムービーみたいなDVDもついますよ?
早速見てみる。
な、なんだこりゃー!
なんかドラゴンボールがそのままゲームになったみたいな?
3Dアニメすげー。
さすが、スクウェアと一緒になっただけのことはある(?)
VIII、早くやりてぇー。

…あ、Vの話は、また今度書きます。

暖かくなってくると、犯罪が増えるらしいですよ。
特に女性諸君は気をつけましょう。

でも、何でなんですかね。
春になると、何でもやっちゃっていい感みたいなのが
ムラムラと湧き上がってくるんでしょうか。
これは、人間の理性の問題ではなく、
むしろ動物的な現象なのかもしれないですね。
人間の場合、発情期なんてのはなく、
というか、時期お構いなしに性行為に出られるあたりは
年中発情期なわけですが。
しかし、もともと動物の部分には、
春が発情期というタスクも入っているのやも。

人間の行動を、動物のそれとして逐一観察すると、
結構面白いものです。
例えば、
普段話している言葉は意味のある単語のパターンなのに、
笑うときは「ははは」とか「へへへ」とか
特に意味のない発声になっている様子だとか、
二足歩行するのに、みんな一様に手を振っている様とか、
時間を気にして急いでいるのは、
時間という概念と、それの前後関係を理解して、
今の時点から目標までの時間を計算できているからなんだろうなぁ、
みたいな様とか…。

要は、自分が人間以外の知的生物になった感じで、
人間とはどんな生物かね、と見るわけです。
これがなかなか面白い(って、私だけか…?)

でもね。
これ意識しだすと、自分の行動も例外ではないので、
ちょっと自分がぎこちない感じになってくる罠もあったり。

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ようやく…

暖かくなってきました。
暑さ寒さも彼岸まで…といいつつ、
春分の日明けの週に
雪の予報が出ていたのには参ったですよ。

とりあえず、春らしく。

世間は春休みなんですねぇ。
学生諸君、君たちは非常に恵まれた環境下にいるんだよ。
…ということを、
社会人になってから痛感するわけですよ。
ああ、春休み欲しいよぅ(心の叫び)。

ええと、春になれば、
世の中に出会いや別れというものもぼちぼちと。
卒業、入学、異動、入社… そんな季節ですからね。
一期一会とはよくいったもので、
出会いは、それ自体いつまでも経験に残るもので、
別れても、出会ったということはメモリされるのですな。
そして、出会いは、いつか別れがあるから
儚く、しかし素晴らしいものだと。

今年の春は、現実世界だけでなく、
なんとヴァーチャルの世界での出会い別れもあって、
いろいろ新しい展開に、
脳ミソの使いどころが覚束ないというか…(?)

人生、こういうのがあるから面白いのかもですね。

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March 22, 2004

知るということ

先週と同じく、また近所のモスで昼をとっていたら、
隣の席に、中年のおじさんと若い青年が座った。
おじさんは青年に
「好きなものを買ってきなさい」
と、千円を渡す。
するとその青年は、
「いいんですか。ありがとうございます」
と恐縮している様子。
上司と部下かなぁ、と思ってみると、
“ASA”のロゴの入ったカバンを持っていたので、
ああ、新聞屋か、と察した。

何やら書類を取り出し、2人でそれをみて話し出す。

おじさん「どうだった?」
青年「だめですねー。2件でした」
おじさん「そうか… ここは?」
青年「あー、そこは引っ越されるということで」
おじさん「そうか… こっちは?」
青年「あー、今なんか忙しいということだったので」
おじさん「そうか… ここは…」
青年「あー、留守でした。大体留守ですねーこのへんは」
おじさん「そうか…」

そして沈み込む2人。

新聞屋も、その身になってみると、結構大変そうですね。
という私は、いつもインターホン越しで、
戸口にも出ないようにしているわけですが…(笑)

だって、とっても読まないんだもん。

帰りしな、古い橋に刻まれた文字が目にとまる。
“昭和四十年三月”とあった。
きっとこの橋のできた年なんだろうなぁ…。
その文字を見てそう理解できるということについて、
またいろいろ考えてみる。
文字を理解するというのは、
その文字に一定の意味が割り当てられていて、
そのパターンを私は知っているから理解できる。
多分、日本人なら誰でも。
他の国の人でも、母国語については理解できる。

その意味とは?

なぜ物事には“意味”があるんでしょうね。
そして、なぜそれを理解しようとするのか…。
人がものを知るということ自体に意味はあるのか?
そもそも、知ってどうする?
事情がわかれば、生きていきやすくなるのかしら。
いや、人の知の殆どは、多分好奇心でしかない。
実は、その好奇心を満たすということは、
人が生きる上で欠かせないものなのかもしれないですね。

などと、物思いに耽る春の昼下がり。

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March 16, 2004

春黎明

モスバーガーで昼をとっていたら、
隣の席に、30後半くらいと思われるご婦人が2人座った。
なにやら子供の教育について語り始めたので、
手にもっていた本を読むふりをすつつ、
ちょっとそちらにも聞き耳をたててみる…。

婦人1「〇〇さんのとこのR子ちゃん、Aクラスらしいのよ」
婦人2「やっぱりそうよねぇ」
婦人1「Aクラスでも上の方?」
婦人2「勉強させてらっしゃるものねぇ」
婦人1「熱心な親御さんみたいだし」
婦人2「R子ちゃんもTくんも、Aみたいよ」
婦人1「どんなしつけなさってるのかしら」
婦人2「えぇ」

…みたいな会話を、
ふぱーっと煙草吹かしながら語っておられるわけです。
どうなんでしょうね。
多分、このご婦人たちもおそらく母親で、
さて、その子供達は、いったいどうなんだろうなぁ、みたいな。

