January 28, 2012

橋下無双

朝生(1/27)見ました。

テレビ朝日 | 朝まで生テレビ!
(tv-asahi.co.jp)

また視聴率取りかというネラー突っ込みもあったけど、
私は橋下氏のTwitterをずっと見てたんですが、
今回はむしろ橋下氏が望む形で編成された感じでした。

自分に特に批判的な人と面と向かって話したいと。

で、見たんですが、もうこの手のやりあいではお馴染み、
いつも通りというか、橋下無双ってやつでしたね。

対橋下として論客に立った人たちがことごとく冴えない。

最初にパネリストの顔ぶれをみた瞬間
ああ、これは駄目かもわからんねとは思ったんだけど、
やっぱり駄目だった…。

この番組はいつも論点が発散するので、
ここはとりあえずパネリストの論点から切った断面からみて
以下その感想。


まず、香山リカ氏。肩書きは精神科医?

もう心根で橋下氏が嫌いなのが見え見えなんですが、
なるべくそれを押し隠して(だが、嫌いなのが丸わかり)
弱者切り捨て批判を中心にとりあえず噛み付くという姿勢。

補助を打ち切られて苦しんでる人がいる。
保護する優先順位はどうやって決めるのか。
橋下氏が独断で決めて良いことなのか。

…と、大体そのへんを攻めてたけど
補助の優先順位は行政が決めるしかないでしょう。

例えば、トリアージの絶対基準なんてない。

政治になればなおさらで、
どのタイミングでどのリソースを優先するかというのは
それこそ政治で決定するしかないこと。

そんなところを批判してもしょうがない。


次。山下芳生氏。参議院議員(共産)

選挙では「大阪市はバラバラになりません」といいながら
当選したら「大阪市を潰す」と言い出した。
それは公約違反じゃないのか!との批判。

橋下氏は、市という行政府は潰すといっているのであって
コミュニティとしての大阪を潰すわけじゃない、と。

それでも、そんなことは選挙のときに一言もいってない
と、なお食い下がる山下氏…。

そんな話、どうでもいいです。

橋下氏は、大阪市という役所がなくなっても
区役所が手厚くなれば市民は困らないといってるんだと思う。
行政府が潰れて困るのは議員と公務員だけです。


次、柳本顕氏。大阪市議(自民)ですか。

彼の主張はよくわからなかったんだけど、
橋下氏行政は性急過ぎるから、もっとゆっくりやっても良いだろう
というようなことを言ってたのかな。

区長公募も、いきなり全区でやるのではなく
試しにどこか1区でやって上手く行ったら次に進む、とか。

まぁ、橋下氏がそんな甘っちょろいやり方で妥協するはずもなく。

彼は任期4年で大阪都構想を実現しようとしてるわけで、
それが無理だとしても、そのくらいのスピード感は必要。

のんびりやってる間もしっかり税金は消費されていくわけで
合理化すると決めたならとっととやった方が良いのです。


次。薬師院仁志氏。どっかの大学教授?

この方はしきりに自分が一市民であることを主張し、
選挙でいってたこととやってることが違うじゃないか!
と、涙目で訴えておられた。

市をバラバラにしないといいながらバラすと言い出したとか、
区長公選制といいながら実際は公募してるとか。

市をバラバラに…の議論は、上にも書いた通りどうでも良い。

区長公選制の話は、橋下氏の話では
大阪都構想が実現した後でないと法律の問題で不可能なので
今はそれに向けたプロセスとしてまず公募にしているとのこと。

この説明で、私なら普通に納得です。

しかし、それでもこの薬師院さん
選挙ではそんな話はなかった!選挙ビラにも書かれてない!
というところを責め続けておられた。

確かにね、誤解を招く選挙活動は良くないけど、
仮にも大学教授の論点としてはあまりにレベルが低い…。


次、池田知隆氏。元大阪市教委のジャーナリスト。

彼の論点は、いわゆる“君が代”条例は厳し過ぎるんじゃないか
というあたりか。

教育者にも考え方や信条があるんだから、
入学式や卒業式の君が代で立たない先生がいても良いんじゃ?
条例で厳しく罰するほどのことじゃない。そんな話。

これは、日の丸、君が代の問題というより、
公務員である教員が教育委で決めたルールに従わないという
そっちの方が問題である、というのが橋下氏の言い分。

橋下氏個人は右寄りだと思うけど、この際それはさておいて、
公務員が、しかも子供を教える立場であるはずの教員が
市や県で決めたことを守れないというのはマズかろうと。