まぁ、別に良い悪いの話は、最近無意味なのでしませんが。
よその子供がどうだろうと、そのしつけがどうだろうと、
別に関係ないし。

社会は確実に変わりつつありますね。

季節は春。
暖かくなってきました。
そろそろ桜も咲き、
花吹雪がそこかしこで観られるようになるのでしょう。
それを見て、人はなぜか浮き足立つ。
特に理由もないのに。
わざわざ“花見”なんてするくらいですから。
花には、そういう力があるのかもしれませんね。

社会は移り変わるけど、植物は昔から変わっていない。

桜でも眺めながら、
ぼーっとそんなことを考えていたい、今日この頃…。

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March 08, 2004

回想

その日も祖母に連れられて、
家から程ないところにある畑へやってきていた。

祖母は、畑に成っている茄子やキュウリを獲り、
もう何度も使っているだろうと思われる
しわくちゃの買い物袋にそれらをつめている。

私はその傍らで、
畑のわきを流れる川(おそらく用水路)のほとりにある草を
摘んでは投げて、というような意味のないことをやっていた。

陽気である。

まさに田舎の昼下がりという感じで、
車もほとんど通らないそのあたりは、
茄子やキュウリを詰めるビニール袋の音と、
水の流れる音しかない。

ときおり、空をプロペラ機が、
ぶーん、と低い音をたてながら飛んでいく。

ふと遠くに目をやると、
青空の彼方に、銀色に光る何かが飛んでいる(…ように見える)。

UFOだぁ。

UFO!?

…いや、子供というのは、
見たものを、頭の中にある何かと一致させて
そのまま解釈してしまうのですね。

これは、私が保育園へ上がる前くらいの記憶。
あの頃は限りなく平和だったなぁ、と。
まだまだ未熟で未経験で無学で。
世の中がどう動いているかも全く知らず、
出会いも別れもなく、
自分と家族以外の存在は全て未知。
悩みも不安もなく、あるのは希望と可能性だけ。

できることなら、
この経験と知識をもったままあの頃に戻りたい…。
一度は誰もが思うことだと思いますけどね。

今の自分に100%満足している人はそういないだろうけど、
それでも、偽りのない自分の正義が信じられる人は、
幸せなんじゃないかと思う。

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March 02, 2004

ネトゲ

雪が降りましたよ。
雪というか、みぞれ混じりの雨って感じだけど。
暖かくなっていく最中だっただけに、
結構この寒さはこたえた…。

もう最近すっかりネトゲジャンキーな私。
FFXIばっかしやってます。
こないだですね、
パチスロ人に誘われてやったんですが、
2万負けしちゃいましたよ…。
ゲームというのは、実はすごく経済的だと実感。
それ以前に、パチスロで負けるというのは、
最大の出費要因なわけですが…。

いえね。
普通に休日、外へ出かけると、
食事したり、あれこれ買ったり、移動代やらで、
いろいろと5000円くらいは使うと思うんですよ。
でも、FFやってりゃ、
月1280円の課金ですむわけですからね。
(初期費用はそれなりですが)

まぁ、それが良いとはいいません。
むしろ、お金使って休日楽しむ方が
よほど人間らしいです。多分。
良い悪いは別として、とにかく経済的だと。

ネトゲといっても、
私はFFしかやってないわけですが、
定番だと、UOとかPSOとかEQとかあるんでしょう。
最近だと、信長とかリネとかかな。
それぞれ独特のゲーム性はあると思うけど、
ネトゲの最大の楽しさは、
人とのコミュニケーションですよ。
人と冒険できるし、人に助けてもらえるし、
人を助けることもできる!
(↑多分これヒーロー様には重要なとこ(笑))
現実ではヘボイ人間でも、ゲームの中ではヒーローになれる。
きっとこれがあるからハマる人が多いのでしょう。

ちなみに、
他にちゃんと趣味がある人には、お勧めしません。
だって、やると、きっとこちらにハマります!
ヤヴァイです。どうしよう。私。
ページ更新とかそっちのけでやってるもんなぁ…。

でも、お金だけは余裕ができつつある最近。
良いことなのかどうなのか。

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March 01, 2004

死刑

死刑、ですわねぇ。
あれです。オウムのおっさん。
改めて彼らのやったことを見てみると、
誰でも考えつきそうなことだけど、
それはやっちゃダメだろう、
というようなことばっかしなのよね。

やっちゃうのはバカ。

理性がないのか。
悪いことだと知りながらやった確信犯なのか、
正しいことだと本気で信じてやっているのか、
どっちにしろ、恐ろしい人です。

死刑自体に対する賛否はありますが、
こういうときに発動させないと、
やっても死にはしないよ、となるからねぇ。
何いってもきかないバカを抑止するという意味では、
死刑みたいな極刑は必要だと思いますよ。
私は容認派。
両手を挙げて賛成派、とは違うので。ここ重要。

確かにね、
国家の独裁を助長するものになるかもしれないものだけど、
その為に、司法、立法、行政、3分割されているわけで。
行政が人を殺すわけではない。

ところで、日本の死刑って絞首刑なんですね。
欧米だと電気椅子。
中東の方にいくと、過激に公開銃殺とかやってますね。
そういう、人が殺されるということ自体を想像すると、
ちょっと怖いですわね。
しかも、国が個人を殺すわけですから…。

極刑というと死刑。
そりゃ、生物として一番恐れるのは死ぬことですからね。
でも、人間として死ぬことは、必ずしも極刑ではないかも。
自殺する人だっているくらいだし。
何かその人の最大の屈辱を与えることも極刑じゃないかしら。
生き恥を晒す、というか。

ふと、そういう刑罰もあるのかも、とか…。

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