はい。普通に考えてマズイですね。


次、吉富有治氏。ジャーナリスト。

彼は、橋下氏の都構想はいき過ぎであって、
現状の形の府と市が話し合いで物事を決めていけるなら
そういう場を法制度化すれば良いという主張…だったかな。

例えば、橋下氏は府市統合本部というのをつくったけど、
それを法律で制度化すれば、大阪市をバラすまでせんでも
そのまま上手いことやれるんじゃないですか、と。

これに対し橋下氏は
その話し合いの場に決定権がないというのが問題であると。

今は知事と市長が同じ維新の会という政治グループで
お互いに意見が一致してるから話が進んでいるのだけど、
これが将来的にも上手く進むとは限らない。

そして、その話し合いが物別れに終わった場合、
何もコトが進まない(実際、今までの二重行政がその状態)
であって、これを解決するには決定権の一元化しかないと。

即ち、それが大阪都構想であると。

橋下氏の場合、話し合いだけでは生ぬるいということを
知事経験から体得してるってことなんでしょうね。


で、この場で唯一、橋下氏側に座ったのが東浩紀氏。

東氏は、橋下氏陣営というより
橋下氏の主張の何がそんなに批判されているのかがわからない
という立場っぽかった。

都構想の何が悪いの?みたいな。

まぁ、橋下氏を批判する人なんてのは
概ね、現状を変えられたらいろいろ困る立場な人であるか
そうでなければ個人的に嫌いだからでしょう。

東氏も実は薄々そのへん知ってて、その上で
批判する論理的な理由があるならこの場で言ってみろや
的な位置だったかも。


て感じで、あんまり面白くない展開でした。

今回のパネリストは誰も論点にしなかったけど、
もし大阪都なんてことになったらこんな危険がある!とか
そうではなくもっと良い案があってだな…?みたいな話とか
そのへんを期待したんですけどねぇ。

批判はあるが理由なし。
それは良くないといいつつ、ではどうするのが良いかも示さない。
結果、まともな議論になってない。

そろそろ、あの橋下氏が焦る顔もみてみたいんだけどなぁ…。

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January 25, 2012

ゆめ?うつつ?

夢と現実を区別することはできない

とは、昔からいろんな哲学者がいってきたことだけど
こういう理由はどちらも私たち人間の認識であるから。
つまり、どちらも脳という器官が見ている世界だから。

では、なぜ人は、現実を現実らしいと認識し、
夢は夢らしいと認識することができるのか。

実はこちらの方が不思議な話だったりする。

現在の常識からすると、
夢も現実も同じく脳が経験するものであるはず。

この違いは、仮に夢が脳内のみで起こっている経験で
現実は外部からの刺激による経験であるとするなら、
夢の中にはその脳にとって新しいものがないということ。

つまり、夢の中では全く新しい経験をすることがない。

それは、現実とされる世界で脳が体験したことを
脳内で再構成し、様々な組み合わせで再生していると。

喩えるなら、現実は新しい光景を録画するビデオカメラで、
夢はそれを再生するプレイヤーということ。

ただ、かなりデタラメに編集して再生するプレイヤーだが。

しかし、これでそもそもの疑問が解決するわけではない。
結局、脳が経験したり想像したりするものであるという点は
夢も現実も何ら差がないから。

このカメラとプレイヤーを区別しようと試みているのも、
結局のところそういう思考の主体である脳なのだ。

ときどき、脳は、実際にはなかった出来事を
過去に経験したかのように記憶していることがあるという。
つまり、無意識に記憶が捏造されている。

これはそんなに特殊なことではなく、
些細な記憶の改変は、実は日常的に起こっているだろう。

好印象だったものを好きになろうとする記憶の美化や、
自律神経失調症に陥るくらいに誇張されるトラウマなど、
正にも負にも記憶はつくり変えられる。

いや、記憶自体はそのままなのかもしれないが、
それをどう感じるかという点が様々に変化しているのか。

いわゆるデジャヴ(既視感)という現象があるが、
これは、初めて見る光景であるはずなのに
過去にどこかで見たことがあるようなあの感覚。

まず、それが記憶由来なのか感覚由来(錯覚)なのか
それが判然としない。

見たことがある、と感じるということは
脳が過去に何らかの形で経験し記憶している索引のどれかに
今まさに経験していることがヒットしているということになる。

その経験というのは、夢の中のものであったかもしれない。

夢の中の経験は、
それ以前に現実で経験したものを再構成した経験なので
現実における他人(客観)にとっては架空のものだが、
当該の脳自身にとっては過去の経験に違いはない。

その光景に近いものを見ると
ゆわゆるデジャヴになるではないかと考えることもできるが、
それでも何か違う感覚という気もする……


いえ、この間ですね、近所の道を車で走ってるとき
いつも通ってるはずの交差点に差し掛かったところで
「あれ?これ前にもあったぞ」となったんですよ。

いや、そんなの確実に前にもあったというか、
いつも走ってる道なのでそんなの当たり前の話なんですが、
そうじゃなく、その見た光景全体が、というか。

信号の位置とか、前を走ってる車や交差点での対向車とか、
向かいに見えているショッピングセンターの看板とか
そのときハンドルを握ってる自分の存在とか…

もうそれらの感覚全部が一瞬だけ何かに一致して
「んっ?」と思った瞬間、すぐに普段の感覚に戻ったというか。

それが夢で見たような、もっとずっと昔に経験したような。
でも、その光景がずっと昔であるはずはないわけで。
(例えば、そこで見た看板はつい昨年できた店舗のもの)

まぁ、これがデジャヴというものなんでしょうけど
そういう用語があるということは私だけのことじゃないわけで
こういう感覚になる人は他にもいるってことなんすよね。


多分ね、これは、脳中心じゃないんすよ。

思考とか認識とか感覚とか記憶とか
そういうものを司ってる中枢は脳だと思われているけど、
実は違うのだ。

もっとこう、モヤッとしたクラウドみたいなものなんじゃないか。

何と古典的な!と思うだろう?

精神とか霊魂とかって昔からモヤッとした対象なんだけど
ここはひとつ原点回帰ってことで。(何がここはひとつだ)

他人の経験が自分の中にさり気なく入ってるとか。
逆に、自分の経験が他人の中に潜り込んでるとか。

てか、もう自分とか他人とか、そんなスタンドアロンではなく
記憶装置はどっか別のサーバにあるんじゃないか。

そもそも、自分の記憶がずっと連続して持続している
という時間的な感覚も実は思い込みかもしれないし、
昨日は今の自分ではなく他の誰かだったのかもしれない。

そして、それを反証なしに否定する根拠も実はない。

これって映画マトリックスか。

カテゴリ的に脳科学か分子生物学なのかわからないけど、
そのへんも天動説と決別せにゃならん日がくる気はしますね。

もしかすると、惑星運動の謎に地動説が解を与えたことと
デジャヴの謎は通じてるかもしれないよ?

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それが声優!

…という本を買ってみた。

これ同人誌ってやつなんですが、買ったのは初めてだったりする。
漫画好きな私としては以前から興味あった方面ではあるんですが、
それだけに一度手を出してしまうと人生終わるような気がして…

それを今回なんで買ったかというと、
有名な某漫画家さんがTwitterでガチ褒めしてた(ように見えた)
ので、そんなに良いなら1回くらい手を出してみても良かろうと。

で、この作品は、現役のプロ声優が原作で
現役のプロ漫画家が作画という同人誌に非ざるタッグで描かれている
という部分にちょっと異色性を感じたのですな。
(って、今どきそれって多いのか?)

それが声優! (comiczin.jp)

原作は声優の浅野真澄。作画は漫画家の畑健二郎。

画はもうまんまハヤテっすね。うん、ナギがいる。
(てか、さり気なくハヤテがいる…)

そして話作りは、タイトルから予想できる通り
声優という職業の苦労や心理描写に重点が置かれてる感じ。

基本4コマだけど、主人公と思われる3人の声優がいて
彼女たちの苦労や内面やドタバタを描くという筋があり、
4コマを連続させてストーリーを繋げているといった描き方すね。

まえがきにも原作者の浅野さんが書かれてますが
これは主に同業の人が「あるある」と共感できるようなネタかな。

もちろん、声優という職業を知らない人が
こういう苦労があるんだなぁと知ることができる内容でもあるけど。

最近は声優が前面に出てくる機会も多くなって
昔よりはそういう裏方の話も聞けるようになってますけどね。

声優は歌手とは違い、マイクは1人1本ではないとか。
故にアフレコを傍から見るとマイクの奪い合いのように見えるとか。
飲み物に炭酸飲料はダメとか。(ゲップが出るから)
雑音がタブーで腹が鳴るのもダメとか。
そんなときは砂糖をガッツリ食べて腹鳴を抑えるとか。※注1

その手の極端な話はわりと聞く。

ただ、テレビ番組などでゲスト出演して語るほどでもない、
或いは語れない(いわゆるテレビ的でない)ことは見えない。
地味な日常に近い部分についても語られないでしょうね。

そういうアフレコの裏方話を現役の声優殿本人が
ガチで書いているというあたりがこの作品のみどころかな。

あと、ドラマとしてアクセントが必要なところは
4コマをはずして劇的に仕立ててある(描写してある)ので、
漫画作品としてのまとまりも良いと感じました。

この作品はこれから始まる壮大なストーリー(?)の
プロローグ的な位置づけの内容にも思えるので、
大きく展開していくのは実はこれからだったりするんですかね。


いや、最初に同人誌を買ったのは初めてだとかいったけど、
私もまるでその世界を知らないわけでもなかったり。

私は学生時代に漫画研究会というサークル(いわゆる漫研)
におりまして、そこでオタ文化(といっても当時のですが)の片鱗を
おそらくは並の人より多く見てきたわけです。

当時の私は漫画家になるんだZEEEE!と粋がってたもんですが
その漫研でハイレベルな画伯たちが大勢いらっしゃることを知り
「あ、コレ無理だわ」とへし折れてしまったのが今の私death。

漫画が好きであるがゆえに漫研に入ったのに、
その漫研で漫画への意欲を削がれたというのも皮肉な話でして。

一応、漫研員として学祭で出すコピー本とか
コミケとやら※注2に出すオフセット本なんか向けの漫画作品も
わりと楽しんで描いてたりはしてました。最初のうちはね…。

やっぱりプロになる人というのは、情熱が違いますな。

前にもどこかで(ここか?)書いたけど、
才能がある人ない人というときのこの“才能”というのは、
技術的にそれをすることができる能力と、もうひとつ
そのことに対するやる気や情熱を持続できる能力、
この2つが備わってはじめて“才能”がある人なんだと思う。

百歩譲って私に前者の能力があったとしても、
後者の能力が圧倒的に足りなかった。

個人的にはそんなことも思い出された作品でありました。


ただ、これ、同人誌なので
そのへんの本屋で買えるわけじゃないのがアレですね。アレ。
そう、アレなお店に行かないと買えない。

どうでもいいけど、秋葉原、なんであんなんなっちゃんたんだろ。
電気部品の街の面影がもうほとんどないすね。
ああなるのは、別に秋葉原じゃなくても良かったろうに。

そんなことを思わされた今日でもありました…。


  • ※注1  これは声優の千葉繁さんの話。糖分を大量に摂取すると空腹を騙すことができるけど、当然体には良くない。
  • ※注2  コミックマーケット。漫研に所属しながら実は私1度も行ったことがない。

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